《まあーわかりやすく今のワシの心境を一言で片岡さんに伝えるとすれば、刺激のない決まりきった日常生活を送っている為、何だかなーーーーー!!って感じであります。刑務所にキッチリ管理されている決まりきった日常生活が、これから先、10年、20年、30年と延々続くのかと思うと、ホンマ、マジで、何だかなあ~~~~~!!と思ってしまうのが、ワシの正直な気持ちであります。》

この文章は今年5月、岡山刑務所で服役中の男から筆者に届いた手紙の一節だ。男の名は引寺利明(47)。4年余り前、広島市南区にあるマツダの本社工場に自動車で突入して暴走し、社員12人をはね、うち1人を死亡させた男である。

[写真]服役中の引寺利明から筆者に届いた手紙

引寺は犯行後、すぐに自首して逮捕されたが、犯行動機については、「現場の工場で期間工として働いていた時、他の社員たちにロッカーを荒らされ、自宅アパートに侵入される集スト(集団ストーカー行為)に遭った」「そのため、マツダに恨みがあった」などと特異なことを主張した。精神鑑定を経て起訴されたが、裁判中も法廷で不規則発言を連発。結果的に昨年9月、最高裁に上告を棄却されて無期懲役の判決が確定したが、責任能力を認められる一方で妄想性障害と認定されるという非常に微妙な裁判だった。

筆者は裁判が控訴審段階にあった昨年春頃からこの引寺と面会、手紙のやりとりを重ねてきた。この特異なキャラクターの持ち主を継続的に取材し、人物像やその時々の様子を世に伝えていくことに意義があるように思えたからである。

では、判決確定から一年経過した今、引寺は一体どんな様子なのか。それを伝えるには、冒頭に引用した手紙の続きを見てもらうのが手っ取り早い。

◆「ポリ24時」にケラケラ笑う

《ここでは雑居房でテレビが見れますが、決められた時間帯にしかテレビが見れない為、本当に見たい番組やドラマ(消灯時間中となる午後9時以降の番組やドラマの事です)を見る事が出来ず、ヒジョ~~~に残念であります。

シャバの人々からすれば、塀の中でテレビが見せてもらえるだけでも感謝しろ!!と思われるかもしれませんが、テレビを見るのが当たり前になっている懲役連中の立場からすれば、テレビの視聴時間が少ない事に関して、不満だらけという事です。

ごくたまーに、テレビでポリ24時を見る事がありますが、ちかんや盗撮犯や窃盗犯が警察官に現行犯逮捕されるシーンがあると、同席のみんなと一緒に「ドジじゃのーー」「何をやっとるんやあーー」「ホンマ、アホじゃのー」などと言い合って、みんなでケラケラと笑いながら見ております。

片岡さん、ぶっちゃけた事を言いますと、ワシを含むここの懲役連中の方が、ポリ24時で逮捕されている奴らより、罪状的には、はるかに凶悪犯な訳です。(笑)。塀の中の住人達が、ポリ24時を見ながらケラケラと笑っている姿というのは、我ながらシュールな光景だと思いますよ。(笑)》

一読しただけで、おわかり頂けたことだろう。引寺が自分の犯した罪について、今も何ら反省せず、そもそも罪悪感すら抱くことなく、刑務所で案外楽しそうな日々を過ごしていることを。引き続き、8月に届いた手紙も紹介しよう。

◆獄中運動会で安全運転リレーに出場

《こちらでの生活は、以前の手紙に書いた通り、変わりばえのない単調な日常生活ではありますが、9月の中旬頃に運動会があります(……中略……)競技の種類としましては、通常のリレーの他にスウェーデンリレーや綱引きや玉入れ、ラムネ早飲み競争などがありまして、なぜかワシは安全運転リレーなるものに出る事になりました。

