〈防衛省が存在しないとしていた陸上自衛隊イラク派遣部隊の日報が見つかった問題で、小野寺五典防衛相は4月6日、日報が航空幕僚監部にも保存されていたことを明らかにした。小野寺氏によると、空幕運用支援・情報部で、イラク派遣部隊の日報が3日分3枚見つかった。5日に国会議員から資料要求を受け、探索する過程で同日中に確認されたという。 昨年2月に国会議員から照会を受けた際は「ない」と回答していた。小野寺氏は「日報が残っていたことは大変遺憾だ」と述べた。〉(2018年4月6日付時事通信)
「ない」と大臣が国会で答弁した書類が、次々と「あった」ことが明らかになっている。あるいは情報公開請求に黒塗りで、回答された文書が実は「改竄」されていたことが発覚し、関係した官僚は即座に辞職(懲戒免職では退職金が受け取れないからだろう)、証人喚問に呼ばれても「刑事訴追の恐れがあるから答弁は控えさせていただく」を繰り返し、神妙な表情とは裏腹に内心「証人喚問なんて、与党政治家との折衝に比べればどーてこたぁないさ」とでも考えているのだろう。
◆日本官僚制と旧ソ連「ノーメンクラツーラ」の類似と相違
「日本の首相はコロコロ変わるが、官僚機構が優秀だから安定している」と他国から長年評価(?)されてきたけれども、この島国官僚の優秀さとは、今日的にはつまるところ、公文書の改竄や隠蔽を行っても、それを政権から咎められない、あるいはその事実さえ「ばれはしない」、というソ連時代の「ノーメンクラツーラ」ばりの利益共同体、鉄の結束を意味するだけのことであり、その点「秘密結社」としては「優秀」との評価は、失当ではないともいえよう。
けれども政権交代によっても変わることのない「秘密結社」を、実際の最高権力に頂く国民にとっては、「民主主義」も「情報公開」も「遵法精神」も、すべてが内容を伴わない空念仏であることを、重ねて思い知らされるだけのことであり、不幸の極みというしかないだろう。あえてソ連時代の「ノーメンクラツーラ」を引き合いに出したが、当時のソ連では、高級官僚が情報の扱いを少し間違うと、たちまち「失脚」する危険と背中合わせで「鉄の結束」は維持されていたのだ。この島国の官僚は違う。
この島国では、官僚に就任する前から十分な社会教育を受ける。「長い物には巻かれろ」、「見ざる聞かざる言わざる」、「君子危うきに近づかず」、「出る杭は打たれる」……。おとなしくしておけば損はしない。「王様は裸だ!」とは言ってはいけない。ましてや職務上の倫理より優先する社会的公正を、仕事の上で実践してはいけない。これらは公教育で教師の口から「はっきりと」伝えられるものではない。親や保護者もおそらく、あからさまにそのように躾はしない。子供は成長過程で大人のふるまいや「背中」を見て、自然に自己生成を完成させていくのだ。
小情況においての「長い物には巻かれろ」、「見ざる聞かざる言わざる」、「君子危うきに近づかず」を無意識の教条とする生活態度は、同僚と無言での合意を形成し、個の判断から、小集団の意思決定を後押しする。各部署で相次ぐ「無意識の合意」は金科玉条、憲法よりも精神的には上位概念である「忖度」原則を踏まえ、やがては政策に反映される。
◆PKO派兵には別の「秘密」があったのだろう
「自衛隊の日報が破棄されている」ことなんかあるはずがない、ことを私は確信していた。自衛隊がそのようなことをすれば、事後の業務に重大な支障をきたすし、「軍隊」には交戦がなくとも、記録を専らの業務とする兵隊が常駐している。近代軍隊の基本だ。
稲田防衛大臣(当時)が「日報は見つからなかった」と国会で答弁するたびに、稲田の極右思想を考慮に入れて、防衛省は「稲田ごときにアルカーナ」を知られてたまるかと思慮しているのか、と私は想像していた。日報のように事実を書き残すものだけではなく、南スーダンへのPKO派兵には別の「秘密」があったのだろう。
それはPKO部隊が派兵された地域が「非戦闘地帯」ではなく「実戦」が続いている場所であった事実だ(そのことを示す証拠は現地視察に訪れた稲田が、当地にわずか8時間以下滞在しなかった事実、ほか「シュバで実戦が続く」と多くの証言があったことから明らかだ)。
◆官僚組織の精神性──憲法の上位概念としてこの国に根付くもの
大臣の任期は首相から任命を受け、その政権が終焉するまでだが、官僚の任期は入庁(省)してから退職までだ。どちらが長く、保身のためには何を優先すれば自己の利益になるのかは、庶民にでもわかる。
官僚による、公文書の改竄・隠蔽・虚偽の破棄は、もちろん大問題だが、その土壌には官僚組織が固く保持する精神性が作用しているのではないか。省庁ならずとも企業においても、同様の精神性は散見される。それらは憲法より上位概念として、広く行き渡り、定着しているように感じる。
▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。