新宿・歌舞伎町では、今年に入り、月平均で約200件の「ぼったくり被害相談」が新宿署にかかってくる。まさに「日本一、ぼったくりの多い町」だ。
「ぼったくり店」はどうやって生まれるのか。あなたが長年勤めた会社を辞め、夢にまで見た独立を決意したとしよう。商売の基本原則は「薄利多売」である。最初の3カ月は赤字でもかまわない。「先行投資」だ「出血大サービス」だと、集客効果を上げるために盛り上げる。店が繁盛すれば値上げを考えるという、確固たる自信を持って店はオープンした。
開店後の1週間は友人知人が集まり、なかなかの盛況だった。だが、10日目を過ぎたあたりからバタッと客足は遠のき、2週間目に入ったころには店内に閑古鳥が鳴いた。頭をかかえ悩んでいた、ある日、顔見知りになったキャッチが、1人の客を連れてきてくれた。
「社長。この人、どこかそのへんのぼったくりバーでボラれたらしいんですよ。あまりに気の毒だから、3万円ぐらいの予算で飲ませてやってください」
3万円といえば、この店の客単価の3倍である。思わぬ新規の客の出現に、店はホステス総出でもてなした。店内は、華やいだ嬌声で溢れかえる。客も、終始笑顔で飲んでいた。
「ごちそうさま。楽しかった、また来るよ」
気持ちよく飲めたからなのか、店側の上にも下にも置かぬサービスが功を奏したからなのか。客は満足そうに店をでた。満面の笑みで、見送るホステスたち。客はヨタヨタと千鳥足で、歌舞伎町の雑踏の中に消えていった。
「社長、どうもすんませんでした。ウチの店でゴタ(=料金トラブル)った客です。いつまでもキャッチを探して、ウロウロしているので仕事にならない。仕方がないので、良心的な社長のお店に捨てさせていただきました」
キャッチは悪びれずに言った。捨てるとは、トラブった厄介な客を別な店に入れてしまうことである。客も喜んで帰ったのだから、彼の計算どおりにことは運んだ。社長の目が険しく、キャッチを睨む。「また、あんな客がいたらお願いしますよ。今度は、ちゃんとお礼はいたします」
キャッチの意に反し、思いがけない言葉が返った。この店は、客引きを使い店が生き残るべき活路を見いだしたことになる。
「わかりました。ある程度の予算は聞いておきますけど、多少は高く獲ってもいいですよ。ボクら、客の状況やサイフの中身は把握しているんで。もちろん、おとなしい客ばかりで、厄ネタ(=面倒な客)は連れてきませんから……」
キャッチは、エレベーターのボタンを押す。そして、 振り向きざまに、思いだしたようにこう言った。
「あっ、社長。ここはカード使えますよね」
「はい、もちろん」
「それなら、バッチリですよ。ただ、どんな客でも店をでるときは連絡をください」
「わかりました」
店を出た客は、ぼったくられた恨み辛みをキャッチにぶつける。だから店としては、キャッチを逃がさないといけない。
クレジットカードは、コンビニのATMで現金をキャッシングできる上、限度額さえ残っていれば店での支払いにも使える。キャッチは、ニヤッと笑ってエレベーターに乗り込んだ。かくして新たなぼったくり店が、歌舞伎町に誕生する。[つづく]
(小林俊之+影野臣直)
小林俊之+影野臣直!強力タッグの短期連載ルポ[全8回]
新宿・歌舞伎町ぼったくり裏事情──キャッチ目線で見た「警察の対応変化」
《1》「ぼったくり店」はどうやって生まれるのか?
《2》なぜ銀座のクラブにはゴタがないのか? [近日掲載]
《3》メニューに金額明示があれば違法性はない? [近日掲載]
《4》東京五輪を前に警察が浄化作戦を始動? [近日掲載]
《5》御一人様51万円「クラブ・セノーテ」事件の衝撃 [近日掲載]
《6》ベテランキャッチが語る「ぼったくり」の世界 [近日掲載]
《7》「ガールキャッチ」復活と増えるプチぼったくり [近日掲載]
《8》警察の弾圧が盛り場の「食物連鎖」を増殖させる [近日掲載]