過去数回、国民投票法の問題点について取り上げたが、5月3日に安倍首相が2020年までの憲法改正を宣言したことで、来年の国民投票実施がにわかに現実味を帯びてきた。
来年というのは、国民投票実施のための国会発議には衆参両院で3分の2以上の賛成票が必要であり、現在の衆院の任期満了が来年末に控えているからだ。もし次期衆院選で与党が議席を減らして3分の2を維持出来ないと、国会発議そのものが不可能になる恐れがあるので、改憲派としては何としても来年中に実施したいのだ。
◆「失敗は許されない。やる以上は成立させる」(保岡興治推進本部長)
この安倍宣言を受け、自民党の憲法改正推進本部はそれまでの憲法審査会における与野党協調路線をかなぐり捨て、首相の意に沿うような憲法改正案策定に向けて急速に動き出した。
また、推進本部の保岡興治本部長は6月13日、国民投票について「否決されたら、安倍内閣の命運だけでなく日本の根底が揺らぐ。失敗は許されない。やる以上は成立させる」と述べ、推進本部の強化策として高村正彦副総裁を相談役とし、石破茂前地方創生担当相を執行役員会に入れて挙党態勢を目指すと述べた。
なぜ「否決されたら日本の根底が揺らぐ」のかさっぱり分からないが、自民党が総力を挙げて国民投票実施を目指し始めたことは伝わってくる。首相の発言に対して批判的な石破氏は推進本部会合でも批判はしたが、追随する者がなく孤立していると報じられており、最終的には安倍の腰巾着連中によって押し切られる可能性が高いだろう。
この保岡発言で注目すべきは、「失敗は許されない。やる以上は成立させる」という部分だ。現在、憲法改正のための国民投票実施が、国民に周知されているというような状況では全くない。自民党がどのような改憲案を提示するかで多少の違いは生じるかもしれないが、大急ぎで憲法改正をしなければならないという状況にないことは誰の目にも明らかだ。
そんな中で保岡氏がいくら「やる以上は成立させる」と力んでみても、国会の中だけならお得意の強行採決でなんとかなるが、国民に直接信を問い、なおかつ有効投票の過半数以上の賛成票を獲得しなければ「不成立」となってしまうのだから、これは相当にハードルが高い試みである。
◆改憲のための広報宣伝、国民洗脳が動き出す
自民党お得意の、国会のような「閉じられた世界」での成功方程式が全く効かないとなると、過半数以上の賛成票を発生させる方策は何か。それこそが、「人を説得する」こと、即ち怒涛のような広告宣伝によって多数の国民を洗脳し、賛成票を投じるように仕向けることしかない。
初めて体験する国民投票という場で、憲法改正という国の命運を左右する大命題の審判に参加させ、しかも必ず改憲賛成に投票させなければならない。しかもそれは全国規模で、数千万人の意志を「改憲賛成」にもっていかなければならない。これは首相が国会で所信表明演説をしたくらいでどうにかなるものではなく、圧倒的な物量で「改憲賛成」という意識を国民に刷り込まなければ到底不可能である。
そして現在の日本はまがりなりにも民主主義国であるから、独裁国家のように国民に強制的に独裁者の演説だけを聞かせて投票させることは出来ない。国民に改憲派の意見を聴かせるには、あらゆるメディア(テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・インターネット)を通して語りかけるしかない。しかし、そのメディアを使用するにはカネが必要だ。なぜなら、自らの主張だけを発信するのは、わが国においてはメディアの「広告」枠を買って使用するしかないからだ。これはもちろん、護憲派も同じである。
そうなると、国民投票で賛否の鍵を握るのは、1億人の有権者に自らの信条を届け、説得し、投票に行かせるための「広報宣伝戦略」ということになる。裏を返せば、これはある商品の魅力を伝え、購入する気にさせ、実際にカネを払って購買にまでいたらせる、通常の「商品宣伝」と基本構造が全く同じなのだ。
となれば、この憲法改正国民投票で改憲派の命運を握るのは、その広報宣伝を一手に引き受けるであろう「電通」だということになる。ネットを除くあらゆるメディアに対し大きなシェアと影響力を持つ電通は、改憲派(自民党)の豊富な政党助成金や財界からの政治資金をすべてのメディアに流し込み、圧倒的な「改憲賛成」世論作りを行うだろう。そこでどのようなことが起こるのかは以前にも書いたが、次回はさらに深く解説したい。
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。