伊藤詩織さんがレイプドラッグを飲まされたうえ、性暴力をうけたとされる事件(1千万円の損害賠償民事裁判)で、伊藤さん本人と山口敬之氏(被告)が出廷して本人尋問が行われた(7月8日)。
7月8日の口頭弁論のなかで、伊藤さんは「やめて、痛いと伝えてもやめてくれなかった」と証言し、あらためて意思に反して性暴力被害を受けたことをあきらかした。一方の山口氏側は、性行為は合意のうえだったとして「就職相談を受けていたTBSを辞めたことへの逆恨み」「売名をはかった悪質な虚妄」などと主張した。
伊藤さんにたいする被告側の尋問では、事件の具体的な態様をしつこく質問する、セカンドレイプが法廷内で行われた。すなわち、膝のケガをめぐって、どのような体勢でケガをしたのか、ベッドの上でどのようにすれば膝が擦れるのか、などと繰り返し訊いたというのだ。報道された尋問の様子を挙げておこう。
被告代理人「どうしたら、膝の怪我が起きるのか、教えて頂けますか?」
伊藤さん 「必死に、これ以上、性行為を続けられないように、必死に膝を閉じ、からだを固くして抵抗していたので。その際に、足を開かれ、揉み合いになった時のことだと私は感じています」
被告代理人「揉み合いになっているのは、ベッドの上ですよね?」
伊藤さん 「はい」
被告代理人「ベッドの上で、膝が擦れるようなことはないと思うんですけど?
伊藤さん 「その時は、必死に、命の危険を感じながら争っているため、どこでどうなったか、説明するのはできません」
「レイプ」の体勢を事細かに訊かれた伊藤詩織さんは、耐え切れずに涙をうかべ、声をふるわせた。法廷内で傍聴していた女性たちも、あまりの質問に休憩時に涙するシーンがあったという。レイプ裁判などを提訴すると、法廷で口頭で再現させるぞという被告側代理人の執拗な質問、いわば公開の場での辱め行為に傍聴席は厭きれ顔になっていたという。
◆ベッドの移動を自白した山口氏
いっぽう、山口敬之氏は原告代理人の質問に、しどろもどろの矛盾した証言になっている。すなわち、ベッドAに寝ていて伊藤さんがベッドに入ってきたので性行為をしたとメールしている(甲一号証の25)にもかかわらず、自分はベッドBで寝ていたと証言したのだ。これはそのまま聞けば、山口氏がBからAに移動して、Aに寝ていた伊藤さんをレイプしたと受け取れる証言だが、山口氏はよくわからない返答で煙に巻く。
山口氏「Bというのは、私、そのベッドカバーを壊してないんですよね。ひとりでしたから。ですから、ここのニュアンスは当時、妊娠してしまった、働けなくなる、というメールがきている伊藤さんに対して、私の泊まっている、私のホテルに、あなたが酔ったせいで結果的に、私のベッドに入ってきたんだと責めるために書いたものですけど、ここ、表現が不正確かもしれませんけど、それは、私が本来、寝ていたベッド(本来、寝るはずだったベッド)という意味です」つまり、Bに寝るつもりだったが、伊藤さんが酔ったせいで、私がAに寝ていたところ、詩織さんがAに入ってきたので性行為におよんだと、そう解釈するしかない返答になってしまったのだ。この説明では、山口氏の行動は合理的な説明がつかない。
刑事事件化しないまま(なぜか逮捕令状が執行されなかった)、「法的には無罪」と言いつのってきた山口氏だが、公判での証言をみるかぎりは限りなく黒に近いと言わざるを得ない。刑事犯罪での起訴猶予もしくは「無罪」が、裁判主体がちがう民事裁判において有罪になるのが珍しいことではないのは言うまでもない。山口氏が起こしている伊藤詩織さんに対する1億3千万円の名誉棄損裁判も注目に値する。
◆菅官房長官の口利きで、不労所得?
ところで、その1億3千万円訴訟だが、安倍総理にかんする著書しかなく、ジャーナリストとしての活動をしているとも思えない山口氏が、印紙代だけでも41万円。弁護士を雇えば300万円は下らないだろうと思われる訴訟費用を、どうやって捻出できたのか、この疑問にこたえる記事が『週刊新潮』(※参考=2019年7月12日付けデイリー新潮)に掲載された。
山口氏がある企業から「毎月42万円の顧問料」および「交通費などの経費」をお受け取っているというのだ。その企業とは菅義偉(すが よしひで)官房長官が懇意にしている広告代理店NKB(本社は有楽町の東京宝塚ビル)で、電車の中吊り広告などをあつかっているという。
記事には「(NKBの)滝会長と菅さんが仲良しなんです。山口がTBSを辞めた後に、菅さんが“山口にカネを払ってやってくれないか”と滝会長に依頼したそうです」という広告代理店関係者のコメントが掲載されている。
菅官房長官の名前は、山口氏が伊藤詩織さんの事件で逮捕される直前に、警察庁の上層部がストップをかけたとされる問題でも浮上していた。
すなわち、伊藤さんからの相談を受けて捜査を担当していた高輪署の捜査員が、逮捕状を持って成田空港で山口氏の帰国を待ち構えていたところ、逮捕直前に上層部からストップがかかった。そして、この逮捕取りやめを指示したのが“菅義偉官房長官の子飼い”である当時の中村格(なかむら いたる)警視庁刑事部長(現警察庁官房長)だったのだ。
伊藤詩織さんの著書『Black Box』(文芸春秋)によれば彼女が直接、中村氏への取材を二度試みたくだりが出てくる。中村氏は一切の説明をせずに逃げたのだという。「出勤途中の中村氏に対し、『お話をさせて下さい』と声をかけようとしたところ、彼はすごい勢いで逃げた。人生で警察を追いかけることがあるとは思わなかった」というのだ。なんとも無様な警視庁刑事部長ではないか。答えられずに逃げたのは、やましさの表現であり行動であるはずだ。
もはや明らかであろう。安倍政権にとって、安倍政権を賛美してきた山口氏の逮捕はあってはならないことだったのだ。そこに菅義偉官房長官が深く関与しているのは明白だ。山口氏の著書『総理』には、2012年の総裁選への出馬を渋っていた安倍晋三氏にたいして、山口氏が菅氏に出馬を促す行動をさせたことで、出馬にこぎつけたとある。総裁の座を射止めたあと、菅氏は「あの夜の山口君の電話がなければ、今日という日はなかった。ありがとう」(『総理』)と、自民党本部の4階で握手をもとめてきたという。
ようするに第二次安倍政権の誕生の功労者である山口氏を、官邸は指揮権を発動してまで擁護せざるを得なかったのが事件の真相なのだ。ひきつづき、この事件の真相が明らかになり、司法の正義が実現されるまで注目していきたい。
◎[参考動画]2019年4月10日に開かれた『OpentheBlackBox 伊藤詩織さんの民事裁判を支える会』の発足イベントの模様part7(OpentheBlackBox 2019/5/15公開)
▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)