この競技は、戦時中から昭和時代にかけての子供達が遊びでやっていたであろう、木の棒でチャリンコの車輪を回しながら走って行くやつであります。周りの人達からは「マツダに突っ込んで暴走した引寺さんが安全運転リレーに出ちゃーいけんよーー」とか「引寺さんは前を走っとるランナーをはねとばしてでも自分が勝つつもりなんじゃろー」などと言われてひやかされております。(笑)

ワシ的には、運動会は参加する事に意義があるんじゃけえー楽しくやりゃーえーわ。ぐらいに考えて、かるーい気持ちで安全運転リレーに出る事にしたのですが、そのリレーに出場するメンバーの方々は「勝つ事に意義がある!!」といった感じで、目がマジです。(笑)その為、運動会の一ヶ月も前から、競技に使用する車輪と棒を使って、運動時間に練習しております。

(……中略……)話はかわりますが、シャバでは一万円の臨時福祉給付金(※1)なるものが国から出るという事らしいのですが、塀の中のこちらでは、このネタで盛り上がっております。どうやら塀の中にいる我々凶悪犯にもこの金が支給されるらしく、周りのみんなは、自分の住民票がある区役所宛に「手続きするけえーーその金よこせえーーーー!!」といった手紙をガンガン送っております。(笑)ワシも安佐南区役所(※2)に手紙を送りました。

(……中略……)シャバでの一万円は大した事はありませんが、ここでの一万円は大金であります。なんせ給料5ヶ月分ですから。ハハハハハハハハハーーーーーーーーーーーー!! そういった訳で、みんなこの一万円をゲットするべくガチでマジになっております。(笑)》

もしかすると、この引寺の手紙を読んで、はらわたが煮えくり返った人もいるかもしれない。だが、引寺のような重大事件の犯人が実際はどういう人物で、現在どういう様子なのかを世に伝えることには意義があると筆者は確信している。この手紙も引寺の人物像や現状を伝えるうえで一級の資料価値があると思うからこそ、こうして紹介しているのである。

◆知られざる暴走犯の新主張

この手紙をここで紹介するに際しては、当然、引寺本人の承諾も得ている。引寺から交換条件として示されたのは、「ワシが主張しているマツダ事件の真相」についても書いてくれ、ということだった。筆者は現時点で、その引寺の主張に信ぴょう性を感じていないが、この場で紹介する価値がある主張だとは思っている。引寺本人が「マツダ事件の真相」として現在どういう主張をしているかは、いまだマスコミで一切報じられていないからである。

実を言うと、引寺は今、自分のアパートに侵入する集団ストーカー行為を行っていたのはマツダの関係者ではなく、「おやじ(父親)とアパートを取り扱っていた不動産屋の社長」だったと主張しているのである――。

引寺によると、それは20年来の付き合いである知人男性からの情報により、判決確定直前に判明したことなのだという。筆者は一応、引寺の父親に直接、事実確認をしたが、「(引寺のアパートの部屋に)入っていません。入る用事なんて無いんですから」とのことであった。この時、携帯電話の向こう側の父親が嘘をついているような気配は感じられなかった。しかし、引寺は今も自分の父親と不動産屋の社長こそが集団ストーカーだったと確信しているのである。

それにしても、仮にそれが事実だとすれば、引寺は自分を悩ませた「集団ストーカー」と何の関係もないマツダの工場で暴走し、人の命を奪ったことになるわけだ。にもかかわらず、今も何ら反省していない引寺とは、どういう人物なのか――。筆者は今年9月、岡山刑務所を訪ね、およそ1年ぶりに引寺と面会してきたのだが、そのことはまた次回以降お伝えしたい。

※1、今年4月からの消費税率の引上げに伴い、所得の低い人たちに臨時で支給される給付金。支給額は1人につき1万円。申請先は今年1月1日の時点で住民登録がされている市町村。

※2、引寺が事件前に住んでいたアパートは、土砂災害に見舞われた広島市安佐南区にある。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。