社会を騒がせた凶悪殺人事件の犯人と実際に会ったり、手紙のやりとりをしてみると、案外弱々しい人物だったり、礼儀正しい人物だったりすることが少なくない。数年前に何度か手紙のやりとりをした松戸女子大生殺害事件の犯人、竪山辰美(事件当時49)もそうだった。
もっとも、竪山の場合、大変礼儀正しい印象の手紙を書いてくる一方で、ある大きな「ズレ」を感じさせる人物でもあった。
◆「凶悪犯と思われても仕方ない」
「私の人物像は凶悪というほかないように描写されても仕方ないと思います。そう思われても仕方ない事件を起こしたのですから」
これは、現在は無期懲役囚となった竪山から4年ほど前に届いた手紙の一節だ。私が「報道などでは、あなたは凶悪というほかない人物であるように描写されているが、本当はどんな人物なのか取材させて欲しい」と手紙を出したところ、当時裁判中だった竪山は返事の手紙にこんな自省的なことを書いてきたのだ。
その手紙には、丁重な取材お断りの言葉が綴られ、私が手紙をやりとりするために送った切手シートが「お返し致します」と同封されていた。正直、この律儀さには感心したが、一方で竪山が凶悪殺人犯であるのもたしかだ。
竪山は2009年10月、千葉県松戸市で千葉大学4年生のA子さん(同21)が暮らすマンションの一室に押し入り、包丁で脅して現金5千円とキャッシュカードを奪ったのち、A子さんを刺殺。さらに証拠隠滅のために部屋に火を放った。
強盗や強姦の前科があった竪山は当時、1カ月半前に服役を終えたばかり。出所後はA子さんを襲う前も強盗や強姦を繰り返していた。千葉地裁の裁判員裁判では2011年6月、「更生の可能性は著しく低い」と断じられて死刑判決を受けたが、それも当然のことだと思われた。
だが2年後、竪山は東京高裁の控訴審で、殺害された被害者が1人であることなどを根拠に無期懲役に減刑され、再び世間を驚かせる。私が竪山に取材依頼の手紙を送ったのはその頃だった。
◆「殺意については、冤罪という気持ち」
私は竪山が死刑を免れ、安堵しているだろうと思っていたが、手紙には冒頭のような律儀な言葉と共に裁判への不満も綴られていた。
「解剖結果の鑑定そのものが間違いであるという他の医師の鑑定書があるにもかかわらず、それを控訴審は証拠として取り上げず、証人尋問すら却下されたのです。死刑が問われる事案でありながら、あまりにもずさんな裁判であったと思っています」
竪山によると、A子さんに対して殺意はなく、誤って刺して死なせたのが真相という。そのため、控訴審判決で解剖医の鑑定を根拠に殺意を認定されたことが不満らしかった。それにしても、死刑判決に不満を言うならまだしも、死刑を回避した控訴審判決に不満を言うとは、死刑判決を望んでいた被害者遺族が聞いたら激怒するのは間違いないだろう。
その後、インターネット上で配信されていた竪山の裁判に関する記事を送ったら、この時も返事の手紙に丁寧なお礼が綴られていた。一方で、「私にしたら殺意については、冤罪という気持ちです」という恨み言が改めて綴られており、私は複雑な気持ちになった。
私はこれまで様々な凶悪事件の犯人と会ってきたが、その中に「悪人」だとしか思えないような人物はいなかった。しかし、善悪の基準が現代の一般的な日本人とズレているように思える人間はたまにいる。竪山はその代表的な人物の一人だ。
▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。