国民的歌手、加藤登紀子氏の「百万本のバラコンサート」を観た。渋谷のNHKホールは満員であり、ラトビアの「リエパーヤ交響楽団」を従えての加藤は、風格を漂わせつつも、迫力がある声を披露。もしかしてまだ30代なんじゃないかと思うほどのパワーを見せつけた。

6月5日から始まった「百万本のバラコンサート」は、ラトビアとの友情を結ぶという意味合いがある。加藤はコンサートを行うにあたって、ホームページでこう呼びかけている。

リエパーヤはラトビアの西、バルト海に面した美しい港町。 文化の豊かさを誇るリエパーヤ交響楽団は、1881年に設立されヨーロッパで高い評価を得て活動しているオーケストラです。1991年に独立国となり、今自信に満ちた発展を遂げているラトビア、いろんな歴史を潜りながら、ひたすら美しい音楽に愛を込めてきたラトビア。その魂に込められた艶やか管弦楽とともに、心ゆくまで熱く、深く歌いたいと思っています。今回は23名の特別編成で演奏します。どうぞ、お楽しみに! ? ?登紀子(http://www.tokiko.com/100/index.html


◎[参考動画]2015 加藤登紀子ラトビア訪問

◆「私たちには未来に生きるという選択肢しかないのですから」

加藤氏は、反原発論者でもある。『NO NUKES voice vol.4』のインタビューでは、こう答えている。

「私たちには未来に生きるという選択肢しかないのですから、心の中にある希望の火を絶やさないことが大事です。そして生きようという決心を持つこと。でも、最近では何を求めていけばよいのか、希望が見えにくいんですよ。もっともっと胸を張って、皆が希望を持つためには、日本が原発をやめる決心をすることが必要不可欠だと声に出したいですね。私は、2014年の3.11に、イベントで福島に住む18歳の少女が書いた手記を朗読しました。彼女は父親が東電の社員なのですが、事故以来両親は口を利かなくなったし、友だちや親戚とは絶縁状態になってしまい、家族がバラバラになってしまった。それでも父親は毎日福島第一原発に行って事故処理にあたり、くたくたになるまで働いています。彼女と家族をこの辛い現実から解放するためには、原発を止めて原発の被害にまっすぐ向かい合い、廃炉に向かって皆で頑張る。そういう真っ当な目的に向かって人々が一つになるしか答えはないですよね。なのに政府は再び『福島は完全にアンダーコントロール』と、事実ではないことを言ってウソで塗りかためた安全神話を作り出そうとしています.。(以下略)」(『NO NUKES voice vol.4』より)

かつて学生運動に参加して、その中心にいた藤本敏夫を伴侶にしていた加藤氏は言う。

「私はかつて学生運動にも参加しましたし、その中心にいた藤本敏夫と暮らしてきましたが、当時も学生の側にだけ立って歌っていたわけではありません。時代の奥に流れている共通の想いを歌いたかったのです。私が大好きなマレーネ・ディートリッヒは、少女時代に第一次世界大戦が始まり、その時母親に『戦争をしている時、多くの人が『自分たちは神様に守られている』という感覚を持ちます。でも、神はどちらか戦うものの片方の応援をすることはない』、と」?(『NO NUKES voice vol.4』より)

◆ラトビアとロシア語──二つの命を生きることになった歌

コンサートのクライマックスは、やはりひな壇に200人ものコーラス隊が並んだ「百万本のバラの物語」だろう。ラトビアと日本をつなぐ加藤氏の執念が見える。たとえば加藤氏はブログで以下のように書く。

―ブログより

「コンサートのパンフレットに詳しいラトビアの紹介を書くために、随分沢山の本を読み、ラトビアの歴史のディテールが見えてきて、何度も鳥肌が立つような事実に出会いました。

帝政ロシアが第一次世界大戦で崩壊した後、独立国家となったラトビアを、革命後のソ連が侵略したのは1939年、スターリンとヒットラーの密約によるもの。翌々年の1941年、たった一夜で1万5千人の人がシベリアに強制移住させられた恐怖の日、それがよりによってNHKホールで歌う6月14日だった、ということも驚きです.

戦前戦後を通して、ハルビンにはロシアから亡命したり、移住したりしたポーランド人やユダヤ人が沢山住んでいたことは知っていましたが、ラトビアの人たちも数百人住んでいたそうです。私の家族はそうした移住者たち、イミグラントの人たちと強い繋がりがあったので、感慨無量です。

敗戦後、国を失った私たちは、彼らと同じように無国籍者となった訳ですが、「それでもめげずに堂々と生きられたのは、イミグラントの人たちの姿を見ていたからよ」と母は言います。どんな時も素晴らしい音楽を楽しみ、生活スタイルを守り、文化の高さを失わなかったラトビアを知れば知るほど、母の言葉が伝わってきます。

その時代のことをこよなく愛した父も、もう此の世にはいないし、100歳の母も今年はコンサートに来られない!でも、心の中では、今やっと対話できている、その気持ちを歌に託したいと思います。(http://ameblo.jp/tokiko-kato/)」


◎[参考動画]ラトビア・ リエパーヤ交響楽団リハーサル風景(2015.1加藤登紀子撮影)

加藤氏はコンサートのパンフにこう書く。

「ラトビアという小さな国で生まれた歌が、ソ連という大きな国に広がっていくためには、どうしてもロシア語に翻訳されなければならなかった。これもこの歌の運命です。結果的には、この二つの違った歌詞を持つことで、二つの命を生きることになったのです。ラトビア語では、母親が幼い娘に贈った子守唄だった歌が、ロシア語の詩ではグルジアの貧しい画家の恋の物語に生まれ変わりました。どちらにも幸せへの尽きせぬ祈りが込められ、いつしかソ連の各地でそれぞれの祈りを託された。何本もの花が一つの花束になるように、「百万本のバラ」は大きな花束になり、それぞれの国が独立して行くための闘いに、勇気を与えました。そして、この歌に運命を託した小さな国たちは今、別々の国になった。それはこの花束がもっともっと大きくなったことなのだと思います。国境線は国を分けるためにあるのではなく、繋げるためにある。大きな国から独立した小さな国のそれぞれが自信をもって輝こうとすることで、お互いへのリスペクトが生まれる。『百万本のバラ』に託された祈りは、今こそ国境線を越えて、人の心を束ねることだと思います」(50th Anniversaryコンサートのパンフレットより)

加藤氏の外交は、もはや傲慢で私利私欲の経団連主導の外務省の何倍にも価値がある。大衆よ! 加藤氏の声を聞け、震えよ!

秋には、このコンサートの模様を収めたDVDが販売される。興味があるむきは、ぜひ買っていただきたい。

◎加藤登紀子HP http://www.tokiko.com/index

(小林俊之)

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