私は拙著『芸能人はなぜ干されるのか? 芸能界独占禁止法違反』では、様々な資料を駆使して、あらゆる角度から日本の芸能界を検証しその問題点を浮き彫りにすることを目指した。

日本の芸能界の問題は、構造的なものであり、連綿と続く歴史的背景がある。では、どうすれば解決できるのか。私はそのモデルを求めて、世界屈指の市場規模を誇るアメリカのエンターテインメント産業の歴史と構造を調べた。

日本と比べ、アメリカのタレントが主体的にパフォーマンスに取り組め、報酬面でも権利面でも擁護されているのは、3つの柱がある。すなわち、①「タレントによる労働組合の結成」、②「反トラスト法(独占禁止法)による芸能資本の独占排除」、③「専門法によるエージェントの規制」だ。

歴史的経緯を調べると、まず、最初に出てきて、なおかつ重要度が高いのが①の「タレントによる労働組合の結成」だ。私は『芸能人はなぜ干されるのか?』を出版すれば、いずれタレントから労働組合結成の声が上がってくるはずだと思っていたが、遂にその時がやってきた。

8月に出版された『クイック・ジャパン115』(太田出版)で売れっ子の若手俳優、小栗旬が友人の俳優、鈴木亮平との対談で労組結成への思いを打ち明け、「ぼちぼち本格的にやるべきだなと思っています」と語っているのだ。

◆「巨大組織」に抗する覚悟はあるか?

労働組合の結成の目的は、優れた作品をつくり、俳優の労働条件を改善することが目的で小栗が旗振り役になるつもりだという。

小栗のその決意の背景にあるのは、芸能界の現状に対するいらだちだ。たとえば、「アメリカなんかは、メジャー作品にこの前まで無名だった俳優が、ある日突然主役に抜擢されることがあるのに、日本ではそういうことはほとんどないという現状がある。それを起こすためには、大前提としてスキルを持っていないとできないので、その力をみんなでつける場所を作りたいということですね」」として、自ら借金をして、俳優が自分たちを向上させるための稽古場を建てているという。

日本の芸能界では大手芸能事務所によるパワーゲームでキャスティングが決まる。その悪習を打破して、真の実力主義を導入すべきだというのである。

その先には、俳優による本格的な労働組合の結成という目標があるが、「みんなけっこう、いざとなると乗ってくれないんですよ」「ここのところはちょっとね、負け始めてます」と言っている。その理由は、「組織に。やっぱり組織ってとてつもなくでかいから、『自分は誰かに殺されるかもしれない』くらいの覚悟で戦わないと、日本の芸能界を変えるのは相当難しいっすね」と述べている。

小栗が言うところの「組織」とは、「芸能界のドン」と呼ばれる、バーニングプロダクションの周防郁雄社長を盟主として仰ぐ、業界団体、日本音楽事業者協会(音事協)のことだろう。

小栗が所属する芸能事務所は、トライストーン・エンタテイメント。あまり知名度はないが、音事協に加盟している。また、小栗の対談相手の鈴木亮平は、音事協加盟で老舗のホリプロに所属している。タレントの生殺与奪の権利を握る「組織」に所属し、多くのメジャー作品に出演している2人による労働組合構想はきわめてリスクが高い。

◆業界権力者の意向を恐れず、闘い続けた米国タレント労組の歴史

アメリカのエンターテインメント産業においてもタレントの労働組合の結成は難事業だった。

アメリカの演劇界では1913年に労働条件の改善を訴えて俳優が労働組合、アクターズ・エクイティ・アソシエーション(AEA)を結成したが、劇場マネージャーの連合体である劇場シンジケート側は、AEAの有力メンバーを買収し第2組合を設立させたり、AEAに加盟していない地方の俳優を使って公演をしたりして、AEAの活動を妨害した。

この動きに対抗するべく、AEAは日本の連合(日本労働組合連合会)にあたるアメリカ労働総同盟に加盟し、他のタレントの組合と連携して組織力を強め、大々的なストライキを実施し、チャリティ公演を行ない資金不足を補った。そうした努力を積み重ね、最終的に劇場シンジケート側は、白旗を揚げ、俳優たちの要求を飲んだ。

ハリウッドの映画俳優たちは1933年に「スクリーン・アクターズ・ギルド」という労働組合を立ち上げた。

ハリウッド・スターといえば、今でこそ莫大な報酬を得ることで知られるが、当時の労働環境は劣悪だった。当時のハリウッドは「スタジオ」と呼ばれるメジャー映画会社が牛耳り、俳優たちはスタジオの裁量で自動更新される長期契約を強いられ、朝8時から深夜まで及ぶ長時間労働を余儀なくされた。

SAGが設立された直接のきっかけは、映画会社による大幅な賃下げの実施だった。当初、SAG加盟社は少数だったが、プロデューサー同士が俳優の競争入札をしないという、日本の五社協定のような申し合わせが成立したことがきっかけとなり、SAGの加入者は3週間で80人から4000人まで膨れあがった。

1935年5月9日、数千人の俳優たちがハリウッドのリージョン・スタジアムに集まり、ストライキの実施を支持した。これ以降、SAGと映画会社が交渉し、映画界のルールを決める習慣が定着するようになった。

アメリカのタレントたちが業界の権力者の意向を恐れず、パフォーマンスに専念でき、なおかつ高収入を得られるのは、そうした努力の積み重ねによるものだ。

そして、ようやく日本の芸能界にも、団結して立ち上がることを主張する俳優が現れた。今、日本の芸能界は歴史的な曲がり角を迎えているのかもしれない。

(星野陽平)

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