◆いかに出典を意味付けても、漢字は表意文字である

政府は新しい元号「令和」を、万葉集の大伴旅人による「初春の令月にして、気淑く風和ぎ」から採ったとしている。安倍総理は「わが国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書」からの出典であると、独自性を誇った。

しかし「令月」が「めでたい月」という意味であっても「令」それ自体は「律令」の令、すなわち行政法という意味である。律が刑法であるのにたいして、令は訴訟法や民事法もふくむ法体系である。

◆お上への反抗を許さないという意味なのか?

したがって「令和」を文字どおりに解釈すれば、法の下に国民を「和」さしめる。つまり和を「協力し合う」「争いをやめる」「協調させる」と解した場合、行政令に国民を従わせると解釈することもできるのだ。つまり「お上に従え」「お上のもとに、反抗せずに協力しろ」と言っているのだ。

もちろんこれは極訳であって、こういうふうにも解釈できるぞということに過ぎないが、漢字はしばしば争いの根拠となってきた。徳川家康が豊臣家を政治的に追いつめたのは、方広寺大仏殿の鐘銘に「国家安康」「君臣豊楽」とあったのを、家康の名を引き裂く、豊臣を君とすると解釈できる、というものだった。京都の五山の僧侶および林羅山がこのように曲解し、弁明につとめる豊臣側に「秀頼の大阪退城」「淀殿を江戸に人質として出すこと」を要求したのである。これを拒否した豊臣家は、大坂の陣で滅亡した。

◆過去にも例があった「令」

漢字が表意文字である以上、こうした曲解は避けられない。漢字が多様な意味を抱え持った文化であるからだ。というのも、ほかならぬ元号の採用にさいして、幕末にも同じような事態が発生しているのだ。しかもそれは「令」という漢字をめぐる問題だったのだ。すなわち、慶応の前の元号が元治と改元されたさいの第一案が「令徳」だったのだ。

政府が説明するように「令」という漢字はこれまでの元号にはなかった。唯一、採用されかけたのが「令徳」なのである。ではなぜ、「令徳」は採用されなかったのだろうか。「令徳」とは美徳であり「弱国を侵さず、小国を憐むは、大国の一なるを知る」(矢野竜渓「経国美談」)にも明らかな、覇道をいましめる王道思想である。ところが、朝廷が一に「令徳」を、二に「元治」を提案したところ、徳川幕府は「とんでもない」と一蹴した。「(朝廷が)徳川に命令する」と読めるからだ。


◎[参考動画]新元号 共産党「元号は国民主権になじまない」(ANNnewsCH 2019/04/01公開)

◆安倍のいう「美しい文化」とは?

上述したとおり「令」は行政法だが、そのほかにも「地方長官」という意味もある。明治政府の「県令」は府・県の首長であった。鎌倉時代には政所の次官が「令」、律令制のもとでは京の四坊ごとに置かれた責任者が「坊令」だった。漢和辞典をめくってみよう。「令」は「言いつける」「命じる」「おきて」「おさ(長)」「お達し」である。熟語は「指令」「禁令」「勅令」「伝令」「発令」「布令」「令旨」「御布令」などである。

安倍総理はいう「日本の国民が協力し合い、美しい文化を作り上げていくこと」だと。おそらく「美しい文化」とは「令」にひたすら従う「政治文化」のことなのであろう。専制的な政権に、唯々諾々としたがう国民。じじつ、わが国民は歓呼を持ってこれを受け容れている。令和時代の何ともいやな始まりとなった。

いっぽうで「和」は「平和」の「和」だと、誰もが思っている。しかし「昭和」が「平和」な時代だっただろうか。前半は軍部ファシズムと戦争の災禍に蹂躙され、国民は塗炭の苦しみにあえいだ。後半はイデオロギー対立が国を二分し、経済成長のいっぽうで公害が国民をくるしめた時代だった。

じつは「和」という言葉は、語源においては必ずしも「平和」の「和」ではないのだ。わが国はながらく、中国から「倭国(わこく)」と呼ばれてきた。これを日本人は「倭(やまと)」と読んだ。もとは「やまと」(山の裾という意味)だったが、漢字文化が入ってくると「倭」に代わって「大倭」「大和」がこれに当てられる(元明天皇の治世)。つまり「和」は「倭」だったのである。

したがって「和」を「やまと」と読むことで、新しい元号「令和」は「大和が(世界に)命じる」「日本に(天皇が)命ずる」と解釈することも可能なのだ。政府の言う「協調」だとか「美しい文化」の衣の下に、安保法制など海外に軍隊を派遣する「鎧」が覗いていることを、われわれ国民は忘れてはならないだろう。


◎[参考動画]新元号「令和」を書くオタリア「レオくん」(時事通信社 2019/04/01公開)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

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