埼玉県朝霞市の中学1年生だった少女を誘拐し、2年余り監禁したとして未成年者誘拐や監禁致傷などの罪に問われた千葉大学の学生(休学中)、寺内樺風(かぶ)(25)の判決公判が8月29日、さいたま地裁で開かれたが、寺内が異常な言動を繰り返したため、裁判長の松原里美は判決の宣告を延期した。

寺内被告の裁判が行われているさいたま地裁

このニュースが話題になる中、ネット上には「頭のおかしい演技をして罪を免れようとしている」と決めつけたような意見が飛び交っているが、本当にそうなのだろうか。このニュースを聞き、私が思い出したのは、5年前に広島市で似たような事件を起こした小玉智裕(事件当時20)という男子大学生のことだった――。

◆「植物工場で研究者や労働者にしたい」と女児をさらった男

成城大学の2年生だった小玉は2012年9月、運転免許を取得するために滞在していた広島市で小学6年生の女児をかばんに入れ、タクシーで連れ去ろうとするという前代未聞の事件を起こした。乗ったタクシーの運転手が異常に気づき、通りすがりの社会人野球の選手共に小玉を取り押さえ、警察に通報。女児は保護されたが、この時に負った心の傷は察するに余りある。

小玉はその後、わいせつ目的略取や監禁などの罪で起訴され、懲役3年の刑が確定したが、この事件がわいせつ目的から起こされたという見方に疑問を呈する声は聞こえてこない。しかし、小玉は起訴前の精神鑑定で「広汎性発達障害」だと診断されており、裁判では精神鑑定医が実に興味深い証言をしていたのだ。

その精神鑑定医は岡山県精神科医療センターの医師、来住(きし)由樹。来住は2013年10月、広島地裁で行われた小玉の第一審に証人出廷し、小玉には「広汎性発達障害を基盤とする空想癖」があったと認めたうえで、この空想癖が「犯行に間接的な影響を与えたと考えられる」と証言したのだが、興味深かったのはこの空想壁の内容だ。

来住によると、小玉が事件当時に没入していた空想は2つある。1つ目は、「植物工場を持ちたい」という空想だ。小玉は事件当時、事業計画などの現実的なことを考えず、どんな従業員を持ち、どんな装置で植物工場を運営するかという非現実的なことをひたすら空想していたという。もう1つの空想は、インターネットのチャットの中で「変態紳士」というキャラクターになり切るというもので、「変態紳士」となった小玉は他のチャット参加者と性的な空想のやりとりを繰り返していたという。

このうち、私がより興味深く感じたのは、1つ目の「植物工場を持ちたい」というほうだ。というのも、小玉は公判中、犯行がわいせつ目的だったことを否定し、「植物工場をつくり、女児を研究者や労働者にしようと思った」と主張していた。その主張が精神鑑定でも裏づけられたわけである。

結果的に裁判では、この精神鑑定医の見解が受け入れられず、小玉はわいせつ目的で女児をさらったと認定された。しかし、この裁判を傍聴した私は法廷での小玉の自然体の話しぶりを見る限り、嘘をついているとは思い難かった。小玉は本気で「植物工場」を作り、女児を研究者や労働者として働かせようとしていたとしか思えなかったのだ。

◆ドラマや小説では、頭がおかしいふりをして罪を免れる者もいるが……

さて、ひるがえって、寺内はどうか。寺内は裁判長に職業を聞かれ、「森の妖精」と答えたほか、「私は日本語がわからない」「私はオオタニケンジでございます」「ここはトイレです」などと意味不明な言葉を次々に発したというのだが――。

結論から言うと、私は寺内について、本当にいかれている可能性が高いとみている。私は過去、小玉以外にも精神障害を患った様々な犯罪者を取材してきたが、誰もが本当にいかれており、マモトな思考回路を有しているように思えた者はただの一人もいなかったからだ。

おそらくは罪を免れるために気が狂ったような演技をできるほど「知的な人間」ならば、そもそも精神障害が疑われるような事件など起こさないのではないか。私はそう思うのだ。

ただ、私がこれまで取材した精神障害を患った犯罪者たちは裁判で誰もが完全責任能力を認められ、相応の刑罰を科されている。頭がおかしいふりをすれば、責任能力を否定されて無罪放免になるという話はドラマや小説でたまに見かけるが、現実ではなかなか起こりえないわけである。

それゆえに寺内も完全責任能力を認められ、相応の刑罰を受けるだろうと私は予想しているが、いずれにせよ、この裁判が興味深い事案であることは間違いない。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

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