平均寿命が延び、高齢の親御さんやご親戚家族の健康について、悩みを抱える方が多いのではないでしょうか。私自身、予期もせず元気で健康、快活だった母の言動に異変を感じたのは数年前のことでした。そして以降だんだんと認知症の症状が見受けられるようになりました。今も独り暮らしを続ける89歳の母、民江さん。母にまつわる様々な出来事と娘の思いを一人語りでお伝えしてゆきます。同じような困難を抱えている方々に伝わりますように。
◆温度感覚が鈍ってきた
高齢者は室内でも熱中症になる危険性が高いと言われています。今年は、もともと大変な暑でしたが、母の温度感覚が鈍ってきたことを実感したお話です。
暑がりの民江さんが、今年はいつまでも暖かい肌着やベストを身に着けていました。私が持ち帰って洗濯して戻すと、また着ています。「いくらなんでも、もう必要ないでしょ」と何度言っても、また着ています。内緒で普段使わないタンスにしまい、代わりに薄手のブラウスを目につく場所に掛け、やっと夏らしい装いに変わりました。本人は何も言わないので、これでよかったかどうかわかりませんが、今年は少し強引に衣替えをさせてしまいました。
クーラーについては、年齢の割におおらかなのか、それほど暑さに弱いのか、1~2時間の外出ならつけたまま出かける生活を昨年までずっと続けていました。ところが、記録的な猛暑となった今年、7月になってもエアコンはいらないと言います。せめてもと思い、扇風機を物置から出してきて回しておくのですが、いつの間にか止めてあり、また私がつけて……の繰り返しです。「暑くない」と言い張ります。
ある日、民江さんの寝ている和室を覗くと、まだ布団が敷いたまま(民江さんは足腰が丈夫なので、今でも自分で布団の上げ下ろしをしています)でした。片付けようと近づくと、掛け布団は冬用の羽毛布団のまま、襟元はズクズクに濡れてペチャンコに、白いカバーは黄色く変色しツンと臭います。敷布団もずっしりと重たくなっています。大量の汗が染み込んだままの布団、今朝も肩まで布団をかぶって寝ていたようです。私は毎日数回電話をし、最低でも週に一度は来ています。ですが今日まで気が付かなかった。ああ! もっと早く気が付いてあげるべきだった。羽毛布団をクリーニングに出し、その他もさっぱり夏仕様に交換し、室内用布団干しを買って届けました。
こんなに汗をかいて……暑くて布団を剥ぐということをしなかったのでしょうか。そもそも暑さ自体を感じなかったのでしょうか。布団が汚れているという感覚はなかったのでしょうか。起きたら、たくさん汗をかいたことを忘れてしまうのでしょうか。寝る時に濡れた布団に触れても何も思わないのでしょうか。床に落ちている髪の毛は拾うのに、汚れた布団は目に入らないのでしょうか。それら全てによって……これが老いなのでしょうか。独り暮らしにいよいよ危険を感じました。
◆エアコンの設定温度を10度も下げる理由
室内で熱中症になってはいけないので、その日から必ずエアコンをつけるよう丁寧に説明しました。28度に設定し、温度のボタンは触らないように言いましたが、電話をすると「エアコいンつけてるよ」「18度より下がらないのね」「え?もっと上げるの?」「上げる?」「数字を大きくするの?」「三角の上のボタン?」「はい、28になりました」と。そして次の日もまた次の日も、18度より下がらないから始まって、同じ会話の繰り返しです。
本人はデイサービスに喜んで行っていますが、私としてはこれ以上回数を増やしたくないと思っていました。理由は、自分で考えて能動的に時間を過ごす日も必要だと思っていたからです。しかし、この一件で考えを改めることにしました。夏の間だけでも、デイサービスをもう一日増やすように早速お願いし、日曜日と通院日を除いて、週5日通うようになりました。
後日談です。毎日エアコンの設定温度について同じ話を繰り返すことに疲れてきた私は、「18度に下げると電気代もったいないよ」と言ってみました。すると「あら、せっかく点けるのに? 18度にしないともったいないと思ってた」と明確な返事が返ってきました。
そしてそれ以来、リモコンの設定温度は28度のままです。説明を繰り返す必要が一切なくなりました。本人の中では理由があって温度を下げていたことがわかったので、すっきりしたようでもあり、毎日の私の苦労は何だったのかと、別の謎が生まれました。民江さんに振り回される毎日です。そして、ああ、次は冬の装備です。
▼赤木 夏(あかぎ・なつ)[文とイラスト]
89歳の母を持つ地方在住の50代主婦。数年前から母親の異変に気付く