事故による被害者が減ることに異議はない。だからといって、そのために「今までもあったこと」がことさら新たな現象のように演出され、加害者が重罪を課されることを称揚するのは、いかがなものであろうかと思う。「煽り運転」についての議論である。
◎[参考動画]【報ステ】あおり運転で殺人罪認定 懲役16年(ANNnewsCH 2019/01/25公開)
◆「煽り運転」はいまに始まったことではない
まず、車を運転する方であれば、多くの方がご経験であろうが、高速道路や車線の多い道路を走行していると、自分が運転している車の車種(大型あるいは高価そうな車か、おとなしい庶民に人気のある車か)で、周囲、あるいは後方から追い抜きをかけてくる車の態度が明らかに違う。わたしは、これまで10台ほどの自家用車を保持したことがあったけれども、庶民性の高い(おとなしそうな)車であればあるほど、ほかの車からは軽く見られ、いわゆる「煽り運転」を受ける傾向があると感じている。
事故寸前の乱暴な運転に遭遇したのは、いずれも後方からの無理な追い抜きや、割り込みだ。そんなとき、次の赤信号で停止した乱暴な運転をする車に、やわら運転席から降りて歩み寄り、その車の運転席のガラスをノックすると、10中8、9、運転手は、腰を抜かしかけ、平謝りに頭を下げる。まさかわたしのような「紳士(!)」が運転していたなどとは思わなかったのであろう。このように運転者には車種により運転態度を変える習性が一定程度あり、この傾向はわたしの知るところ、30年前から変わらない。
なにを言いたいのかといえば、「煽り運転」は最近マスコミや警察が、頻繁に使うので、この時代に起き始めた新たな焦眉の問題のようにとらえられているけれども、呼称こそなかったものの、昔から同様の現象はあったということである。
他方、交通事故には「厳罰主義」が一定の効果を発揮することは統計も証明していて、飲酒運転の厳罰化により、飲酒運転が原因の死亡事故は激減している。交通事故による死者が1万人を下回った大きな要因は飲酒運転の厳罰化にあることは明らかであろう。それは結構なのではあるが、「煽り運転」があたかも今日的社会の最重大事件のように報道される姿勢には、疑問を投げかけざるを得ない。
◆火事や交通事故は「速報」に値するテレビニュースなのか
もちろん被害者の方が気の毒であることに異存はない。しかしながら、テレビニュースに詳しい知人によると、民放の夕方6時の全国ニュース(当然生放送)では、最近「速報」として交通事故(死亡事故でなくとも)や、火事が放送されることが増えているという。
交通事故にしろ、火事にしろ、被害を被った方はお気の毒だ。けれどもその現象がどれほど社会性をもって全国にニュースで報道されるべき性質のものであるかどうか、にわたしは疑問を抱くのである。
ひらたく言えば、交通事故や火事は、悪意によらずとも過失や、防ぎようのない原因によりにより一定割合で必ず起きる。これは自明である。他方、社会構造や、大人数の意図的な行為により引き起こされる災禍、犯罪、被害はその広がりや事件の病根が現代社会に根差しているのであるから、個別の事故よりも社会性や影響が大きく、解析や背景を明らかにする価値を有する。
◆メディアは権力犯罪や構造的な社会不条理を解き明かせ
厚労省の「毎月勤労統計」が不適切に行われていた事件や、安倍晋三が内緒で米国から山ほど要りもしない武器を購入していた事件、東京五輪の招致委員長が金銭疑惑で起訴された事件などには、多くのひとびとがに(直観はしないかもしれないが)関係する事件であり、しかも権力による意図的な行為なのであるから、個別の交通事故や火事と比較することが、実は前提から話にならないほど差があるのだ。
しかしながら、テレビだけでなく新聞も、ネットニュースも組織的な権力の問題や犯罪と、個別の事故を同等(あるいは個別の事故のほうが価値において優越しているかのように)に扱ってしまうので、世の中では倒錯が生じてしまう。交通事故や火事は努力によればまだ減らすことはできるだろうが、ゼロにはできない。人間の行為には必ずミスや間違いが伴うし、機械には必ず故障(コンピューターにも誤動作が)付き物だからだ。
そういった自明性を前提にすれば、交通事故に過剰な焦点を当てることよりも、権力犯罪や構造的な社会不条理を解き明かすことにこそ、時間やエネルギーはメディアにおいても、個人においても費やされるべきであって、そこから離れることは、権力者や組織的犯罪者の思うつぼである。「報道されることのないもの」の中にある真実や重要性を認識することは難しいが、大切な営為であると思う。
▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。