ロシアと日本の間で「平和条約」を締結しようという機運が高まっている。「平和」自体は結構なことであるし、どの国であろうが仲良くするに越したことはない。結構、結構と慶賀の至りと、気楽に構えていたいのだが、どうも腑に落ちない。
なぜかといえば、ロシアがソ連であった時代から両国間最大の問題であった「北方領土」について、なんら解決の道筋がつけられていないからである。当事者の方々には失礼にあたるが、本音を言えばわたしにとって北方領土問題は、たいして重要性を感じない。第二次大戦日本敗戦直前のどさくさに参戦してきて、敗戦後北海道の半分を手に入れようとした、ソ連(スターリン)の姑息さに由来する、「北方領土」問題。それでもそこには戦争とは関係なく暮らしていた人々の生活があったのだから、「元の住処に帰りたい」との思いを実現させてあげたいとは、わたしも思う。
でも、実際のところ北方領土問題は、たしかに地理的に北海道に極めて近いという前提があるのもさることながら、ソ連崩壊までは主として「軍事脅威」の宣伝としても、大いに利用されてきた。ソ連は「仮想敵国」だったからだ。そしてソ連が崩壊して、「独立国家共同体」という、訳の分からない状況の時代は、日本政府が本気であれば、いとも簡単に北方四島を取り戻しえた時期だった。当時の旧ソ連では、権力機構も軍隊もKGBもGRUもほぼ国営から民営化され、国全体が揺れに揺れている時期だった。国内では多数の国が独立を果たしてゆき、軍人も元共産党幹部もひたすら金儲けに向かい猛進していた。当時旧ソ連国内での、覇権争いは熾烈を極め、外交どころではなかったはずだ。
もし、プーチンが当時日本の首相だったら、間違いなく北方四島を取り戻していただろう。それだけではなく。サハリンからの天然ガスパイプライン敷設を日本の権益として確保したかもしれない。
ところが、現実には北方領土問題は、全く何の進展も見せなかった。ビザなし交流など表面的に改善を装う「催しもの」がお飾り程度に演じられたが、今日再び「帝国」としての地位を回復したロシアは、なにがあろうと北方領土を日本に返還することはないだろう。そして、日本政府も実は本気で取り戻す気などないのだ。多くの都道府県には北方領土問題の啓発に努める部署が設置されており、県庁に「北方領土帰る日、幸せの日」などといった横断幕が定期的に掲げられる。北方領土を中央政府は取り戻すつもりはない(なかでも安倍晋三にはその気が皆無である。ここ数年で何回ロシアに足を運び、またプーチンをわざわざ山口県まで招くなどしたことか)が、官公庁も含め、全国各地に「北方領土返還利権」が確立されているのだ。
だからといって、マスコミはロシアを叩きはしない。なぜならば、いまはロシアでなくても、朝鮮や中国という「代替仮想帝国」があるからだ。
ここで読者諸氏には最大級の注意を払っていただきたい。中国、正式には中華人民共和国と日本の間には「日中平和友好条約」条約が既に締結されていることを。若い人たちは知っているだろうか。日本と中国の間は、日本とロシアとの間ではいまだに結ばれていない「平和友好条約」が締結されていることを。経済的な関係はともかく、昨今のきな臭い報道ばかり見ていると、あたかもロシアよりも中国のほうが「仮想敵国」なのではないかと勘違いしそうだが、条約上は「仲の良い」関係になっているのだ。
そして、北方領土問題の二代目を演じているのが「拉致」問題だ。朝鮮による日本人拉致事件はほかならぬ金正日自身が認めたのだから、事実に間違いはない。拉致被害者の方々やご家族は長年にわたり筆舌に尽くしがたいご心労が続いている。そのことを分かったうえで、あえて指摘しなければならない。
日本政府は北方領土同様に、拉致問題も解決する意思を持ち合わせないとわたしは確信する。なぜならば拉致問題が解決してしまえば、日本の軍拡や改憲の根拠が失われてしまうからだ。これまで日本政府、なかんずく安倍晋三は拉致問題に関して、みずから、何をなしえてきたか。韓国大統領が金正恩と首脳会談をすると聞くと「拉致問題を取り上げてくれ」と頼み、金正恩がトランプと会談すると聞くとトランプに「拉致問題も言及して」とお願いするばかり。自分が直接交渉に歩みだそうとしたことすらなく、ひたすら他国の首脳に「ついでに話題にしてね」と頼み込むばかりだ。
他方、朝鮮への経済制裁については国際社会でも呆れられるほど、先鋭的に南北朝鮮の緊張緩和を無視するかのように「制裁、制裁」と見当違いに叫び続けるしか能がない。しかし安倍は、この問題に関する限り「無能」なのではなく、意識的に拉致問題が解決しないようにふるまっているのだ。想起されたい。つい最近まで「ミサイルが飛んでくる」とあたかも戦争前夜のように、馬鹿げた避難訓練が「粛々」と全国各地で行われていたじゃないか。それに市民も参加していたじゃないか。
拉致被害者の方々の一刻も早い帰国や、拉致問題の解決を、わたしも願う。そのためには拉致問題の固定化を祈願し、実践している安倍晋三を筆頭とする極右勢力が政権から退場してもらわなければならない。
ロシアとの間での平和条約は結構なことではあるけれども、過去計算できないほどの金がつぎ込まれ、利権化した「北方領土返還運動」の総括がまず先だろう。これまた極右勢力がけん引した「北方領土返還運動」が、何の成果もなく消え去り、結局北方領土はロシアの領土として固定化しても、平和条約が締結できるのか。今見るべき点はそこだろう。
▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。