斎藤元彦知事の不信任決議・失職に伴う兵庫県の出直し知事選挙は11月17日執行され、斎藤知事が返り咲きました。序盤では、立憲民主党や国民民主党、連合兵庫、県内の多くの市町長に推された前尼崎市長の稲村和美さんに大きくリードされていましたが、猛追、そして劇的な逆転勝ちとなりました。
当選 斎藤元彦 無所属前 1,113,911
稲村和美 無所属新 976,637
清水貴之 無所属新 258,388
大沢芳清 無所属新 73,862
立花孝志 無所属新 19,180
福本しげゆき 無所属新 12,721
木島ひろつぐ 無所属新 9,114
斎藤元彦さんは1977年神戸市須磨区生まれ。東京大学経済学部ご卒業後総務省を経て、大阪府の財政課長などを歴任。2021年の知事選挙で当時の上司だった吉村洋文大阪府知事=大阪維新の会代表=に命じられる形で立候補し、自民党(現在は裏金問題で離党・無所属)西村康稔元経産相ら自民代議士にも応援され、元副知事や共産党推薦候補を下して初当選しました。現在手掛けている目玉政策としては、県立大学の県民向け完全無償化が挙げられます。
しかし、2024年3月、渡瀬元県民局長(当時)が斎藤知事によるパワハラや、物品の「おねだり」疑惑、片山安孝副知事らが中心となった信用金庫への補助金をタイガース・バファローズ優勝パレードにキックバックさせた疑惑など県政私物化を告発する文書を県議やマスコミに送付。これに対して斎藤知事らは、公益通報者保護法に基づいて第三者に任せることをせずに、自分たちで「犯人捜し」をしてしまいました。そして、すでに再就職先も決まっていた渡瀬元局長の退職を取り消したうえに、内部調査だけで「懲戒処分」にしてしまいました。こうした中で、パレード担当課長が自死。さらに、百条委員会で証人尋問される前に渡瀬元局長自身も自死したとされています。
その後、9月に県議会は斎藤知事の不信任案を86対0の全会一致で可決。斎藤知事は、9月30日、失職し、出直し選挙となりました。こうした中で、前尼崎市長の稲村和美さんや、維新の参院議員だった清水貴之さん、共産党系の医師の大沢芳清さんらが対抗馬として手を上げましたが、稲村さんが優勢と言われる状況が10月中旬にはありました。
しかし、ネット上ではいつの間にか「斎藤知事は公務員の既得権益に切り込もうとしてクーデターを起こされて引きずりおろされた」という「神話」が広がっていきました。これを選挙の終盤には旧統一協会が機関紙「世界日報」で取り上げるなどし、斎藤候補を援護射撃しました。
◎兵庫県知事選 「告発はクーデター」説バズり“パワハラ知事”斎藤元彦氏、逆転か
◆NHKではなくデモクラシーをぶっ壊す「立花孝志」さん
特に、知事選挙の候補者の一人・立花孝志さん(無所属ですが、NHK党党首)は、渡瀬元県民局長が「10人の女性職員と不倫をしていた」さらには「10人と不同意性交していた」などと、後でご自身も根拠薄弱と認めるデマを堂々と政見放送やポスターなどで拡散していました。さらに、百条委員会の奥谷委員長の自宅兼事務所にも選挙演説と称して大勢で押しかけ、奥谷委員長は母親を避難させる事態になっています。また、立花候補が煽った誹謗中傷を背景に、同じく百条委員会で活躍していた竹内英明県議が辞職に追い込まれるという異常事態が起きています。
口から出まかせのようなことを繰り返し、注目を浴びた立花候補。斎藤候補は、自らの手を汚すことなく、対抗馬を引きずり落とすことができました。両者の間に面識はない、ということですが、両者をつなぐ大物がいた可能性もあります。
ともかく、立花候補が「NHK党で10人候補を出す」などと大ぼらを吹いたおかげで、兵庫県選管は公営掲示板を急遽増設し、空振りに終わりました。これだけでも、県費と労働力(ただでさえ人手不足なのに)、木材の無駄遣いで、大迷惑です。
また、今後、立花候補のようなことをするものが出ないよう、公選法による規制が厳しくなる恐れもある。結果として行政の選挙運動への介入も強まりかねない。立花候補はNHKをぶっ壊すどころか「デモクラシーをぶっ壊す」男です。
◆稲村陣営も『反斎藤』まとめられず失速
一方、対抗馬の稲村さんも、急激に失速した感は否めません。今回の選挙の大義名分は、「自分についての告発文書が出たら第三者機関に任せずに自分で犯人捜しをしてしまう組織のトップは失格」ということです。政策うんぬんではないのです。そこを押さえておく必要がある。稲村さんは、「斎藤候補は組織のトップ失格」だという人の票をまとめる必要があった。その点が、今回は弱かったように思えます。その結果、求心力が低下していった。
