22日、20時全国ネットのテレビ局は早くも当確を出しだした。「バンザーイ、バンザーイ」のあとに当確者のインタビューが始まる。こいつは極右与党の政務次官だった候補だ。
「これまでの安倍政権は、かえりみれば独断専行でした。憲法軽視、集団的自衛権なんかはとんでもない話です。アベノミクスという戯言。あれは国民を欺くための詭弁で、年金原資を株式相場につぎ込んで大企業を儲けさせるだけの愚策! そんな政策でこの貧富の差が埋まりますか! 私は消費税廃止! 累進課税税率の見直し! 護憲! この3本で頑張ってまいります」
渋谷にある半国営放送のアナウンサーがニコニコ顔で頷いている。「続いては同じく当確が出た希望の党の老狭候補の事務所から実況でお伝えします」、見ものだ。
「今回、護憲、反原発、反新自由主義を掲げて明真党にも加わって頂き、立派な戦いができたと思います。有権者はみなさん『北朝鮮とは戦争ではなく対話で、拉致被害者も帰してあげて』、『消費税を今さら大学無償化の一部に自民党は回すといっているけど、そもそも消費税は全額福祉目的税として導入されたんでしょ。何言ってるんだ』と強い怒りの声があふれていました。安保法案についても、検事として、弁護士として法律に携わった人間としては、『違憲』であるとしか判断しようがない。近く開かれる臨時国会で早速安保法案は廃止をいたします」
事務所に集まった支援者からは拍手が沸き上がる。次々に当確の出た候補者たちは、事務所からの中継で、選挙前や公示後に口にしていたことと真逆の内容を興奮気味にまくしたてる。どれもこれも似通ってはいるが、「反自民、護憲、反原発、安保法制廃止、消費税廃止」を異口同音に口にする。
山崎から電話が入った。
山崎 異常はないか。
ヤス ああ、予定通りだ。世間様には異常だろうがこちらの計画通りに行っている。そっちはどうだ。
山崎 誤算が生じた。代々木近辺に饅頭の影響が全く出ていない。Fに問い合わせたが、「理由は分からん」と言っている。
ヤス しばらく様子を見よう。
山崎 そうだな。また連絡をくれ。
俺は党本部に7日前から泊まり込んでいた。本部には実力を認められた欧米のハッカーたちが10人以上詰めっきりで、世界中の大手ポータルサイトから各政党本部、候補者、警察庁、法務省、総務省、全国すべての選管に徹底したハッキングを続けていた。完璧な翻訳ソフトで意志疎通するので俺とのコミュニケーションも問題ないし、日本語で書かれたマニフェストをドイツ人のハッカーがいともたやすく書き換えていく。それだけでは不自然だから、元のマニフェストよりも分かりやすく、庶民受けするサイトに作り変えてしまうのだ。
ハッキング初日は各政党本部や総務省に、候補者たちから苦情や問い合わせが相次いだようだが、次の日には落ち着いた。我々が行うハッキングが候補者事務所への好感度の現れとして顕在化したからだ。前日までと真逆な主張だが、我々は政策とその根拠、提示方法については6人で数年かけて素案作りに没頭してきた。公示期間の中、ハッキングで政策を丸切り変えたら投票行動がどうなるかは、スーパーコンピューターで何度も試算を繰り返してきた。準備は完璧だった。候補者たちは、急激な有権者の好反応にだけ関心が向いたのだ。
唯一の誤算、代々木方面への饅頭の効果不足はこの際大きな問題ではないといっていいだろう。共産党は「与党候補も野党候補も、マニフェストや選挙前半と全く主張を曲げて、我が党の政策を横取りするという、まことに恥ずかしい行為を恥じることなくきょうに至っている。この選挙結果は欺瞞だと言わざるをえない」といきり立っている。
しかし、護憲派が衆議院の9割を占め、安保法制、共謀罪、特定秘密保護法、個人情報保護法、周辺事態法などが廃止されることはもう必定だ。福島原発事故廃炉作業にかかった不明朗な出費を調査する特別員会の設置が決まり、すべての政党が東京オリンピックの返上と福島原発被害者救済を一体のものとして緊急に結論を出すべく「2020年問題特別委員会」も発足した。委員長には山本太郎参議院議員が就任した。議員バッチとともに青いバッチを付けていた保守系の議員も、全員が「虹色」のバッチに付け替えた。
肌寒さを強く感じだした臨時国会での首班指名の日、俺はミサと部屋でテレビを見ていた。
ミサ ね、ヤス政治って面白いでしょ?ワクワクする。ようやくこの日が来たんだよ。
ヤス 政権交代なら自民から民主、民主から自民があったじゃん。
ミサ そうじゃないんだって。意味が違うの、今回は。
ヤス どこが、どうちがうのさ(違うさ。当たり前だろう)。
ミサ 見てれば分かるって。
衆議院議長が投票結果を読み上げた。
ミサ やったー! 大池さん総理大臣だよ! 日本で初めての女性総理大臣すごいじゃん!
