◆すでに治安維持法より広範囲な共謀罪の犯罪対象
6月15日に成立し7月11日施行された共謀罪だが、北から南まで日本全国で同法廃止へ向けての取り組みがなされている。
犯罪を実行していなくても計画段階で逮捕したり家宅捜査できるのが共謀罪だ。犯罪を「計画した」「合意した」と判定する権限を100パーセント持つのは、警察などの捜査機関だから、警察全権委任法といっていい。
反対者を弾圧した戦前戦中の治安維持法ですら、当初は共産主義者取締などに対象が限定されており、しだいに拡大されて、絵を描く人や俳句の会まで弾圧された。それに対して共謀罪は、277(数え方によっては316)の犯罪に共謀罪がつくので、最初から広範囲の市民に網をかけるものだ。
◆とんでもない危機に、とんでもなくフザけた演劇
すでに法律は施行され、監視が始まっている。戦後日本の最大の危機と言っても過言ではない状況なのだが、このとんでもない危機に、とんでもなくフザけた演劇が上映される。
社会派ブラックコメディを世に放ち続けてきた劇団チャリT企画の『キョーボーですよ!』(作・演出、楢原拓)がそれだ。実は、強行採決直前の6月9日~6月13日に、東京都新宿区の「新宿眼下画廊 スペース地下」で上演されたので筆者は初日に観に行った。
共謀罪をめぐる国会内での与野党の攻防や反対運動がピークに達する時期と上演期間がぴったりと一致してしまったので、リアルな感覚が迫ってきた。この作品が、入場料無料で7月18日に再上演される。
今回は、劇団「チャリT企画]と[早大有志の会]のコラボ企画だ。
7月18日(火)18:30開演(18:00開場)
18:30~早大・梅森直之教授 講演「キョーボーですか?」
19:10~劇団チャリT企画 公演「キョーボーですよ!」
早稲田大学小野記念講堂
入場無料(全席自由200席)
詳細は http://www.chari-t.com/pc/information.html
劇団ホームページ http://chari-t.com/kyobodesuyo/
◆「びっくりするほど簡単にあなたも今日から犯罪者」
いったいどのような内容なのか。
《平凡な市民サークルが突然わけもわからずテロ集団と認定され、テロの実行を共謀したとしてメンバーが逮捕されてしまう。そして、ものすごく不当な扱いを受けたあげく、しまいにはメンバー全員に「処分」が下される。
知らなかったでは逃げられない異常な事態。
果たして彼らの運命や如何に?
“今日もあなたを誰かが見ている”》
(以上、同劇団のチラシより)
このあらすじは、共謀罪法案の核心を突いている。本人には、犯罪を計画した覚えもなければ、合意・賛同した覚えがまったくなくても、あるいはそう主張しても通用しない。
仮に犯罪計画に一度でも合意(暗黙の合意、目配せでも合意したとされる可能性あり)してしまったら、あとになって「そんなの危ないから止めた」と思って実際に何もしなくても、罪は成立してしまう、ということになっている。
だれかが警察に通報して「こんなことが話されていました」と言えば、犯罪の計画や合意があったとされかねない。そして通報した密告者は、罪を免じられる。したがって、疑いを掛けられた者が助かる方法は密告しかないのである。
本作は、以上のような共謀罪の本質がしっかりと盛り込まれている。人の弱みに付け込んで供述させる警察のやり方、取調べ方法など、おそらくこんなことになるだろうな、と思わせる内容がちりばめられているのだ。
もちろんコメディだから笑いっぱなしなのだけれど、笑いながら胃の辺りに不快感を覚えた。夜遅めの食事を採り、朝起きたときに胃がもたれる、あの感覚である。
へたをすると、この演劇はブラックコメディとは言えなくなってしまうのではないか。あたかも近未来の現実をそのまま演じているように思えてしまうからだ。
◆安倍政権こそがブラックコメディ
チラシには小さな文字で「※料理番組ではありません」と笑いを誘うような文言が書いてある。「キョーボーですよ!」のタイトルは、料理番組の「チューボーですよ!」をもじってあるからだ。
だが、公式WEBサイトに掲載された出演者の内山奈々さんのインタビューがアップされている(インタビュアーは小劇場舞台制作団体BMGの長谷川雅也氏)のを見ると、やっぱり料理番組的ともいえる。
「チラシには『料理番組ではありません』と書かれてますが、料理番組と思っていただいてかまいません。どこにでもいる普通のおばちゃんが、『お前、包丁研いだだろ』と言われて捕まるような話です」
その言葉どおりの内容だと言っておこう。
今回の作品を制作した劇団チャリT企画は1998年に結成され、時事ネタや社会問題などの思いテーマをコメディとして世に送り出してきた。「ふざけた社会派」「バンカラ・ポップ」と彼ら自ら称する異色の劇団だ。
過去には、特定秘密保護法をテーマにした『それは秘密です』などを手掛けて注目された。特定秘密の内容はもちろん公開されず、「秘密は秘密」という法律そのものが「秘密は秘密」で一般人にはまったくわからないというマンガ的状況がよくわかる作品だった。
共謀罪でも、森友・加計学園疑獄でも、政府や自民党の対応を見ていると、国会内でブラックコメディを演じているかのようだ。それも、へたなシナリオ、ひどい演技である。
ろくでもない“永田町芝居”を見せられた後に、プロが演じる面白い芝居を観て、共謀罪廃止へ向けてのエネルギーとしていただきたい。
◎[参考動画]チャリT企画『キョーボーですよ!』ゲネプロダイジェスト(2017年6月9日公開)
▼林 克明(はやし・まさあき)
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)ほか。林克明twitter