再審無罪確定の西山美香さんを滋賀県が再び「犯人視」! 前代未聞の滋賀県側主張の問題点を井戸謙一弁護士に聞く 田所敏夫

9月16日、京都新聞朝刊は「県、西山さん確定無罪に反論」の見出しで、湖東記念病院事件で服役後再審無罪を勝ち取った西山美香さんの国家賠償請求訴訟において、滋賀県がふたたび西山さんを「犯人視」していることが明らかになったことを伝えた(2021年9月15日付京都新聞電子版)。詳細を確かめるべく西山さん弁護団長の井戸謙一弁護士に16日夕刻、急遽電話で詳細を伺った。(聞き手=田所敏夫)

井戸謙一弁護士

── 本問題の大まかな経緯を教えてください。

井戸 西山さんは再審での無罪確定を受け、2020年12月25日、国と滋賀県を相手取り、約4300万円の国家賠償を求める裁判を大津地裁に起こしました。国に対しては検察官の起訴の違法等、滋賀県に対しては滋賀県警の捜査の違法等が根拠です。この裁判の進行には難しい側面があります。再審裁判を闘ってきましたから原告側は記録を持っているのですが、民事裁判にはそれを証拠として出せないのです。刑事訴訟法に「刑事裁判で開示を受けた証拠は刑事裁判以外で使ってはならない」旨の条文があるからです。刑事裁判以外に使うと弁護人が懲戒請求されたり最悪の場合は刑罰も課せられます。日弁連は大反対しましたが、検察サイドの要求で平成16年に新たに加わった条文です(第281条の4)。裁判員裁判導入の際に証拠開示の規定が整備されたことの見返りに検察、法務省側が求めたものです。

ともかくその条文ができたので、本当であれば原告側が刑事裁判の証拠をこの裁判の証拠として出せば済むのですが、出せない。そこでこちらは裁判所に対して「文書送付嘱託」の申し立てと、「文書提出命令」の申し立てをしました。「文書送付嘱託」とは、大津地裁の民事部が、刑事記録を保管している大津地検に対し、記録を大津地裁の民事部に送付することを嘱託するよう求めるものです。送付されてきた記録をコピーして、国賠訴訟に証拠として提出する予定です。それに対して被告の国は、裁判所に対し、「必要な書類は国から証拠として出すから、送付嘱託を採用するかどうかは留保してくれ」と申し入れていました。国は6月にある程度は証拠を出してきましたが、つまみ食い程度でそれでは全く足りない。

── 刑事の再審裁判の記録の一部しか国は出してきていない、ということでしょうか。

井戸 今回の場合記録は3種類あります。刑事裁判確定審の一件記録。そして再審請求審、これは第一次と第二次がありますが、その一件記録。それから再審公判の一件記録です。原告側がこのすべてに対して「送付嘱託」を申し立てたのに対して、国はその一部しか証拠として出してこなかったわけです。国との間ではこちらが「もっと記録を出せ」、「出さない」とのやり取りがいまも行われています。

一方滋賀県は、滋賀県警が捜査をして、送検したのですから、捜査記録の写しは持っているでしょうが、裁判になってからの記録は全く持っていません。県は国に対して刑事記録の謄写をさせるよう求め、国はそれに応じ、県は一応謄写(コピー)をしました。そして、それに基づいて、昨日(9月15日)、基本的な主張を記載した第1準備書面を出してきました。その書面で「原告(西山さん)が殺人犯である」という趣旨の主張をしてきたのです。

これまで再審無罪になった元受刑者が提起した同種の国家賠償請求はいくつもあります。それらの訴訟の被告(国、都道府県)は、原告が無罪であることを前提とした上で、「捜査に違法はなかった」「過失はなかった」等と主張するのが常でした。布川事件、東住吉事件、松橋事件などでも同様です。湖東記念病院事件でも、国はその旨の主張をしています。

刑事訴訟で無罪が確定しているのに、国賠訴訟で、被告が「こいつが犯人だ」という主張をするのは前代未聞だと思います。ところが滋賀県の準備書面には「被害者を心肺停止状態に至らしたのは原告である」、「そもそも取調官に好意を抱き嘘の自白をすることはあり得ない」、「知的障害があるというのも嘘だ」、「(原告が奇異な行動をとったのは)捜査を攪乱しようとしたものだ」等とという趣旨のようなことが書いてある。これは捨て置けない。

── 刑事裁判の否定を意味しませんか。

井戸 そうです。滋賀県は、無罪判決をした大津地裁や有罪立証をせず、無罪判決に控訴しなかった大津地検に喧嘩を売っているのです。

── 再審無罪確定後の国家賠償請求訴訟で、国の姿勢は過去の同種訴訟と変わらないけれども、滋賀県が再審無罪で確定しているのに、また「犯人視」してきた。

井戸 そうです。

滋賀県大津裁判所に入る西山美香さん、井戸謙一弁護士ら弁護団(2020年12月/写真提供=尾崎美代子)

