当欄で注目の冤罪裁判の1つとして紹介してきた名古屋地裁の元小学校教師「強制わいせつ」事件の裁判で3月28日、判決公判があり、安福幸江裁判官は被告人・喜邑拓也さん(37)の無実の訴えを退け、懲役2年・執行猶予3年を宣告した。私は冤罪事件を多く取材し、酷い判決を見慣れているため、今さら冤罪判決が出たくらいで驚かない。しかし、何度経験しても冤罪が生まれる場面に立ち会うのは辛いものだ。少々日が経ってしまったが、いかなる不当判決が出たかを報告しておきたい。
◆傍聴席からは「ええ~っ」と女性の悲鳴
「被告人を懲役2年に処する」
多数の喜邑さん支援者とマスコミが集まって60席の傍聴席が満員になった名古屋地裁の第902号法廷。安福裁判官がそのように判決主文を読み上げた時、傍聴席から「ええ~っ」という女性の悲鳴が上がった。これまで冤罪事件の裁判であまた繰り返されてきた悲劇的な光景だ。
判決によると、喜邑さんは2016年1月、当時勤務していた清須市の小学校の教室内において、小1女児の服の中に襟元から手を入れ、胸を直接触るなどしたとされた。
安福裁判官はそのように認定したうえで「大胆で悪質」「不合理な弁解に終始し、反省していない」と喜邑さんを指弾。一方で、臨時教員だった喜邑さんが職を失ったことから「社会的制裁を受けている」と実刑判決を避けた事情を説明した。この判決を朗読する間、安福裁判官は目の前に立つ喜邑さんを厳しくにらみ続け、正義感に酔いしれている様子が窺えた。
一方、判決の言い渡し中は被告人席で肩を落とし、微動だにせず座ったままだった喜邑さんだが、公判後、支援者たちへの報告集会でこの時の気持ちをこう振り返った
「公判廷なので冷静な態度でいないといけないと思いましたが、正直、裁判官に言ってやりたかったです。不当判決だ、これはおかしい、と」
その気持ちはよくわかる。今まで冤罪とは無縁の世界で生きてきた善良な市民にとっては、まったくもって耐え難いだろう明白な不当判決だったからだ。
◆教室に20人程度の生徒がいながら目撃証言は皆無なのに・・・
当欄で指摘してきた通り、そもそも検察側の主張の筋書きは「20人程度の生徒がいた掃除の時間中の教室」で喜邑さんが上記のような犯行を行ったという非常に不可解なものだった。しかも、その場に20人程度の生徒がいながら、なぜか犯行の目撃証言は皆無だった。
また、喜邑さんの犯行を裏づける唯一の直接的証拠である「被害女児」の供述についても、供述内容に大きな変遷があり、心理学者から「確証バイアスを持った母親が女児から被害状況を聞き取る中、女児が虚偽の記憶を植え付けられた可能性がある」と指摘されていた。
一方、喜邑さんは「事務机で漢字ノートの採点をしていたら、女児がチリトリにゴミをたくさん取って見せてきた。頭を撫でてやろうとしたら、手が女児の首からアゴのあたりに触れてしまっただけ」と一貫して主張していたが、きわめて自然な話であり、どちらの主張に信ぴょう性があるかは明らかだった。
では、なぜ、この無実の訴えが退けられたのか。
安福裁判官はまず、「女児の供述内容は具体的で、実際に体験した者でしか語れない内容」などという定型的な事実認定で、女児の供述が信用できると判示。また、母親の供述のみならず、スクールカウンセラーの供述とも女児の供述内容が整合的であることを根拠に、母親の聞き取りで女児が虚偽の供述を植え付けられた可能性を否定したのだ。
これに対し、喜邑さんは、「生徒の供述は詳細だから信用できると裁判官は言いますが、私はやっていないということを詳細に説明することなどできません」と批判。弁護人の中谷雄二弁護士は「スクールカウンセラーは事前に情報を得たうえで、女児から話を聞いていたのに、判決ではそれに触れていなかった」と事実認定の杜撰さを指摘した。これもまたどちらの主張に分があるかは自明のことだった。
◆母は「もう桜を見ても悲しい思いにしかなれません」と涙
喜邑さんは、「控訴して今後も戦っていきますので、最後まで応援をよろしくお願いします」と支援者たちに誓ったが、「正直、交差点でこのまま飛び込んだら楽になるとも思った」と明かすなど、相当なダメージを受けているようだった。
また、母の優美子さんが「今日は桜が咲いていましたが、もう桜を見ても悲しい思いにしかなれません」と涙ながらに語る様子もあまりに痛ましかった。
何も力になれない筆者もはがゆいが、この事件の動向については、今後も当欄で適時、報告させてもらうつもりだ。少しでも多くの人に注目してもらいたい。
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▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ 広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。