2010年6月22日、広島市南区にある自動車メーカー・マツダの本社工場に自動車が突入し、社員12人がはねられ、うち1人が亡くなる事件が起きてからもうすぐ8年。無期懲役判決を受けた犯人で同社の元期間工の引寺利明(50)がまた当欄への掲載を希望する手記を便せんに綴り、私のもとに送ってきた。その枚数は全部で39枚。前回は、妄想性障害と認定された引寺が精神鑑定について綴った手記の前半部分を紹介したが、手記の後半部分もまた興味深い内容だ。
◆どうでもいい内容の文章を延々と・・・
引寺の手記の後半部分がいかに興味深いのか。それは、よくぞここまで・・・・・・と逆に感心するほどに、第三者には「どうでもいいこと」を延々と綴っていることだ。
まず、手記の19枚目の最後の2行で、引寺はこう書いている(以下、〈〉内は引用。原文ママ)。
〈話は変わるが、ワシはモータースポーツが大好きなので、言いたい事があるとすぐに手記に書いてしまう〉
そして話はこう続く。
〈いつ頃だったかハッキリとは覚えていないが、岡山国際サーキットにおいて、バイクの練習走行中に多重クラッシュが発生し、3人のライダーが死亡し、4人のライダーがケガをするといった惨事が起きてしまった〉
これは昨年4月、岡山国際サーキットで起きたオートバイライダー7人の死傷事故のことである。この事故をめぐっては今年4月、遺族がサーキットと親会社を相手取り、総額約3億5000万円の損害賠償を求めて提訴することが報道されたが、引寺はこの件に関する私見を手記の20枚目から27枚目まで延々と綴っているのだ。
さらにこの話がひと段落つくと、今度は〈ワシはサーキットのレースも好きだが、公道レースにもスゲー興味がある〉と話題を変え、日本でも欧米のように公道でビッグレースが開催されることを望む思いが31枚目まで延々と綴られている。
さらにそれが終わると、今度は〈テレビで知った事だが、どうやら岡山にはとんでもない才能を秘めた女の子ドライバーがおるみたいじゃのー〉とまたしても話題を変える。そして、「親子鷹 F1レーサー夢見る 岡山の11歳女子小学生」などと報じられた女の子のことを39枚目まで延々と綴るのだ。
そして最後は、〈まあーなんじゃーかんじゃーゆーても、ワシは死ぬまで塀の中の熱狂的なモータースポーツマニアじゃあーーーーーーーー!! 以上〉と結んでいるのだが、本当に第三者にとっては、どうでもいい内容だと評価するほかない。
だが、私には、だからこそ引寺の手記は意味があるように思えるのだ。
◆書き損じはまったく無い
私はこれまで、全国各地の刑事施設(拘置所や刑務所など)に収容されている様々な被告人、受刑者と面会や手紙のやりとりをしてきた。その経験から、刑事施設に収容されていると、人の表現能力は大幅にアップするということを知った。他にやることが何もなく、集中力が高まるからか、とんでもなく長い文章を手書きで短時間のうちに書き上げたり、人生で絵を描いた経験などほとんど無かった者がプロはだしの絵を描けるようになったりすることがよくあるのだ。
引寺が膨大な量の文章を書けるのもその一例だと思うのだが、第三者にはどうでもいい内容の文章をここまで延々と書き連ねる者はこれまでいなかった。獄中で膨大な文章を書く者は何人もいるが、冤罪や刑務所職員からの不当な仕打ちを訴えるなど、何らかの「どうしても伝えずにおれない自分の主張や思い」を綴ってくる場合がほとんどなのだ。
引寺は一体何を期待し、このような文章をインターネット上で公表したいと考えたのか。引寺の真意は、おそらく本人以外にはわからないだろう。わかるのは、便せんで39枚もの手記を手書きするのには相当な労力を要するのは間違いないということだ。
しかも、引寺はこれだけ大量の文章をボールペン書きながら、書き損じはまったく無い。どうでもいい内容の文章を大量に綴りながら、引寺が集中力を研ぎ澄ましていたのは明らかで、それもまた不思議なところである。
精神医学や犯罪心理学の研究対象とすれば、何か発見があるのではないだろうか。
【マツダ工場暴走殺傷事件】
2010年6月22日、広島市南区にある自動車メーカー・マツダの本社工場に自動車が突入して暴走し、社員12人が撥ねられ、うち1人が亡くなり、他11人も重軽傷を負った。自首して逮捕された犯人の引寺利明(当時42)は同工場の元期間工。犯行動機について、「マツダで働いていた頃、他の社員たちにロッカーを荒らされ、自宅アパートに侵入される集スト(集団ストーカー)に遭い、マツダを恨んでいた」と語った。引寺は裁判で妄想性障害に陥っていると認定されたが、責任能力を認められて無期懲役判決を受けた。現在は岡山刑務所で服役中。
▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。