── なぜこんな主張が出てくるのでしょうか。

井戸 わかりません。我々も、まさかこんな主張が出てくるとは思いませんでした。この裁判では、美香さんが無実であることを前提に警察や検察のやり方に過失があったかどうか、違法な捜査があったかどうかが争点になると考えていました。「犯人であるかどうか」が争点化されるなど思っていませんでした。

── 警察の日常捜査に知事は権限を持ってはいないと思いますが、被告として滋賀県がこのような主張をしてきたのですから、知事には重大な責任があるのではないでしょうか。

井戸 滋賀県として代理人を選任しこのような準備書面を書いてきたのですから、三日月知事に責任はあると思います。再審無罪確定後、県警本部長は形の上では県議会「ご迷惑をおかけした」と謝罪しました。知事の目の前で県警本部長が謝罪しながら、今回の「犯人視」はまったくの二枚舌です。

── 法律解釈論の側面はあるかもしれませんが、西山さんからすれば、せっかく獲得した「無罪」がまた引き裂かれることになりませんか。

井戸 そうなんです。ようやく平穏な生活を送りだしたのに、またこういうことで精神的に不安定になるのではないかと心配になります。これは、美香さんに対する名誉棄損、侮辱であり、セカンドレイプです。

── 滋賀県が「犯人視」主張をしてきたことに対して、社会に対してどんなことをおっしゃりたいですか。

井戸 どれだけ三日月知事の意向が反映しているのかはわかりませんが、「こんなことでは済ませられない」ことを滋賀県には自覚してもらい、考え直させなければならないと思っています。県議会に働きかけようと思います。あとは市民の皆さんに「知事への手紙」などいろいろな方法で抗議をして頂きたいです。滋賀県が「このままでは放置できない」という状況に追い込みたいです。

── 再審無罪決定後に、県がこのような主張をすることは、わたしたちの生活にとって、どのようなことが起こる懸念があるのでしょうか。

井戸 冤罪を生み出した当事者が真摯に反省し、原因を究明し実務の改善をしないと冤罪は繰り返されるでしょう。今回の主張は改善どころか反省もしていない。「無罪になったけど本当は有罪なんだ。俺たちのやったことは全く問題なかったんだ」と堂々と開き直っているわけです。そして、滋賀県警の姿勢を滋賀県が是認しているわけです。これでは冤罪はなくなりません。今後、滋賀県ではまだまだ冤罪が作り出されるのではないかと、うすら寒くなります。

── お忙しい中ありがとうございました。

※これまで大事件の代理人であっても、市民集会でも井戸弁護士は熱を込めて語ることはあっても法律家としての理性が揺るぐことはない。井戸弁護士は今回、法的に「前代未聞」な滋賀県の態度を指弾するなかで、これまで聞いたことがない怒り・憤りを含んだ語調と言葉を発せられた。冤罪は文字通り「罪」なのに、罪を冒してもそれを反省するどころか、再び被害者を傷つける滋賀県。滋賀県は西山さんが同県の住民であることを、完全に失念しているようにしか思えない。

《追記》

本原稿を書き上げたあと、17日夕刻に井戸弁護士は、フェイスブックで以下の展開を公開した。

「昨日は、滋賀県警の不当な準備書面について抗議の書込みをしたところ、多くの人が〈いいね〉を押していただき、シェアしていただき、ありがとうございました。本日午後5時、三日月知事は、緊急記者会見を開き、準備書面の内容は誠に不適切であったとして、全面的に謝罪されました。会見の直前には、私に電話をいただき、やはり全面的に謝罪されました。知事ご自身は、準備書面の内容を把握されていなかったようです。準備書面の内容を全面的に見直すということですので、今回の問題は、ひとまず解決に向かうと思います。多くの方々が滋賀県当局に抗議の意思を届けて頂いた成果です。本当にありがとうございました。
 ただ、今回明らかになった問題をこのままで済ませてはいけないと思います。今回の騒動で明らかになったことは、県警本部の幹部らは、昨年6月に県警本部長が謝罪したにも関わらず、いまだに、美香さんが殺人犯であり、裁判所や検察庁の判断が誤っているのであり、自分たちの捜査には何の問題もなかったと考えているということです。自分たちの過ちを頑として認めない組織は、必ず同じ過ちを繰り返します。滋賀県警で不祥事が相次いでいるのもむべなるかなです。この滋賀県警の体質を明るみに出しただけでも、美香さんが国賠訴訟を起こした意味があったということができるかもしれません。滋賀県警の皆さんには、もう一度大津地裁の無罪判決と大西裁判長の説諭を読み直して、虚心坦懐に自分たちがした仕事を振り返ってみてほしい。そして、市民の皆さんには、警察のあり方について問題意識を持ち続けてほしいと思います。二度と冤罪被害を繰り返さないために。」

三日月知事は井戸弁護士に謝罪し、内容を見直すと連絡した。しかし、滋賀県警の「無反省」体質については、この展開により問題が浮き彫りになったといえよう。(2021年9月18日 田所敏夫)

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▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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