ちあきなおみと言えば、もはや伝説的な歌手だ。1978年、郷鍈治との結婚を機に芸能界の第一線から退き、92年に郷と死別すると、引退状態となってしまった。

ちあきは1947年に東京都板橋区で生まれた。10代のうちは米軍キャンプやジャズ喫茶、キャバレーなどを回って歌を歌う下積み生活を送ったが、69年、21歳の時に『雨に濡れた慕情』で日本コロムビアからデビューした。

72年、代表作の『喝采』でレコード大賞を受賞し、歌手としての最高の栄誉に浴したが、次第に芸能界での居場所を失っていった。

1972年日本レコード大賞に輝いた「喝采」は昭和歌謡の名曲

◆捏造スキャンダルの嵐で芸能活動から遠ざかる

75年6月、ちあきはそれまで所属していた三好プロから独立し、交際していた郷鍈治が俳優業を廃業して、ちあきの個人事務所の社長に就任した。三好プロとは、以前からギャラなどで揉めていたという。ちあきが13歳の頃からマネージャーを務めた、三好プロの吉田尚人社長は、ちあきとにしきのあきらと熱愛し、何度も中絶したことなど、でっち上げを含めた過去のスキャンダルを暴露し、ちあきにダメージを与えた。

ちあきとコロムビアの関係悪化は、ニューミュージック路線を行きたいちあきと演歌路線で売り出したいコロムビアの間で衝突から始まり、77年春ごろには、ちあきが担当プロデューサーを更迭するよう主張するという事件が起きた。

そして78年4月28日、ちあきは郷と二人だけで東京、目黒の氷川神社に参拝し、その足で目黒区役所に入籍届を提出して、結婚した。結婚の事実は5月に入ってから報じら、ちあきは結婚の発表をしたが、コロムビアは入籍の事実も結婚の発表も事前に知らされていなかった。

さらにちあきは、結婚発表の記者会見の席上、コロムビアと再契約する意志がなく、1年間の休養に入ること宣言した。7月、メンツを潰された格好のコロムビア側は「私どもとしては、歌手を断念したと判断せざるをえなかったわけです」として、ちあきに契約解除を申し渡した。

◆レコード業界の自主規制?──カムバック作は発売直前にお蔵入り

7月末、ちあきと郷は港区南麻布に喫茶店を開き、しばらく芸能活動から遠ざかったものの、カムバックの機会を窺っていた。新しいレコード会社と交渉をしていたとも伝えられたが、話はなかなかまとまらなかった。

これについて、『週刊朝日』(78年9月8日号)は、「このほど、所属のコロムビアレコードから、契約の『解除』を申し渡され、おまけにレコード業界の暗黙の協定とかで、当分は他社での吹き込みも困難。歌手生命までが危ぶまれている」とし、また、『女性自身』78年8月24日・31日合併号)は、「コロムビアが先手を打って解約書を発送したのは、“うちは、ちあきなおみを切ったんだ”という姿勢を明らかにして、ほかのレコード会社を牽制したんだと思う。これで、ほかのレコード会社は、ちあきなおみと契約しにくくなった」という関係者の声を紹介している。

80年には、映画『象物語』(東宝東和)のテーマソングとして、ちあきの『アフリカのテーマ・風の大地の子守唄』『アフリカン・ナイト』の2曲が採用され、CBSソニーから2月25日に発売される予定になっていた。

当時の報道によれば、ソニーはちあき起用を決めた際、夫の郷に対するアレルギーがあるとか、ちあきと郷が別居状態になったといった報道もあったが、業界全体でちあきと郷を離婚させようという動きでもあったのだろうか。

だが、結局、カムバック作は発売直前になってお蔵入りとなり、映画ではちあきが歌っているにも関わらず、レコードは黛ジュンが代役として吹き込んだものが発売されるという異常な事態となった。さらに発売されたレコードは、制作現場の混乱により、初回プレス7万枚のうち5千枚が「A面・黛/B面・ちあき」というミスが発生し、回収騒ぎまで起きるというおまけまで付いた。この騒動について、マスコミでは「ソニーがコロムビアに遠慮した」と囁かれた。

◆芸能界に幻滅した伝説歌手の隠棲

その後、ちあきは女優として芸能界に復帰し、歌もビクター、テイチクから何曲かリリースしたが、92年に郷が死去すると、芸能活動を完全に休止した。

ちあきなおみは、どうして芸能界から去ってしまったのか。『週刊文春』(2011年10月6日号)で、元音楽関係者は次のように指摘している。

「当時、ちあきが個人事務所だから“横取りされた”というキナ臭い話が出た。それを耳にしたちあきは、『芸能界はこんなに汚い世界なの』と泣き叫んだという。そこで芸能界そのものに幻滅したのが、隠棲の遠因でしょう。夫の死後は、芸能界の人と話をする気もなくなったという話です」

郷が死んで以来、都心にある郷の墓を喪服を着て訪れる、ちあきの姿がたびたび目撃されているが、マスコミの取材には一切応じようとしない。

▼星野陽平(ほしの・ようへい)
フリーライター。1976年生まれ、東京都出身。早稻田大学商学部卒業。著書に『芸能人はなぜ干されるのか?』(鹿砦社)、編著に『実録!株式市場のカラクリ』(イースト・プレス)などがある。

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