粋なはからい、とは言うまい。彼にとっては当然に準備されるべき舞台だったと思うし、私が監督や球団オーナーでも同様の判断をしただろう。御年50歳球界最高齢投手、中日の山本昌が10月7日、対広島の最終戦に先発登板した。

山本昌は天敵だった。甲子園やナゴヤドームで彼のスローボールに手も足も出ない阪神打線に何回やきもきさせられたことだろう。20年前、彼(いや、私か)の全盛時代、素人の私はどういうわけか135キロ位のストレートを投げることが出来た。他方、山本昌の投球を球場で見ていると、なぁんであんなに遅い球が打てないのか、不思議で仕方がなかった。確かに豊富な変化球と球の出どころが見にくいのは判る。しかしあのスローストレートは打てるだろう、と苦々しい思いを何度したことだろう。

だらしない阪神打線を散々ヤジり倒したことは言うまでもない。

挙句の果て阪神は、山本昌41歳時にノーヒットノーランまで食らっているのだ。この記録は最高齢のノーヒットノーランとして今日まで破られてない。

阪神は山本昌に完膚なきまでにカモにされていたわけだ。これがもし巨人所属の投手ならば、単なる嫌悪の対象にしかならないだろう(否殺意の対象かもしれない)。

しかし、あれほど偏向していて読む場所のなかった中日新聞の紙面が「何故か」まともになりだしたからではないだろうが、私の山本昌に対する感情はむしろ好感へと変化してきた。まずこの男、性格がいい。威張らないし腰が低い。阪神戦にめっぽう強かった悪癖を除けば憎むべき点はない。

さらに、わたしくしごとながら彼は私と同世代だ。今年50を超えた1965年生まれの人間の落胆を笑い飛ばすように、はつらつと今日まで現役投手を続けてくれた。寄るとたかると「腰痛がね」、「膝が痛くて」、「痛風の薬が手放せない」と病気の品評会が専らの私の世代にあってプロ野球の現役投手なんだから、恐れ入るほかない。

「中年の星」とかお気軽な呼称で山本昌を呼ぶ人もいるけれども、私たちに「希望」なんてないんだから「星」だってありはしない。山本昌に自分を重ねるわけでもない。ただ20年前のストレート勝負なら負けなかったのにとは思う。

プロ野球に限らず科学的なトレーニングや体のメインテナンス法の向上により選手寿命は伸びている。結構なことだ。しかし、重ね重ね20年前が悔やまれる。板東英二に「君ぃプロ級やで」と言われた時に山本昌には真剣勝負を申し込んでおくべきだった。勝負を取り持ってくれるはずの板東英二も失脚してしまったし。

今日の登板は打者僅か1人相手とあらかじめ伝えられていた。マウンドに上がる前に軽く頭を下げた山本昌には少し力が入っている。広島の先頭打者丸にボールを続けるが最後は見事にセカンドゴロに打ち取った。中日ナインがマウンドに駆け寄った。最初は笑顔だった山本昌の目から涙が流れだす。予定通り一人を打ち取り役者はベンチへ下がった。まだ試合は始まったばかりなのに、中日だけでなく広島ベンチからも拍手が鳴りやまなかった。

試合の結果なんかどうでもいい。この試合で中日が勝てば阪神がクライマックスシリースに出場できることは勿論知ってはいたけれども、降板が決まった和田監督の下、今年の状態で勝ち進める可能性は低いだろう。マートンだって真面目だけれども、もう気持ちは米国に帰ってしまっているだろう。

だから、私は安居酒屋のテレビで山本昌の投球を見終えると家路についた。

あーあ、またひとつ消えたなぁ。騒がしかったバブル時代に「青年期」を過ごした我が世代。バブルなんかの恩恵は何1つ受けなかった私だし、大嫌いだったけども、昨今頻繁に感じるこの「うら寂しさ」は何なんだ。我が世代は無意味バブルの代償として、寂寥にさいなまれているのだろうか。ただ私だけの思い込みや勘違いか。年を取っただけか。

空洞だった「戦後民主主義」がいよいよ完全終焉を迎えるこの時代に、山本昌の降板は何の関係もないだろう。でもなぜか虚しさを募らせてくれる。

ありがとうね。マサ。


◎[参考動画]中日ドラゴンズ山本昌投手 #34 現役最終登板(2015年10月7日baka6 baka6公開)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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