加勢大周の独立事件で司法は、タレントに芸名の使用を認める判断を下した。だが、その後も芸名使用問題はくすぶり続け、1994年、浅香唯の芸能界復帰で、再び注目を集めることとなった。
浅香唯は、もともと芸能界には関心がなかった。芸能界入りのきっかけとなったのは、84年に『少女コミック』(小学館)主催のオーディションでグランプリを獲得したことだった。応募したのは優勝者に贈られる「赤いステレオ」が欲しいためだったという。だが、その後、多くの芸能プロダクションからスカウトの電話があり、芸能界入りを決めた。六本木オフィスに所属し、翌年、中学校を卒業し『夏少女』で歌手デビューした。
◆ファンクラブ会員数が山口百恵に迫る勢いだった88年の全盛期
86年、テレビドラマ『スケバン刑事3 少女忍法帖伝奇』(フジテレビ系)で主役を務めると、ブレイクし、たちまちトップアイドルの座を獲得した。ピーク時の88年にはファンクラブの会員が2万8000人を超え、全盛期の山口百恵の2万9000人に迫る勢いだった。だが、次第に六本木オフィスとの関係が悪化していった。
六本木オフィスとの関係がこじれるきっかけとなったのが、89年9月発覚したバックバンドのドラマーで7歳年上の西川貴博との交際だった。2人の関係を知った六本木オフィス側は、西川に音楽活動を支援しようという名目でお金を支払った。これを知った浅香は、マネージャーにお金を返したが、結局、社長から浅香のところに戻ってきてしまった。
この頃を境に浅香と六本木オフィスとの関係がギクシャクするようになってしまった。六本木オフィスは「そろそろ年齢相応にセクシーな面を打ち出すべきだ」と言って仕事を持ってきたが、浅香はすべて断った。
そして、93年2月末に六本木オフィスとの契約が解消となり、浅香は活動休止を宣言した。引退説も流れたが、94年1月、アラーキーこと写真家の荒木経惟が撮影した浅香の写真集『FAKE LOVE』(ベストセラーズ)が出版された。
六本木オフィスは、この写真集を問題視した。浅香は独立にあたって六本木オフィス側と「1年間は芸能活動をしない」「芸名の浅香唯を使用しない」という約束を交わしていたが、写真集の発売は契約切れから1年未満だったし、写真集の名義は本名の「川崎亜紀」だったが、帯には「浅香唯」の名があった。
◆「事務所と和解なくして復帰なし」が音事協の本音
六本木オフィス側が問題とした「芸名の使用禁止」については、加勢大周に対して元所属事務所が起こした裁判で争点となり、93年6月に言い渡された高裁判決で加勢に芸名の使用を認められていた。また、そもそも、「浅香唯」の名前は、『少女コミック』に連載されていた『シューティングスター』の主人公の名前であり、六本木オフィスの所有物ではない。
だが、六本木オフィスは、これが「道義的」に問題だとして、音事協に提訴した。これを受けて、音事協は「この問題は双方でよく話し合い、発展的に事を進めてほしい」と提案した。これに基づいて、六本木オフィスは、復帰のための条件を出したが、浅香はこれを拒絶した。
一見すると、音事協の裁定は和解を提案しただけにすぎないようにも見えるが、実際のところは「六本木オフィスと和解しなければ復帰は認めない」ということに等しい。もちろん、法的な拘束力があるわけではないが、業界は音事協を中心に強いつながりがあり、その裁定には絶対的な力がある。芸能界で孤立した浅香は、何年も自宅にこもってパソコンをいじって暮らした。
当時の浅香は雑誌のインタビューで、こう語っている。
「自分を哀れだと思ったら何もできない。自分を哀れむこと、哀れまれることだけはしたくないと思って……」
「結局、私が芸能界の仕組みやオキテそのものをわかっていなかったってことですね。本当、芸名のことにしても、後になって人づてにこういうことだと教えてもらいましたし、いろんな事務所がわかるにつけて、前の事務所には迷惑をかけたんだが、申し訳なかったと……」(『微笑』95年12月16日号)
浅香が芸能界に復帰したのは、六本木オフィスとの和解を経て、休業宣言から4年が過ぎた97年のことだった。
▼星野陽平(ほしの ようへい)
フリーライター。1976年生まれ、東京都出身。早稻田大学商学部卒業。著書に『芸能人はなぜ干されるのか?』(鹿砦社)、編著に『実録!株式市場のカラクリ』(イースト・プレス)などがある。
星野陽平の《脱法芸能》
◎加勢大周[Ⅲ]──悪名に翻弄され続けた二人の「加勢大周」
◎加勢大周[Ⅱ]──裁判で事務所社長に芸名を奪われる
◎加勢大周[Ⅰ]──独立で勃発した竹内社長との「骨肉の紛争」
◎爆笑問題──「たけしを育てた」学会員に騙され独立の紆余曲折
◎中森明菜──聖子と明暗分けた80年代歌姫の独立悲話(後編)
◎中森明菜──聖子と明暗分けた80年代歌姫の独立悲話(前編)
◎松田聖子──音事協が業界ぐるみで流布させた「性悪女」説
◎薬師丸ひろ子──「異端の角川」ゆえに幸福だった独立劇
◎《書評》『ジャニーズ50年史』──帝国の光と影の巨大さを描き切った圧巻の書