マスコミ各社は、「新潮45」休刊を当然の結果として報じた。たとえば、こんな調子だ。
◆朝日新聞
「限りなく廃刊に近い休刊」 新潮45を追い込んだ怒り
https://digital.asahi.com/articles/ASL9T5TGPL9TUCLV00S.html
◆毎日新聞
「新潮45」が休刊 杉田氏擁護特集で批判浴び
https://mainichi.jp/articles/20180926/k00/00m/040/026000c
◆日本経済新聞
新潮社が「新潮45」を休刊 LGBT表現巡り謝罪
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35725940V20C18A9000000/
産経新聞だけは、バッシングからの休刊を批判したという点で、正気だったようである。
◆産経新聞
新潮45の休刊 「言論の場」を閉ざすのか
https://www.sankei.com/article/20180928-N2XFSX4NARMOPIPLKLVJKAQEJM/
他の新聞は「デマ発のオラつき」を肯定したということだ。前にもたとえたが、それって、関東大震災後のデマによる朝鮮人虐殺を肯定的に報道するようなものでは? 死傷者は出てないが、民衆がデマに扇動されたという点では、現象としては同じ性質のものだ。
発端は、尾辻かな子氏の悪意ある要約デマツイートという、実にちっぽけなもの。そこから、杉田水脈氏と新潮社へのバッシングが拡大。しばき隊界隈がそれをネットリンチと複数のデモに利用。結果、「新潮45」は休刊。だが、それはLGBTの差別解消につながったのか?
5年近くが経過する間に、「あのときは新潮社に怒ったけど、杉田論文をちゃんと読んだら、差別的ではないとわかった」「尾辻かな子氏がデマを流しただけだと気づいた」と正気に戻った方々も大勢いる。もろちん、LGBT当事者含めての話だ。
それよりも前、尾辻かな子氏に呼応する形でしばき隊界隈がオラついた時点で、左派・リベラルをやめたというLGBT当事者は多い。見事にしばき隊が立憲民主党、共産党、社会民主党の足を引っぱった形になっている。それら左派・リベラル政党の支持率低下を見れば、うなずけることだろう。
しぱき隊系活動家に嫌悪を示すLGBT当事者も、目に見えて増えた。なにしろ、ツイッターでは、性的多様性の象徴であるレインボー・フラッグと、ピンク・水色・白の3色の縞のトランスジェンダー・フラッグの絵文字を名前の横につけて、他のユーザーを誹謗中傷、罵倒、恫喝しているのだ。嫌われて当たり前だ。
加えて、LGBT活動家がそれら反差別チンピラを諫めるどころか彼らと共闘しているのが、年を追うごとに明らかになってゆくのだから、活動家に反感をいだくLGBT当事者も激増した。
LGBTコミュニティからは、押しつけがましいLGBT思想やLGBT活動家を指す「虹臭い」という表現まで生まれる始末。LGBT活動家は尊敬されるどころか、軽蔑の対象にまで堕ちてしまった。
さらには「マスコミは『新潮45』休刊以来、露骨にLGBT活動家を恐れるようになった」という話も耳にするようになった。「LGBTは怖い」「批判できない」「迂闊に使えない」と。詳細を明かすわけにはゆかないが、某社の新聞記者がLGBT活動家批判につながる可能性がある記事を書いたところ、デスクに握りつぶされた、という話まで聞いた。
ほーら、だから、言わんこっちゃない! あのようなオラつきによる表現規制を肯定するのは、マスコミにとっては自縄自縛だと、普通の知性の持ち主ならわかるでしょうに! 一時の大衆の熱狂に同調するから、そんなことになる!
