外部との交流を厳しく制限され、獄中生活の実相が世間にほとんど知られていない死刑囚たち。その中には、実際には無実の者も少なくない。冤罪死刑囚8人が冤死の淵で書き綴った貴重な文書を紹介する。6人目は、埼玉愛犬家連続殺人事件の風間博子氏(59)。
◆検察側証人が証言した「博子さんは無罪」
埼玉県熊谷市で犬猫の繁殖販売業を営んでいた元夫婦の男女が1993年頃、犬の売買をめぐりトラブルになった客など4人を相次いで殺害したとされる埼玉愛犬家連続殺人事件。主犯格の関根元死刑囚(74)が被害者たちの遺体を細かく解体して燃やし、残骸を山や川に遺棄していた猟奇性が社会を震撼させた。だが、関根死刑囚と共に死刑判決を受けた風間博子氏に冤罪の疑いが指摘されていることは案外知られていない。
風間氏は裁判で、「DV癖のある関根死刑囚に逆らえず、死体の処分には一部関与したが、殺人については一切関与していない」と主張していた。結果、この主張が信用されずに死刑判決が確定したのだが、実は裁判では、風間氏が無実であることを示す有力な証言も飛び出していた。それは、死体の処分などを手伝ったとされる共犯者の男Yの以下のような証言だ。
「私は、博子さんは無罪だと思います。言いたいことは、それだけです」
「人も殺してないのに、なぜ死刑判決が出るの」
「何で博子がここにいんのかですよ、問題は。殺人事件も何もやってないのに何でこの場にいるかですよ」
Yは捜査段階に一連の事件は関根死刑囚と風間氏が共謀して行ったように証言しており、裁判でも検察側の最重要証人とめされる存在だったのだが、逆に風間氏が無実だと証言したのである。この裁判では元々、風間氏を殺害行為と結びつける目ぼしい証拠はYの証言しかなく、本来、風間氏は無罪とされるべきだった。しかし、こうした状況でも当たり前のように死刑判決が出てしまうのが日本の刑事裁判なのである。
風間氏は現在、東京拘置所に死刑囚として収容中だが、今年2月に発売された私の編著「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(鹿砦社)では、我が子への愛情に満ちた手記を寄稿してくれている。
◆愛娘との再会で・・・
風間氏は事件当時、前夫との間にもうけた息子Fさん、関根死刑囚との間にもうけた娘Nさんと一緒に暮らしていた。裁判の1審が行われていた頃、娘のNさんが拘置施設まで面会に来てくれた時のことを手記でこう振り返っている(以下、〈〉内は引用)。
〈面会室のアクリル板のむこうには、逮捕された日には私の膝の上にちょこんと座っていた、あのちっちゃかった幼子が、少女となって座っていました。その時の感動は、とても言葉では表せないほどのものでした。童女から乙女へと成長した娘への愛おしさに鼻の奥はツンと痺れ、私の胸は感激で一杯になりました〉
逮捕から5年余り、1度も会えなかった娘との再会だった。風間氏がまさに万感の思いだったことが伝わってくる。そんな風間氏に対し、Nさんが投げかけた言葉が涙を誘う。
〈訴えかけたくても言葉が出て来なそうな娘に、私は問いかけました。
「Nちゃん。なぁに? どうしたの? なにかあったの?」
必死に泣くまいと我慢していた娘は、涙がポロリとこぼれ落ちたのが合図だったかのごとく、堰を切って話しはじめました。
「ねぇ、お母さん。お母さんは、Nと一緒じゃいやなの? Nはね、お母さんと一緒がいいの。でもね、おばあちゃん達は、お母さんから許可もらったからって、お母さんがいいって言ったからって・・・。Nが『イヤッ!』って何度も何度も、何度も言っても、お母さんの籍からNを抜くって話を、何度も何度も、何度もするの(略)」〉
Nさんの〈おばあちゃん達〉、つまり風間氏の母たちはNさんの将来を思い、風間氏の籍から抜いたほうがいいと考えていたのだが、真意がわからない子供のNさんは風間氏に「お母さんと一緒がいい」と訴えたのだ。
◆涙の誓い
そんなNさんに対し、風間氏は次のように言って聞かせたという。
〈あのね、Nちゃん。これからお母さんが話すこと、よく聞いて頂戴ね。おばあちゃんやおばさん達は、Nちゃんのこと、きらってなんかいませんよ。今迄も、そして今もズットズット、Nちゃんのこと、とっても大好きでいてくれるわよ(略)おばあちゃん達は、Nちゃんのことが憎くて籍のこととかあれこれ言ってるのではないの。とっても大切で、とっても大事な存在だからこそ、どうすることがNちゃんにとって一番の幸せにつながるのかを、おばあちゃん達なりに一所懸命に考えて言ってくれてたの〉
そして短い面会時間は終わり、〈じゃあ、Nはお母さんと一緒のままでいいのだね!?〉と涙を手で拭き払って言うNさんに対し、風間氏も〈涙でくしゃくしゃの顔のまま、「うん、もちろんよ!!」と答え〉て、2人は別れたという。こうして風間氏は、〈何としても頑張りぬき、娘達の所へ私は還らねばならない!〉と決意を新たにしたのである。
この日から16年、いまだ雪冤を果たせない風間氏だが、現在も子供たちは母の無実を信じ、サポートを続けている。前掲の書「絶望の牢獄から無実を叫ぶ」に収録された風間氏の手記全文には、他にも息子のFさんが判決公判に駆けつけてくれた話など、様々な涙を誘われるエピソードが綴られている。
【冤死】
1 動詞 ぬれぎぬを着せられて死ぬ。不当な仕打ちを受けて死ぬ。
2 動詞+結果補語 ひどいぬれぎぬを着せる、ひどい仕打ちをする。
(白水社中国語辞典より)
▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。