これまで本連載で何度も指摘してきたが、芸能界の問題の核心部分は主要芸能プロダクションのほとんどが加盟する業界団体である日本音楽事業者協会でタレントの引き抜きが禁じるカルテルを結び、独立阻止で一致団結していることだ。

タレントが他の事務所に移籍できず、独立もままならないとすると、所属事務所の言うがまま隷属状態に置かれることになる。実はこのことはタレントにもあまり知られていない。

安室奈美恵オフィシャルサイトより

◆「芸能界の掟」に阻まれ頓挫したサンミュージック小島よしおの人力舎移籍

もう何年も前のことになるが、サンミュージックに所属するお笑いタレントの小島よしおが他の事務所への移籍を画策した時期があったという。

サンミュージックといえば、1980年代は松田聖子がブレイクし一世を風靡したが、86年には所属タレントの岡田有希子が事務所が入居していた四谷のビルから投身自殺をし、大きなイメージダウンとなった。さらに稼ぎ頭だった聖子が89年に独立してしまった。この時は業界をあげて聖子を干したが、聖子の離反でサンミュージックが受けた打撃が回復することはなかった。

90年代になると、トレンディドラマのブームになり、特に野島伸司脚本のドラマではサンミュージック所属タレントが多く起用されたものの、2000年代に入るとそれも失速し、大きく方針を転換し、お笑いに力を入れるようになった。そこで出てきたスターがダンディ坂野やカンニング竹山、小島よしおなどだったが、事務所全体の勢いは伸び悩んだ。特に稼ぎ頭の小島には、事務所に対する不満が募っていったという。

そこで小島は、おぎやはぎが所属する人力舎への移籍を打診したという。だが、人力舎側からは「サンミュージックさんとはお付き合いがありますので」と体よく断られてしまった。

◆「事務所のメンツ」を潰したタレントの復帰は難しい

また、「事務所に迷惑をかけた」と烙印を押されたタレントの芸能界復帰は難しいという。

最近でいいえば、たとえば、オセロの中島知子のケースだ。中島は2011年ごろから家に引きこもって仕事ができない状態が続き、同居していた占い師との関係が取りざたされ、洗脳騒動が持ち上がった。

2013年3月、中島は『ワイド!スクランブル』で洗脳騒動以来初のテレビ出演を果たし、洗脳騒動の真相を明かしたが、これは所属事務所、松竹芸能の意向を無視した中島の独断だった。松竹芸能は中島に対しただちに契約解除を申し渡した。

それ以降、洗脳騒動以来中島のメンタル面をサポートしてきたという脳科学者の苫米地英人が中島の連絡窓口となることが明らかとなった。この時の説明では、「次の事務所が決まるまでの間」とのことだったが、未だに移籍先が決まっていない。
現在、中島が出演しているのは、苫米地が出演しているMXTVの番組に限られ、本格的な芸能界復帰には至っていない。

この間、中島自身も事務所移籍の希望はあったようだが、他の芸能事務所からは「松竹さんとはお付き合いがありますので」という理由で受け入れを拒絶されたという。結局、松竹の許しを得たということが確約されなければ事務所の移籍はできないようなのである。芸能界にとっても最も重要なのは事務所のメンツであり、そこに経済合理性はない。たとえタレントに需要があったとしても事務所の論理によって潰される。


◎安室奈美恵 / 「Stranger」 (from New Album「_genic」)

◆なぜ安室奈美恵はライジングからエイベックスに移籍できたのか?

芸能界ではタブーとされる「引き抜き(移籍)」だが、今年1月には大きな動きがあった。ライジングプロダクションからエイベックスへの安室奈美恵の移籍した一件だ。

安室奈美恵といえば、昨年8月に独立騒動が表面化し、安室に独立を炊きつけ、“洗脳”した人物として音楽プロモーターの西茂弘氏の名前が取りざたされ、所属事務所、ライジングプロダクションとの関係悪化が深刻化していた。

12月には怒り心頭のライジング側は「独立するなら安室奈美恵の名前は使わせない」として7月、特許庁に「安室奈美恵」の名前を商標登録として出願していたことが報じられた。だが、「安室奈美恵」は芸名ではなく本名であり、本人の承諾を得ずに商標として登録されることはない。