実際、LGBT活動家に対する批判をマスコミが握りつぶすのを、私は何度も目撃してきた。なにしろ、異性愛者の記者と違い、LGBTを巡るあれこれは他人事ではない分、熱心に情報を集める傾向があるのは、自分でもわかっている。私だけでなくLGBT当事者の多くは、ノンケマスコミにだまされない知識を持ち合わせている。
今やLGBT当事者の間では、「これでは『同和は怖い』の二の舞いだ。『LGBTは怖い』になっている」との認識を口にする者も少なくない。
似非同和行為に関しては、法務省HPにも、このようなページがある。
「えせ同和行為」を排除するために https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken86.html
この記事の冒頭を、以下に抜粋する。
「えせ同和行為」とは
「同和問題はこわい問題である」という人々の誤った意識に乗じ、例えば、同和問題に対する理解が足りないなどという理由で難癖を付けて高額の書籍を売りつけるなど、同和問題を口実にして、会社・個人や官公署などに不当な利益や義務のないことを求める行為を指します。えせ同和行為は、国民に同和問題に関する誤った意識を植えつける大きな原因となっています。また、えせ同和行為の横行は、適正な行政推進の障害となるものであり、このようなえせ同和行為に対し、政府として一体的にその排除を推進しています。
ここから、卑劣な差別にさらされてきた被差別部落出身者を似非同和行為がさらに苦しめる結果になっていることが、うかがえる。LGBTを名乗ったうえでの「似非LGBT行為」が同様の過程をたどることは、想像に難くない。
さらには、このような「LGBTは怖い」という状況の中で、批判されるべき対象(=事実上、似非LGBT行為に及んだLGBT活動家)が表立って批判されないとなると、国民の間に不信感と不満が生まれるのは、自然な流れだ。
マスコミがしばき隊系活動家、LGBT活動家、立民・共産・社民におもねる「偏向報道」を続ければ、それだけ、国民の間には不信感と不満が蓄積されるというものだ。
活動家も政党党員も、やめようと思えばやめられる。しかし、LGBTはやめられない。性的マイノリティは性的マイノリティとして生き続けるだけだ。「転向」はない。転向できるのであれば、現在は人権侵害として批判されている「同性愛の治療」たる薬物注射や電気ショックは「治療」として成功していたはずだ。
今後、しばき隊は、LGBTの人権うんぬんを叫ぶのがおいしくなくなったときには、別のマイノリティに「寄生」すればよい。だが、世間から白眼視されるようになったLGBT当事者はどうなる? しばき隊系活動家とLGBT活動家が蒔いた種を刈る羽目になるのは、LGBT当事者だ。
しぱき隊と呼ばれる運動体は蝗害を起こすバッタの群れのように、運動を食いつぶしては去ってゆく。反原発運動、在日韓国・朝鮮人差別反対運動、沖縄の反基地闘争(食いつぶす前に、逮捕者を出してすぐさま撤退した模様だが)、そして、LGBT運動。次に彼らが寄生するのは、入管センターに収容されている外国人の支援運動のようなので、昔からその方面で地道な活動を続けてきた方々には、用心してほしい。
今後、我々LGBT当事者は、しぱき隊系活動家を運動に招き入れた愚かなLGBT活動家たちと「心中」する運命なのかもしれない。
天網恢恢疎にして漏らさず。LGBTの運動がこのまま自浄作用を発揮しないのならば、報いを受ける日は必ず来るだろう。(終)
◎[過去記事リンク]LGBT活動家としばき隊の蜜月はどこまで続くぬかるみぞ
〈1〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=40264
〈2〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=40475
〈3〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=40621
〈4〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=40755
〈5〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=40896
〈6〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=44619
〈7〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=45895
〈8〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=45957
〈9〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=46210
〈10〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=46259
〈11=最終回〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=46274
▼森奈津子(もり・なつこ)
作家。立教大学法学部卒。90年代半ばよりバイセクシュアルであることを公言し、同性愛をテーマにSFや官能小説、ファンタジー、ホラーを執筆。『西城秀樹のおかげです』『からくりアンモラル』で日本SF大賞にノミネート。他に『姫百合たちの放課後』『耽美なわしら』『先輩と私』『スーパー乙女大戦』『夢見るレンタル・ドール』等の著書がある。
◎ツイッターID: @MORI_Natsuko https://twitter.com/MORI_Natsuko
◎LGBTの運動にも深く関わり、今では「日本のANTIFA」とも呼ばれるしばき隊/カウンター界隈について、LGBT当事者の私が語った記事(全6回)です。
今まさに!「しばき隊」から集中攻撃を受けている作家、森奈津子さんインタビュー