《殺人事件秘話07》大阪パチンコ店放火殺人 死刑被告が訴えた「超能力被害」

社会の注目を集めた殺人事件の犯人が裁判中に奇異な言動をしたことが報道されると、「刑事責任能力が無い精神障害者を装うための詐病」ではないかと疑う声があちらこちらでわき上がる。また、そういう大量殺人犯が実際に刑事責任能力を否定され、無罪放免になることを心配する人も少なくない。

だが、私の取材経験上、現実はまったく逆である。私はこれまで犯人の刑事責任能力の有無や程度が問題になった様々な殺人事件を取材してきたが、精神障害者のふりをしているように思える殺人犯はただの1人もいなかった。むしろ、明らかに重篤な精神障害を患っている殺人犯たちがあっさりと完全責任能力が認められ、次々に死刑や無期懲役という厳罰を科せられているのが日本の刑事裁判の現実なのである。

その中でも印象深かった殺人犯の1人が「大坂パチンコ店放火殺人事件」の高見素直だった。

現場のパチンコ屋があったビルの1階は事件後、ドラッグストアに

◆『みひ』や『マーク』への復讐だった……

高見は41歳だった2009年7月、大阪市此花区の自宅近くにあるパチンコ店で店内にガソリンをまいて火を放ち、5人を焼死させ、他にも10人を負傷させた。そして山口県の岩国市まで逃亡し、岩国署に出頭して逮捕されたのだが、犯行に及んだ動機については当初、次のように語っていると報道されていた。

「仕事も金もなく、人生に嫌気が差した」「誰でもいいので殺したかった」(以上、朝日新聞社会面2009年7月7日朝刊)

「誰でもいいから人を殺したいと思い、人が多数いる所を狙った」「やることをやったので、罰はきちんと受けようと思い、出頭を決めた。死刑しかないと思っている」(以上、読売新聞大阪本社版2009年7月8日夕刊)

こうした報道を見て、負け組の40男が起こした身勝手な事件だと思った人は多かったはずだ。だが、2年余りの月日を経て2011年9~10月に大阪地裁であった裁判員裁判で、高見は次のような「真相」を明かした。

「自分に起こる不都合なことは、自分に取り憑いた『みひ』という超能力者や、その背後にいる『マーク』という集団の嫌がらせにより起きています。世間の人たちもそれを知りながら見て見ぬふりをするので、復讐したのです」

重篤な精神障害を患っていることを疑わざるを得ない供述だが、このように高見が「超能力者の嫌がらせ」を訴えていることはほとんど報道されていない。そのせいもあり、当初はこの事件の取材に乗り出していなかった私がこのような高見の供述を知ったのはかなり遅い。高見がすでに一、二審共に死刑判決を受け、最高裁に上告していた頃、私はようやく一審判決を目にし、高見が法廷でこのような奇想天外な供述をしていたのを知ったのだ。

高見が出頭した岩国署

◆統合失調症だったと診断されても死刑

一、二審判決によると、高見は捜査段階から3度、精神鑑定を受けていた。その中には、高見が妄想型の統合失調症だと診断し、「善悪の判断をし、それに従って行動することは著しく困難だった」との見解を示した医師もいたという。

また、他の2人の医師も高見について、統合失調症だとは認めなかったものの、覚せい剤の使用に起因する精神病だと判定し、高見が「『みひ』や『マーク』のせいで、自分の生活がうまくいかない」という妄想を抱いていたのは認めていたという。

それでいながら高見は一、二審共に完全責任能力を認められ、死刑判決を受けていた。そのことを知った私は最高裁で、高見の上告審弁論が開かれた際に傍聴に赴いた。そこで弁護人が繰り広げた弁論は独特だった。

「いま、イスラム国が人質の首を斬り落とす場面の映像をユーチューブで見て、残虐だと思わない日本人はいません。それ同じで、いま、絞首刑が執行される場面の映像をユーチューブでアップすれば、残虐だと思わない日本人はいないはずです」

つまり、弁護人は絞首刑について、公務員による残虐な刑罰を禁じた憲法第36条に反すると主張したのだが、そのためにイスラム国を例に持ち出したのはわかりやすいといえばわかりやすかった。

◆「今もそばにいます」

そして弁護人は最後にこんなことを訴えた。

「先日、高見さんに接見した際、「『みひ』や『マーク』はどこにいますか?と尋ねてみたのです。すると、高見さんはこう答えました。『今もそばにいます』」

最高裁の法廷には被告人は出廷できないので、その場に高見はいなかった。そこで高見と実際に会い、本人の病状を確かめてみたいと思ったが、収容先の大阪拘置所で何度面会を申し込んでも、高見は一度も応じてくれなかった。ただ、弁護人の弁論を聞く限り、かなり重篤な精神障害を患っているのは確かだろう。

しかし結局、最高裁は2016年2月、犯行時の高見に完全責任能力があったと認め、上告を棄却して死刑を確定させた。「動機形成の過程には妄想が介在するが、それは一因に過ぎない」。それが最高裁の山崎敏充裁判長が示した見解だった。

このように重篤な精神障害者はどんどん刑事責任能力を認められ、厳罰を科されていく。それが日本の刑事裁判の現実なのである。

高見が死刑囚として収容されている大阪拘置所

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

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