借金の返済を免れるためなどに2人の男性を殺害するなどした罪に問われた上田美由紀被告(43)が最高裁に上告を棄却され、死刑判決が確定することになった鳥取連続不審死事件。裁判の最大のキーマンは、上田被告と同居していた男性A氏だった。
A氏は事件前、上田被告と共に取り込み詐欺を繰り返し、窃盗にも手を染めて実刑判決を受けたという人物だ。上田被告の裁判では検察側の最重要証人として法廷に立ち、上田被告が2件の殺人を実行したことを裏づける重要な証言をしている。このA氏も上田被告に関わって以来、何かと大変な目に遭っているのだが、今回はそのことを紹介したい。
◆有力な目撃証言をした同居男性
裁判の認定によると、上田被告は09年4月、270万円の債務の返済を免れるために交際していたトラック運転手の矢部和実さん(当時47)に睡眠薬などを飲ませ、海の中に誘導して溺死させた。同10月には家電の代金約53万円の支払いを免れようと、電化製品販売店を営む圓山秀樹さん(同57)も同様の手口により川で殺害したとされる。
このような事実認定がなされるうえで欠かせなかったのが、A氏の次のような証言だった。
【矢部さん殺害事件に関するA氏の証言の要旨】
「私は事件当日、矢部さんと行動を共にしていた上田被告から電話で連絡をうけ、事件現場の砂浜まで車で迎えに行きました。すると、上田被告は全身がずぶぬれ状態で、一緒にいたはずの矢部さんの姿は見当たりませんでした。その後、しまむら倉吉店まで上田被告と一緒に行き、上田被告が着替えるための衣類を私が購入し、上田被告はラブホテルで着替えをしました」
【圓山さん殺害事件に関するA氏の証言の要旨】
「私は事件当日、上田被告に言われるまま、眠そうな状態の圓山さんを車で事件現場の川の近くまで連れて行きました。その後、私は上田被告に言われて一度現場を離れましたが、上田被告から迎えに来て欲しいという電話をうけて再び車で事件現場の近くまで行きました。すると、上田被告は下半身が濡れた状態で、『圓山さんと話していたら突然殴られ、圓山さんがいなくなった』と言っていました」
このような上田被告の犯行を目撃したに等しいA氏の証言は、携帯電話の記録やしまむら倉吉店のレシート、カーナビの履歴などの客観的証拠により裏づけられていた。私はこれまで被告人が無実を訴える殺人事件を数多く取材してきたが、これほど有力で、信ぴょう性の高い目撃証言が存在する事件を他に知らない。
では、そんなA氏が上田被告と関わって以来、一体どんな大変な目に遭っているのか。A氏は現在、上田被告と一緒に犯した取り込み詐欺や窃盗の被害者に1人で償いをしているのである。
◆1人で矢面に立たされている同居男性
私が最初にそのことを知ったのは、事件当時、上田被告やA氏と近所づきあいをしていた男性B氏に取材した時のことだ。というのも、取り込み詐欺を繰り返していた上田被告とA氏はB氏に対しても米や車を売ってやると嘘を言い、多額の金を騙し取っていたのだが、B氏は次のような話を聞かせてくれた。
「私は事件後、騙し取られた金を取り戻すためにAを相手取り鳥取地裁に損害賠償請求訴訟を起こしました。その結果、Aに対し、私に100万5400円を支払うように命じる判決が出たのですが、Aは出所後、ちゃんと仕事を見つけて働いており、私に毎月1万円ずつ支払い続けているのですよ」
また、上田被告とA氏は共謀し、上田被告が働いていたスナックのママの家に侵入して現金約35万円などを盗んでいたのだが、スナックのママによると、A氏はママにも少しずつ盗んだ金を返しているという。
こんな話をすると、「犯罪者が被害者に償いをするのは当たり前」と思う人もいるかもしれない。そういう考え方を否定するつもりはないが、A氏も上田被告との関係で言えば、被害者だということは指摘しておきたい。
というのも、A氏は元々、自動車の販売店に勤めていた妻子持ちの真面目な人間だった。しかし、上田被告と知り合って肉体関係を持ったことから上田被告に「三つ子を妊娠した」と嘘をつかれ、「養育費を支払って解決したいならば、3000万円を支払うように」などと求められて1000万円以上を渡しているのだ。そればかりか妻子のいる家を出て、上田被告と同居し、取り込み詐欺をやるようになったのだが、2人を知る人たちによれば、明らかに主導権は上田被告が握っていたという。事実関係を見る限り、A氏は上田被告に金を得るための道具として使われていた感が否めないのだ。
さらにこんな話も聞いた。
「Aは殺害行為に関与していないとはいえ、被害者遺族から見ればAは上田被告の共犯です。そのため、被害者遺族の1人がAの家をつきとめ、怒鳴り込んだのですが、Aは必死に謝っていたそうです」(関係者)
一方、B氏やスナックのママによると、上田被告からは償いどころか謝罪1つないという。つまり、A氏は上田被告に人生をボロボロにされた挙げ句、現在は上田被告と一緒に犯した罪に関し、1人で矢面に立たされているわけである。
A氏は現在、再び妻子と一緒に生活している。私はそんなA氏に対し、上田被告への思いなどを聞くべく取材を申し込んだが、A氏は電話口で「私には生活がありますんで」などと言うばかりで、結局、取材には応じてくれなかった。しかし、その語り口から元々は真面目な人間だったというのが改めてよくわかった。だからこそ、A氏も上田被告との関係では被害者だと私は自信を持って言えるのだ。
ネット上などでは、A氏について、あたかも裁判で上田被告を貶める虚偽の証言をしたかのように言っている人が散見される。そういう人はおそらく、A氏が上田被告と一緒に取り込み詐欺などを繰り返していたため、警察や検察に弱みにつけこまれた可能性を疑っているのではないかと思う。しかし、単なる憶測でそういうことを言うのはやめて欲しいと切に願う。上田被告との関係では、A氏も被害者なのだから。
【鳥取連続不審死事件】
2009年秋、同居していた男性A氏と共に詐欺の容疑で逮捕されていた鳥取市の元ホステス・上田美由紀被告(当時35)について、周辺で計6人の男性が不審死していた疑惑が表面化。捜査の結果、上田被告は強盗殺人や詐欺、窃盗、住居侵入の罪で起訴され、強盗殺人については一貫して無実を訴えながら2012年12月、鳥取地裁の裁判員裁判で死刑判決を受ける。判決によると、上田被告は2009年4月、270万円の借金返済を免れるためにトラック運転手の矢部和実さん(当時47)に睡眠薬などを飲ませて海で水死させ、同10月には電化製品の代金約53万円の支払いを免れようと、電気工事業の圓山秀樹さん(同57)を同じ手口により川で水死させたとされた。そして2014年3月、広島高裁松江支部で控訴棄却、今年7月に最高裁で上告棄却の判決を受け、死刑が事実上確定した。
《鳥取不審死・闇の奥》
◎《01》「悪」とは別の何かに思える被告人
◎《02》弁護人も悲しげな表情で聞く被告人の荒唐無稽な弁解
◎《03》様々な点が酷似していた2つの殺人事件
◎《04》同居男性が真犯人であるかのように語った上田被告
◎《05》上告審弁論で弁護人が証明した上田被告の「クロ」
◎《06》被害者遺族が語る 死刑が確定する被告への思い
◎《07》有力な目撃証言をした「同居男性」の苦難
▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。