1995年3月に國松孝次警察庁長官が自宅マンション前で何者かに狙撃され、瀕死の重傷を負った事件から22年の月日が流れた。事件はすでに2010年に公訴時効が成立して迷宮入りしているが、その犯人である説が根強い中村泰(ひろし)という80代の老受刑者の存在は有名だ。中村は獄中にいながらメディアの取材を次々にうけ、「長官狙撃事件の犯人は私だ」と訴え続けてきたが、一昨年に直腸ガンの手術を受けていたことは当欄で既報の通りだ。そんな中村がこのたびまた新たな重病に冒されたことがわかった――。

◆震えていた手紙の文字

2002年に名古屋市で銀行の現金輸送車の警備員を狙撃し、現行犯逮捕されたのをきっかけに長官狙撃事件の捜査線上に浮上した中村泰(87)。現在は岐阜刑務所で無期懲役刑に服しているが、東大を中退したインテリでありながら高度な射撃能力を有し、20代の頃には警察官を射殺する事件も起こした特異な経歴の持ち主だ。結局、逮捕も起訴もされなかったが、警察の取り調べに対し、長官狙撃事件の犯行を詳細に自白していたと伝えられている。

私はこの中村と4年以上、手紙のやりとりを続けてきたが、中村が一昨年初めに直腸ガンの手術を受けて以降は手紙をやりとりする回数が少なくなっていた。そんな中村から今年初めに年賀状をもらって以来、約半年ぶりに手紙が届いたのだが――。

パーキンソン症のため、文字が震えていた中村の手紙

手紙の文字が震えていたので、一体なぜかと思いきや、次のように説明されていた(以下、〈〉内は引用)。

〈謹啓 とりあえず最近の体調について申し上げます。

開腹手術によって患部は完全に切除されまして、現在に至るまで再発の兆候は見られないのですが、やはり八〇歳を過ぎてからの大手術の負担は大きいようでして、以後少なからず体力の低下を自覚させられています。

それに加えまして近頃は手首の震戦(ふるえ)が高じてきて神経科の医師による二度の診察ではパーキンソン症と診断されています。回復の見込みは薄いとのことでした。齢が齢だけに諦めるほかなさそうです〉

「Yahoo!ヘルスケア」によると、パーキンソン症(病)とは、手足が震えたり、筋肉がこわばったり、動作が遅くなるなどの症状が徐々に進行する病気で、10数年後には寝たきりになる患者もいるという。有病率は、人口10万人に対し100人程度というから珍しい病気と言えるが、中村は直腸ガンの手術後に闘病生活を送る中、また新たな重病に陥ってしまったわけである。

大丈夫だろうか……。私は最悪の事態まで想像し、少し重たい気持ちになってしまった。

中村のことを長官狙撃事件の犯人であるかのように伝えたフジTV「奇跡体験アンビリバボー」(2017年6月29日放送)のHP

◆元気だった頃と変わらない様子も

だが、手紙を読み進めると、元気だった頃と変わらない中村らしいことも書かれていた。

〈このほどテレビ番組制作会社から「奇跡体験アンビリバボー」なる番組で長官狙撃事件を取り上げる旨、通知を受けました〉

これまでも中村はテレビで自分のことを長官狙撃事件の犯人として取り上げる番組の放送が決まるたび、私に連絡してくれていた。今回も闘病中にも関わらず、義理堅く番組情報を伝えてくれたのだ。

6月末に放送されたこの番組は中村が長官狙撃事件の犯人である可能性を強く示唆する内容だった。そのためか、番組放送以来、ツイッターなどネット上では中村泰のことを長官狙撃事件の犯人であるかのように言う声を多く見かけるようになった

「警察庁長官を撃った犯人は自分」と世の人々に知らしめることを目標に闘病生活を送る中村にとっては、病と闘う活力になったことだろう。取材を通じて中村のことを長官狙撃事件の犯人だと思うようになった私としても、中村が少しでも多くの人に長官狙撃事件の犯人だと認識されることを願っている。

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▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

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