小栗旬が俳優の労働組合結成の旗振り役として名乗り出たことを知った私は、「意外と適任かもしれない」と思った。
なぜそう思うかというと、伝統芸能のストーリーに「権力者と闘う役者」というロールモデルがあり、それが小栗と重なるからだ。
江戸時代、歌舞伎などの役者は風紀と秩序を乱すと見なされ制度的に差別され、住む場所を制限され、外出する際は編み笠の着用を義務づけられ、町人との交流を禁じられ、「河原乞食」「河原者」と言われ、汚らわしい存在として忌避された。
明治維新が起きて、表向き身分制度はなくなったが、芸能者に対する卑賤視は消えなかった。今でも年輩の俳優は、「俺たちは所詮、河原乞食だから」という言葉を口にする。
2009年に他界したタレントの山城新伍は、1997年に刊行された著書『現代・河原乞食考~役者の世界って何やねん?』(解放出版社)の中で、「この間」の話として、一般人から「河原乞食」と言われ、喧嘩になったエピソードを明かしている。
◆芸能界に求められている新たな「助六」の登場
だが、役者が権力に立ち向かい、差別と闘った歴史もある。
江戸中期まで役者は弾左右衛門という被差別民の頭領に支配され、櫓銭(やぐらせん)という興行税を払っていた。ところが、1707年、京都のからくり師(人形を操る芸人)小林新助が弾左右衛門に許可なく江戸で興行を打ったとして弾左右衛門の配下300人に芝居小屋を破壊されるという事件が起きた。
小林は弾左右衛門の不当性を訴えて幕府に裁判を起こした。結果、新助の主張が認められ、役者は弾左衛門に櫓銭を払わなくてよいという判決が出た。
これを聞いた江戸の歌舞伎役者たちは、もはや役者は不浄の民ではないということが公に認められたと捉え、大いに喜び、二代目市川団十郎は裁判の経過を「勝扇子(かちおうぎ)」という書物としてまとめ、家宝にした。
作家の塩見鮮一郎によれば、この事件をモチーフにしてつくられたのが、1713年に初めて上演され、現在の歌舞伎でももっとも人気がある演目である『助六』だと指摘している。
『助六』のストーリーは、主役の助六が意休という老人から友切丸という宝刀を奪うというものだが、助六が勝扇子事件を下敷きにしているとすると、助六は役者であり、意休は弾左右衛門であり、友切丸は当時の役者が支配者である弾左右衛門から奪い返した「興行の自由」が仮託されていたと見るべきだろう。
これを今の芸能界に置き換えると、助六はタレントの労働組合の委員長であり、意休は「芸能界のドン」であるバーニングプロダクションの周防郁雄社長であり、友切丸は契約書で芸能事務所に奪われたタレントの「実演の権利」にあたる、と解釈することもできる。
◆「助六」と重なる俳優「小栗旬」の軌跡
では、助六というのは、どんな人物なのか。
まず、助六は喧嘩に強い。物語の中で、助六は本来は鎌倉時代の武士である曾我時致だが、侠客の姿に身をやつし、吉原に出入りし、客に喧嘩をふっかけて刀を抜かせ、友切丸を探している。意休が友切丸を持っていることに気づいた助六は、意休を斬り殺し、友切丸を取り返す。
そして、助六は女性にめっぽうモテる。物語には、揚巻(あげまき)という花魁がヒロインとして出てくるが、揚巻は言い寄ってくる意休を嫌い、助六に夢中だ。そして、居並ぶ遊女十数人が一斉に「吸いつけキセル」を助六に手渡し、それを意休がうらやましそうに見ているシーンが出てくる。助六は女性の憧れの的だ。
一方、俳優の労働組合結成を宣言した小栗旬も、助六と同じく、喧嘩に強くて、女性にもモテる。
『クローズZERO』(2007年公開)、『クローズZERO II』(2009年公開)で、小栗は凶悪な転校生の主人公、滝谷源治役で、激しい喧嘩シーンをガチンコで演じきった。また、私生活では山田優との結婚後も浮気スキャンダルが絶えない無類の女性好きでもある。まさに助六を彷彿とさせる俳優ではないか。
小栗は『宇宙兄弟』(2012年)で、主役の南波六太役を演じた。少年時代にUFOを見たことから宇宙にあこがれ、宇宙飛行士になるという夢を負う兄弟の物語だが、出演のきっかなったのは、もともと小栗が漫画誌で連載されていた『宇宙兄弟』が大のお気に入りで、プロデューサーに「絶対、『宇宙兄弟』をやりたい」と話したことだったという。
小栗自身、とてつもない夢を追いかける、純粋な人柄なのだろう。歴史上、誰もなしえなかったタレントの労働組合を実現できる、無二の俳優なのかもしれない。
(星野陽平)
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