2013年に山口県周南市の山あいの集落で住民5人が木の棒で撲殺された事件で、殺人罪などに問われた保見光成被告(66)の控訴審の判決公判が13日、広島高裁であり、多和田隆史裁判長は保見被告の控訴を棄却した。保見被告は1審・山口地裁で無実を主張しながら死刑判決を受けていたが、この死刑判決が控訴審で追認されたのだ。しかしこの裁判では、テレビ、新聞が深く踏み込まない重大な問題が浮上している――。

◆死刑事件の控訴審が証拠調べ無しで即日結審

保見被告の控訴を棄却した広島高裁

「人一人の生命を奪うのに、証拠も見ずに判決文を書いてしまう感覚が理解できません」

7月25日にあった初公判の終了後、保見被告の弁護団の一人は報道陣に対し、そんな裁判所批判を口にしていた。弁護団によると、この日までに弁護側は控訴趣意書と2通の控訴趣意書補充書を提出し、さらに52点の証拠調べを請求していた。だが同日の審理で、広島高裁は弁護側の証拠調べ請求をすべて退け、即日結審したのである。

無実を主張する保見被告の死刑判決を維持した控訴審の審理はかくもおざなりだったわけだが、この事件に冤罪の心配はないと言っていい。保見被告は裁判で、「被害者たちの脚を叩いただけ」と主張しているが、現場である被害者宅から保見被告のDNA型が見つかっているほか、凶器の木の棒に巻かれたビニールテープから保見被告の指紋も検出されているなど、保見被告が犯人だと裏づける証拠は揃っているからだ。

この裁判の問題は実質的にはただ1つ、保見被告の刑事責任能力である。

◆妄想性障害が認められても死刑

私は、裁判員裁判だった1審・山口地裁で保見被告の被告人質問があった公判を傍聴したが、保見被告は「被害者たちの脚を叩いた」動機について、様々な「嫌がらせ」を受けていたからだと訴えていた。しかし、その話の内容は荒唐無稽で、妄想としか思えないものだった。

「寝たきりの母がいる部屋に、隣のYさんが勝手に入ってきて、『ウンコくさい』と言われました」
「犬の飲み水に農薬を入れられ、自分が家でつくっていたカレーにも農薬を入れられました」
「Kさんは車をちょっと前進させたり、ちょっと後退したりということを繰り返し、自分を挑発してきました」

保見被告はこんな「嫌がらせ被害」を訴えながらハンドタオルで目頭を押さえており、本人は真実を話しているつもりのようだった。しかし結果、山口地裁は精神鑑定の結果に基づき、保見被告が「妄想性障害」に陥っていると認定。そのうえで「被告人の妄想は犯行動機を形成する過程に影響した」と認めつつ、「被害者らに報復するか否かは、被告人の元来の性格に基づいて選択された」と保見被告に完全責任能力があったと認定し、死刑を宣告したのである。

だが、控訴審の初公判終了後、弁護人の1人は報道陣に対し、次のように述べていた。

「1審の判決は、被告人の元来の性格によって報復が選択されたと言うが、その性格がどういうものかということは述べていません。保見さんは、それまでの人生で暴力的傾向は見受けられない人でした。それゆえに、犯行に及んだのは妄想性障害の影響が強いと我々は考えているんです」

そこで控訴審の弁護団は初公判で、「弁護側の証拠調べ請求をすべて退けるなら、裁判所が独自に精神鑑定をすべきだ」と求めた。しかし、広島高裁はその請求もあっさりと退けてしまったのだ。

保見被告が収容されている広島拘置所

◆被告人の深刻な状態

実際問題、第1審から取材してきた私には、保見被告の妄想性障害は「深刻な状態」であるように思えてならない。訴える「嫌がらせ被害」が荒唐無稽なのもさることながら、保見被告の公判中の態度からは裁判のことを何も理解できていない様子が見受けられるからだ。たとえば、無罪を主張する自分を弁護人たちが犯人と決めつけ、責任能力に関する主張をしているにも関わらず、顔色一つ変えずに話を聞いているところなどは最たるものである。

以下、初公判の終了後に控訴審の弁護団と報道陣の間で交わされていた一問一答である。

――保見被告は控訴審が即日結審し、自分の口で無実を訴える機会もなかったことをどう捉えているのか。
「本人としては裁判で言いたいことは色々あったと思います。ただ、そういう機会が認められなかったことについて、どう思っているのかはわかりません。接見で聞きます」

――保見被告は、冤罪で生命を奪われることへの恐怖心は抱いているのか。
「そういう様子は感じないですね。内心はわかりませんが、あまり現実感を持って死刑判決を受け止めていないように思えます」
「(裁判所に)説明すれば、わかってもらえるという考えのようです」

――そもそも、保見被告は弁護人や拘置所の職員、裁判官がそれぞれどういう人だか理解できているのか。
「わからないです。そういう話はしていません」

控訴審の弁護人たちの話を聞く限り、私は保見被告について、死刑判決を受けたらどうなるかということすら、わかっていないのではないかという印象を受けた。これで本当に完全責任能力があったと認められるのだろうか。

しかし、13日の判決公判で保見被告の控訴は棄却され、死刑判決が維持された。これはつまり、日本の刑事裁判でまた1つ、臭い物に蓋をするような判決が新たに出たということである。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。