当欄で繰り返し冤罪疑惑を伝えしてきた本庄保険金殺人事件で、八木茂死刑囚(66)は11月28日、再審請求特別抗告審で最高裁に無実の訴えを退けられ、再審が開かれないことが確定した。しかし12月6日、弁護団はさいたま地裁にすぐさま2度目の再審請求を行い、再審無罪を目指す闘いの第2ラウンドが始まった。今後注目度が高まると予想されるのが、ある「被害者」たちのタブー情報だ。
◆「風邪薬で殺害」を専門家が否定
埼玉県本庄市で金融業を営んでいた八木死刑囚は1999年の夏、マスコミ報道により債務者たちに保険をかけて殺害していた疑惑が表面化。一貫して無実を訴えたが、2008年に最高裁で死刑が確定した。確定判決によると、八木死刑囚は95年に元行員の佐藤修一氏(当時45)を保険金目的でトリカブトで殺害。さらに98年から99年にかけ、元パチンコ店店員の森田昭氏(同61)、元塗装工の川村富士美氏(同38)の2人に保険金目的で大量の風邪薬と酒を飲ませ、森田氏を殺害、川村氏には急性肝障害などの傷害を負わせたとされた。
しかし、死刑確定後に再審請求すると、トリカブトで毒殺されたとされる佐藤氏について、計3人の法医学者が死因を再鑑定したうえで「溺死」と判定。「佐藤氏は川で自殺した」という弁護側の主張が裏づけられる形となった。
結局、東京高裁は「鑑定結果に依拠できない」と八木死刑囚の無実の訴えを退け、最高裁も同高裁の判断を支持し、八木死刑囚の再審請求は実らなかった。しかし、このほど行われた第2次再審請求で提出された「無罪の新証拠」は興味深いものだ。それは、大量の風邪薬と酒で殺害されたとされる森田氏について、病理学の専門家が服薬と死亡の因果関係が認められないとした鑑定書だというのだが、これを私が興味深く感じる理由は大きく2点ある。
◆検証されていない「覚せい剤で死んだ可能性」
1点目は、確定判決で認定された森田氏に対する八木氏らの殺害の実行方法がそもそも不自然だったことだ。確定判決によると、森田氏は川村氏と共に八木死刑囚の愛人だった武まゆみ受刑者(49)=無期懲役が確定して服役中=から9~11カ月に渡り毎日20~30錠の風邪薬を酒と一緒に飲まされ、体を弱らせて死亡したとされている。武受刑者は2人に「健康食品」と偽る手口で風邪薬を飲ませていたとされるが、大の男がこれほどの長期間、逃げも隠れもせず、体を弱らせながら風邪薬を飲み続け、死んでしまうというのは非現実的である。
2点目は、マスコミはほとんど報道していないが、森田氏と川村氏の2人が事件当時、実は覚せい剤中毒に陥っていたことだ。覚せい剤を過剰に摂取すれば、体調が悪くなり、死ぬこともある。それは一般常識だ。しかし、八木氏の裁判では、森田氏が死んだり、川村氏が体を壊した原因が覚せい剤の摂取にあった可能性がまったく検証されていない。それだけに森田氏の死亡と服薬の因果関係を否定する医学的な鑑定結果が示された意味は大きい。今後、森田氏と川村氏の体調悪化の原因が覚せい剤だった可能性も検証されるべきだろう。
◆「被害者」への過剰な配慮で隠されてきた真相
さて、このような指摘をすることに対しては、「被害者のプライバシー」の観点から問題があるのではないかと考える人もいるのだろう。森田氏や川村氏が覚せい剤中毒者だった事実について、マスコミがほとんど報じないのもそのためだと思われる。このように「被害者のプライバシー」が過剰に配慮されるあまり、真相が隠されてきたのもこの事件の特徴だ。
実を言うと、計3人の法医学者が「溺死」だと判定した佐藤氏についても、死の真相がトリカブトによる毒殺ではなく、自殺だったと示す事実は法医学者らの鑑定結果だけではなかった。佐藤氏は川で死んでいるのが見つかった当時、多額の借金を抱えたうえに胃癌に冒され、さらに遺書まで残していたのだ。こういう事実も「被害者のプライバシー」に配慮し、隠していたのでは、公正な裁判が行われている否かを国民は監視できないだろう。
そもそも、この事件の被害者とされている男性3人については、本当に被害者なのか否かというところから事実関係に争いがある。だからこそあえて、もう一度言おう。八木死刑囚に大量の風邪薬と酒で殺害されたとされる「被害者」たちは覚せい剤中毒者だったのである。
▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。