保守の方の中には『稲村さんは外国人参政権を推進していた左翼だから支持できない』という人が現れました。他方でいわゆる左派やリベラルの中には『稲村さんは維新でもやらなかったような保育園廃止をガンガンやるなど新自由主義者だ』という声も強くなってきました。
出口調査では、れいわ支持層の半数も斎藤候補に流れました。これは、稲村さんの新自由主義的な部分を嫌った可能性がある。アンチ新自由主義が一番の判断基準の人が多いから、維新の清水さんもダメ、最近れいわ攻撃を強めている共産党の大沢さんにもいれたくない。消去法で斎藤君と言う人も多かったのかもしれません。それが正しい選択だったかは別として、です。むろん、『さとうしゅういち後援会』の兵庫県内の会員は稲村さん支持で、選挙を手伝うなどさせていただきました。ただ、れいわ支持者全体の動きにはなりませんでした。
とにかく、呉越同舟で反斎藤ということでまとまる絵柄を出せればよかったのだが、それがなかった時点で斎藤候補に付け入るスキができました。
筆者の個人的な稲村さんについての政策的な評価は、小池百合子氏と蓮舫氏を足して二で割った感じです。だから保守からは左に見えるし、リベラルからはネオリベに見える。戦略を間違うと意外と票がのびなくなるのです。
なお、東京の場合は、一定年齢以下のインテリの共働き夫婦が小池岩盤支持層で、石丸氏(大金持ち及び若いシングル男性が支持基盤)もそこは食い込めず勝てなかったのです。この層は国政では立憲、都政は小池ファースト、経済政策はネオリベだけど子育て支援は推進で選択的夫婦別姓やLGBT関係は推進という感じの方が多いような印象があります。原発問題についてはまあまあ脱原発寄りで環境重視。しかし、その層は兵庫県内では薄かった。そのことも、『兵庫の石丸』ともいえる斎藤候補に有利に働いたとみられます。
とにかく、告発文書が出た時点で、自分で犯人探しをしてしまう人は首長としてアウト。この一点での選挙にできなかったのが稲村さん陣営の最大の敗因です。あとは横綱相撲を取りすぎた、言い方を変えれば、戦術レベルでガバガバ過ぎたという情報が入っています。男子大学生にマイク納めのマイクを握らせているのを動画中継で拝見し、コロナ感染の後遺症でふらふらしていた筆者は椅子から崩れ落ちました。もともと、稲村さんは、市民派の白井文市長(どちらかといえば日本共産党に近かった)が二期連続務めた後、後継者としてわりと楽な選挙で3回当選しています。周囲にも油断があったかもしれません。
◆そもそも「公務員の既得権益」とは何ですか?
今回、斎藤知事は「公務員の既得権益を打倒する正義の味方」として持ち上げられました。しかし、そもそも「公務員の既得権益」とは何か?
近頃の公務員は、労働条件で言っても昔と比べてもキツイ面も多いのです。例えば、モンスターカスタマー(住民)も多い。例えば、名札を名字だけに等の対応もせざるをえない状況が広島市役所でも起きています。
実は、公務員の労働環境がきつい状況は10年くらい前からありました。
2011年、筆者は広島県庁を退職しましたが、その後、後輩たちの状況は急速に悪化していたのです。2014年の広島土砂災害の直後、あるイベントの場で『私たち公務員だって大変ですよ!』と、後輩の女性正規職員からガツンと指摘されました。後輩諸君の労働条件がそんなに厳しいのか、と驚いたのをおぼえています。その後も、最近、広島県でも、他の都道府県でも、20代、30代の職員の退職が増えています。
そもそも、公務労働者とは労働基本権が制限される代わりに、人事院勧告で給料・労働条件が決まるものです。
人事院が民間企業の労働条件を調査し、それをもとに決めるのです。そして、各都道府県にも国からそれを通知し、各自治体もそれをもとに人事委員会勧告を出し、議会の議決を経て決まるのです。従って、高すぎもしなければ低すぎもしない、と言えます。政治家は、こういう仕組みをきちんと市民に知らせるのも仕事です。
公務労働者が労働基本権を制限されたり、政治活動を制限されたりしていることをいいことに、叩きまくるのは禁じ手です。これは、別に斎藤候補だけでなく、尼崎市長時代に職員のボーナスを削りまくった稲村候補、あるいは「元祖・公務員叩き」の維新の参院議員だった清水候補にも申し上げたいことです。
公務労働者が安心して働けなければ、防災や教育、福祉と言った住民の暮らしに不可欠なサービスが成り立ちません。
▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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