緊急シミュレーション:イスラム国日本潜入!「ISIL VS 自衛隊」もし戦わば…(前編)
作=青山智樹(作家、軍事評論家)

警察庁サイバー科。数十台のモニタが並べられ、どれもが常時、流れるような文字を写しだしている。日本中で発進されるメールが一旦、ここに集められフィルタリングされているのだ。事前に登録された「殺す」「爆弾」「FIRE」などのタームが引っかかると、弾き出される。だが、現実には他愛のない内容だ『ハードディスクが死んだ』、『炎の魔法は……』このようなタームも登録され次回から排除される。このようにして警察庁は「危険な言語」の精度をあげていく。

だが、言葉を拾い上げるだけでは本当に危険な情報は吸い上げられない。犯罪者、テロリストたちは自分たち独特の隠語を使っている。拳銃をハジキ、刃物をヤッパと呼び変えるようなものだ。新しく不明な言葉が見つけ出されると膨大なネット情報と比較され意味が解析される。多くの場合、テレビドラマのタイトルであったり、無意味な語である。

若い刑事が画面をとめて上司の警部補を呼んだ。

「数字が来ました」

画面上には無意味な数字の羅列が映し出されている。暗号だ。本当の危険な連中は普通の文章など使わない。暗号を使う。数字を文字列に移し替えて、かき混ぜる。かき混ぜ方を別便で送り再度組み立てる。

「内容を解析に回せ」

解けない暗号を作るためには、大規模なスーパーコンピュータが必要だ。そして、無理矢理解くためにはさらに高性能のコンピュータを使わなければならない。2015年現在、日本には何台もの世界最高水準のコンピュータがあり、科学研究以外にも利用を許可している。

「IPアドレスは判ったか?」

「都内のネットカフェです」

「念のため、人をやってくれ」

警察は定期的なパトロールに見せかけて随時「警察官立寄所」へ警察官を送り込む。最寄りの署か交番からネットカフェへ警官が向かっているだろう。もし、PCを扱っているのが指名手配犯であればそれなりの措置が取られるだろうし、被疑者が席を外していたとしても利用者名簿から特定して、必要であれば監視する。

日本人か、アラブ人かどうかは関係ない。2015年1月、パリの新聞社を襲撃した犯人グループにはフランス生まれ、フランス育ちの人間が含まれていた。イスラム系テロ集団に洗脳されて犯行に及んだのだ。日本でも同じ事態が発生しないとは限らない。

もし、テロ寸前の事態であれば、機動隊が出動する。日本ではここ何十年も機動隊が出動するようなデモは起こっていないが、機動隊は全員が柔道、剣道の有段者から選抜され、いまだ世界有数の暴動鎮圧能力を誇っている。

さらに先年、特殊急襲部隊SAT、スペシャル・アサルト・チームが編成された。銃器や爆発物が使用される大規模テロに対応する部隊で、防弾服を着用し軽機関銃で武装している。部隊の写真は公開されたが、隊員は全員が目出し帽で顔を隠しており、個人名も特定されていない。

SATで対応できない事態が発生した場合、自衛隊が出動する。幸いにしてSATが本格出動したり、自衛隊と共同作戦をとる事態は発生していないが、警視庁ばかりでなく各県警道警府警で共同訓練が行われている。

不幸な事実だが、日本の警察は対テロ経験が豊富だ。古くはよど号ハイジャック事件、日本の警察が介入することはなかったがペルーの日本領事館占領事件では突入訓練が繰り返された。そして、世界で初めての化学テロとなったオウム地下鉄サリン事件。
日本の警察は二度とテロを起こさせまいと努力を怠らない。

やがて、暗号解析の結果が帰ってきた。

「ISかも知れないですが、国内とは関係ないですね。日本国内の自衛隊の情報を問い合わせているようです」

海外での事件はサイバー科の手に余る。

「自衛隊に渡してやれ」

データは専用の回線で市ヶ谷に送達された。

ヨルダン首都、アンマン。航空自衛隊のC2輸送機が離陸した。機首を西に向けシリア国境をめざす。

ヨルダンはイスラエル、パレスチナ、サウジアラビア、イラク、シリアと国境を接する。予言者ムハマンドの子孫を王として戴くイスラム立憲王国国家であるが、内情は不安定である。国民の大半はパレスチナ難民か、パレスチナ難民の子孫である。イスラエルからの圧力ばかりでなく、2010年以降、隣国、シリアで発生した同じイスラムのISISの台頭が激しく、国土をもぎ取られ、もぎ取りしつつある。

アメリカを中心とする「連合」はヨルダン、サウジアラビアに部隊を配備して平和維持活動に当たっている。日本もその一翼を担うのであるが、基本的には後方支援である。普通科(歩兵)も駐留しているが、駐屯地の最低限の警備に限られ、実質的な活動は施設科といわれる土木部隊である。難民のために家屋を造り、道路を整備する。日本国内において施設科の活躍の場はないが、海外派遣されると主力となる。

日本では、やはりあまり活躍の場がないのが給養科、つまり食料担当である。

C2に乗り込んだ給養員はC2の貨物室一杯に積み込んだ携行食二型にアニメのキャラクターを次々書き込んでいる。二型はいわゆる「パックめし」でビニールパックされた何種類かの主食と副食がある。キノコ飯とか、白米、赤飯と日本語で書かれているが、C2が積んだものにはアラビア語で「ハラール」のシールが貼られている。ハラルはイスラム教の禁忌に触れない、という意味で食肉などでは動物が屠畜される際、聖職者が祈りを捧げた食品である。幸いにして日本の米食、キノコ飯などは菜食でありあらゆる禁忌に抵触しない。C2はこれらを紛争地域から脱出してきた難民の上に撒くのである。

アメリカも人道支援物資という名で難民用のハラル食、ベジタリアン食を用意していたが、アメリカ製は味に難点がある上、大量の保存料を使用しているため食べ慣れない人間が食べると腹を下す。栄養状態が悪いと命に関わる。

一方、パック飯は自衛隊員が一年以内に食べきることを前提としているので、加熱殺菌しているだけであり、味もかつてサマーワで各国の軍隊がレーションの食べ比べをした際にフランス、イタリアに次いで三位を獲得した保証付きである。

「おまえ、何しているんだ?」

「だって、子供が拾うかも知れないじゃないですか。少しでも喜んでもらおうと思って」

「まあ、いいけどな」

C2は低空飛行しながら後部カーゴドアからパック飯を撒いていった。本当なら戦車や、空挺部隊員を降ろすためのドアである。だが、紛争地域では銃より、食事の方が喜ばれる。

一方、陸上自衛隊施設部隊はアンマンから、シリア国境へ向けて道路を作り続けていた。砂漠地帯であるため、地面と同じ高さに道を作るとすぐに埋もれてしまう。ある程度の高さが必要だ。単純にアスファルトで固めるだけでも使い物にならない。太陽の熱で溶けてしまう。まさに砂漠を削るような作業だ。しかも頑丈でなければならない。いまは難民が安全な地に逃れ、給水車や輸送車が走るだけだが、ISが侵攻してきたらひょっとしたらパトリオットを引いたトレーラー、自走榴弾砲が通るかも知れないのだ。(つづく)

▼青山智樹(作家、軍事評論家)
1960年生まれ。作家、軍事評論家。著書「原潜伊六〇二浮上せり」「ストライクファイター」等多数。航空機自家用単発免許、銃砲刀剣類所持許可、保有。
HP=小説家:青山智樹の仕事部屋