赤いスーツをまとった大池薔薇子は立ち上がり、微笑みながら何度も四方に頭を下げている。
ミサ でもさ、ヤス。「希望」の政策って、最初と全然違って共産党みたいなこと言いだしたのが不思議なんだよね。私政治よくわからないけどあれでいいのかなぁ。
ヤス 俺知らねえよ。
ミサ、いや党員じゃない誰もが饅頭の威力や党の行動を知るはずはない。饅頭は神経細胞を刺激しながらも脳神経を傷つけることなく、経験記憶と思考傾向を書き換える。遺伝子技術を主に、万能細胞も援用して、防衛省が極秘で開発を進めた極めて高度な最新技術をFが改良した、いわば生物兵器だった。
開発にあたり、俺たち6人は骨髄をFに提供した。どんな保守反動でも思考と思想が俺たち6人と同様な傾向を持つように遺伝子と感覚、感性までも瞬時に変化させる。自然風がなくても分速100mの伝播が確認されている。完成した饅頭の試験結果も申し分なかった。だから開票速報を報じたテレビキャスターをはじめとする報道機関の人間の表情も、翌朝朝刊の記事も、候補者の突然の変貌を違和感なく伝えることに成功していたのだ。報道機関の人間だけではない。饅頭の行き渡った東京近辺の住民にも同様の効果が生じているはずだ。
直後に議員が総立ちになり肩を組んで合唱を始めた。議員たちは「インターナショナル」を大声で歌っている。携帯が鳴った。山崎からだ。ミサが隣にいるが気にしていられない。
ヤス どうした? なんで奴らインターなんか歌いだすんだ?
山崎 バグだ。プログラムミスだ……。
ヤス わかりやすくいってくれ。
山崎 反帝・反スタは何度もプログラミングしたんだ。だがコマンドの一人が『資本論』、『レーニン全集』などの資料に紛れて『スターリン全集』を誤って打ち込んでいたことがわかった。
ヤス 打つ手はあるのか?
山崎 思いつかない……。
ミサ なんかこの歌元気が出るね。初めて聞くけど。なんていう歌だろう。かっこいい! みんな赤い旗を振ってるよ。ねえヤス、私興奮して涙出るよ。
議員総立ちでのインターナショナル合唱は、いくら何でもやり過ぎだ。しかし『スターリン全集』のバグだけで、ここまでの影響が出るだろうか。待て! まさか、俺たち6人の「骨髄交換」にそもそもの要因があるとしたら……。俺たちは「反スタ」だ、分かりやすく言えば統制と独裁を嫌悪している。6人ともそうなのは確信していた。でもまさか俺たちの血の中に自分では気づかない「権力欲」の要素が入っていたのだとしたら……。
ミサの声が遠くに聞こえる。
作戦成功の暁に、我々の任務は、次なる革命勢力をAIやITによらず、真に人間の発想と思想により実現する永続革命を可能ならしめる次世代の用意だ。とはいってもここでもAIと近くIPS細胞の技術の助けを借りざるを得んが。
肌寒いのに俺はとめどなく冷や汗をかいていた。
どこで間違ったんだ。何が間違いだったんだ!
(了)
◎[参考動画]インターナショナル / 大工哲弘(1996年)
▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。