2009年9月に埼玉県熊谷市の小学4年生、小関孝徳君(当時10)が車にひき逃げされ、死亡した事件は今も未解決のまま、公訴時効の成立が今年の9月に迫っている。そんな中、報道を通じて聞こえてくるのは、悲観的な情報ばかりだ。

まずは1月、埼玉県警が証拠品として遺族から預かっていた孝徳君の腕時計を紛失していたことが発覚。そして2月には、県警が遺族から腕時計を預かった際に交付していた押収品目録交付書を破棄したうえ、腕時計の記載がない別の押収品目録交付書を再交付していたことも判明したという。腕時計の紛失を隠蔽する目的の工作が強く疑われる不祥事だ。

そんな悲観的な状況の中、私は2014年の夏、この事件の現場を訪ねた時のことを思い出していた。

◆お母さんと二人暮らしだった被害少年

「家で晩ご飯を食べていたら、外でキィーッ!と車の急ブレーキの音がしたんです。窓から外を見ると、ひと目で死んでいるとわかる男の子が横たわっていて……。一面が血の海の痛ましい光景でした」

事件が起きたのは2009年9月30日の午後7時前だった。現場近くで暮らす男性は、私の取材に対し、事件の時のことをそう回顧した。

孝徳君は4歳の時にお父さんを亡くし、お母さんと二人暮らし。サッカーが大好きで、事件3日後にもお母さんとJリーグを観戦する予定だった。だが、孝徳君は書道教室から自転車で帰宅中に命を奪われ、Jリーグを観戦予定の日が告別式になってしまったのだ。

現場の市道は住宅街にあるが、幹線道路に通じる“抜け道”のため、交通量が多い。地元の女性によると、事件があった頃は信号がなく、スピードを出す車もいたという。

その後、新聞では、タイヤ痕などから犯人の車は排気量1800~2000CCとみられると伝えられたが、有力な情報は得られず、今も未解決の状態が続いているわけである。

孝徳君がひき逃げされた現場

◆犯人を捕まえるために現場で独自調査していた母親

私がそんな事件を今もよく記憶にとどめているのは、前出の現場近くで暮らす男性から、こんな話を聞かされたからだ。

「事件後、被害者の男の子のお母さんは、現場で犯人の手がかりを得ようと、通り過ぎる車のナンバーを書き取るなどの独自調査をしていました。ママ友たちも協力して、一緒に頑張っていましたね」

現場に足を向けるだけでも辛い思いになるだろうに、母親の執念は凄いと思ったが、現場界隈では時折、ワーと泣き叫ぶ女性の声が聞こえてくることもあったという。それが母親の声だったなら、どうしようもない思いにとらわれることもあったのかもしれない。

そんな事件をめぐり、冒頭のような警察不祥事が起きたわけである。証拠品に関する警察不祥事というと、最近では、広島県警広島中央署が特殊詐欺事件の証拠品である現金約8500万円を盗まれた事件が有名だ。金額に換算すると、8500万円と男性小学生の遺品の腕時計は随分と大きな差があるが、証拠品を紛失・盗難した罪の重さは何ら変わらないだろう。

いや、腕時計の紛失のほうが罪は重いのではないかとさえ思う。

現場界隈には情報を求めるポスターが……

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。新刊『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)が発売中。

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