そんな報道があった矢先、電撃的にエイベックスへの移籍話が持ち上がり、2015年1月14日付で安室とライジングの専属契約は終了し、その翌日から安室のマネジメント業務窓口がエイベックス内のレーベル「ディメンション・ポイント」で行うことになったという。

芸能記者は「これは大揉めするなと思っていましたが、関係者に取材すると『全然揉めていない』とのことで拍子抜けしました」と語る。

その後の報道によれば、安室の移籍に関連して、エイベックスがライジングの要望を聞き入れる形で、違約金や一定期間の活動停止処分、CDなどの印税収入の分配などを受け入れたともいうが、安室の芸能活動には支障はないようで、この6月には未発表曲のアルバムが発売され、9月から2016年2月まで全国ツアーが予定されている。

また、安室に独立をそそのかしたとしてやり玉に挙がった西氏は安室の移籍後も引き続き、安室のコンサート制作に携わるという。


◎安室奈美恵 / 「Birthday」 (from New Album「_genic」)

◆音事協は安室の「独立」を防ぐために「引き抜き」を認めざるをえなかった?

あまり大事とはならなかったこの移籍劇は、芸能界にとって大きな意味があるように思える。というのも、安室を引き抜いた格好のエイベックスも引きぬかれたライジングもともに音事協に加盟する芸能事務所だからだ。

そもそも音事協はタレントの引き抜きを防止するために設立された組織だ。私が知る限り、音事協内でタレントが移籍したケースは、過去に一度もない。タレントが独立するのは仕方がない。だが、徹底的に干すというのが芸能界の流儀だったはずだ。安室の移籍は、音事協の存在意義を否定するものであり、「引き抜き解禁」というパンドラの箱を開いたことになりかねず、芸能界にとって極めて重大な禍根を残すことになる。

筆者の考えでは、音事協は安室の独立を防ぐために引き抜きを認めざるをえない状況に追い込まれたのではないかと推測する。コンサート運営のプロである西氏が安室の独立の黒幕だとするならば、西氏には「安室が独立したとしてもコンサートはできる」という読みがあったはずだ。

近年、安室はテレビ出演を抑え、芸能活動の軸足をコンサートに移していた。コンサートさえできれば、安室は芸能界で生き残れる。さらに、近年はYoutubeなどを始めとするインターネットの新興メディアが勃興しており、仮にテレビに出演できなくとも新曲のプロモーションは可能だ。

安室ほどの大物であれば、テレビなどの既存のメディアに頼らず、独自の芸能活動ができた可能性が高い。だが、実際に安室の独立が成功してしまうと、音事協の存在意義が問われることになる。芸能事務所はタレントになめられたら、おしまいだ。音事協に力がないと思われれば、タレントの独立が相次ぐようになるはずだ。それは「芸能界液状化現象」を意味する。安室の移籍は、そのような事態を恐れ、言わば次善の策として認められたのではないだろうか。だが、それは芸能界の決壊を先送りしただけに過ぎない。


◎安室奈美恵 / 「Fashionista」 (from New Album「_genic」)

◎安室奈美恵オフィシャルサイト http://namieamuro.jp/

◎安室奈美恵New Album「_genic」サイト http://dimension-point.jp/amuro/_genic/

▼星野陽平(ほしの ようへい)
フリーライター。1976年生まれ、東京都出身。早稻田大学商学部卒業。著書に『芸能人はなぜ干されるのか?』(鹿砦社)、編著に『実録!株式市場のカラクリ』(イースト・プレス)などがある。

星野陽平の《脱法芸能》
◎『あまちゃん』能年玲奈さえ干される「悪しき因習」の不条理
◎ヒットチャートはカネで買う──「ペイオラ」とレコード大賞
◎宮根誠司──バーニングはなぜミヤネ独立を支援したのか?
◎松田聖子──音事協が業界ぐるみで流布させた「性悪女」説

芸能界の歪んだ「仕組み」を綿密に解き明かしたタブーなき傑作ノンフィクション『芸能人はなぜ干されるのか?』

『芸能人はなぜ干されるのか? 芸能界独占禁止法違反』