ゲノム(genome)とは、遺伝子 (gene)と染色体(chromosome)から合成された、ドイツ語由来の言葉です。言葉の成り立ち通り、染色体から遺伝子にいたる一つのシステムをセットにした生命を形作るために重要な全ての遺伝子情報のことを指します。間違えてはいけないのは、ゲノムという物質があるのではなく、あくまでも概念だということです。
具体的にイメージしてみましょう。生物の構成単位である細胞の中の核というところに、染色体と呼ばれる遺伝子をのせた集合体が存在しています。一つ一つの染色体は、DNA鎖が、タンパク質(主にヒストンと呼ばれるタンパク質)に会合する形でコイル状にぐるぐると巻きついて収まっています。このDNA二重らせんの中に、生物が持つすべての機能や活動をコントロールするための指示が、DNAの化学的構成要素である塩基の配列情報の中に格納されています。この配列の一つの機能単位が遺伝子と呼ばれています。DNA二重らせんの内の10%弱が遺伝子部分に相当するといわれています。残りの90%は遺伝子を「繋い」でいる配列です。おもに、繰り返し配列で構成されていますが、その機能は明確には判っていません。2003年に、ヒトの全塩基配列が解読され、現在に至っています。
ヒトは46本の染色体の中に、30億個の塩基対があり、30億個の塩基対の中に約2万2千個の遺伝子があります。
本に例えてイメージしてみましょう。生物が図書館だとします。図書館に並んだ本棚が核です。本棚の中の本が染色体であり、そこにDNAというインクで文字が書かれ、書かれた内容自体がゲノムです。その中にタンパク質のレシピが書かれた遺伝子というページがあるという感じです。
最近は、ゲノム編集という言葉をよく耳にするようになりましたが、ゲノム編集と遺伝子組み換えというのは、それぞれどういうものなのか、何が違うのか、現在どのような状況なのか、を調べてみました。
遺伝子組み換えは、生物の進化の過程で、絶えず起こっています。組み換えは、その名の通り、これまでは、連続して繋がっていなかった配列が、細胞の環境で、繋がったり、付加された、脱落したりすることを意味します。この組み換えは、突然変異と等価で使われることがあります。
自然界で、こうした組み換えによって誕生した、新たな生物種が自然環境になじんだ場合、その新しい種が繁栄することになります。もし、なじまなかったら、新種は絶えてしまうことになります。癌細胞が生まれるのも、この組み換えで起こっていると考えられています。癌細胞は、その組み換えによって、ある意味、身体の中で繁栄(増殖)するのですが、その増殖に必要な母体を滅ばしてしまうのです。
さて、この組み換えを人為的に起こせないか、という研究は昔から行われて来ました。細胞内に外来DNAを導入して、そのDNAを宿主である細胞の染色体に込み込んでしまうという研究です。これにより、細胞に新たに、機能を付与しようとするものです。
よく知られているのが、組み換え大豆とか、組み換えトウモロコシです。これらは、病害虫抵抗遺伝子が組み込まれています。具体的には、害虫がトウモロコシを食べると、その消化を阻害する物質です。結果的には、害虫はそのトウモロコシを食べることが出来ず、害虫によるトウモロコシの収穫の目減りを抑えることができます。組み換え推進派は、組み換え穀物の栽培により、殺虫剤をまかなくて済む、つまり環境負荷が少ないと言っています。しかし、組み換え穀物に含まれる、害虫の消化の阻害タンパク質がヒトにどのように影響するのか、また、環境に影響するのかなど、直ぐには判断出来ないところがあります。
この組み換えは、これまでは、細胞任せというか、研究者が制御できるものではありませんでした。従って、何が起こるかは出たとこ勝負でした。つまり、どの染色体のどの部分で組み換えが起こるかは、判りませんでした、そこが、ある意味、怖いところで、全く予想が出来なかったのです。
一方、ゲノム編集は、狙った領域だけに、人為的に、想定した組み換えを起こす技術です。少なくとも、そう言う技術として、報告されました。現在、本当に、狙ったところだけを編集できているのか、想定外の領域も編集されてしまうのではないかととう議論がなされています。
こうした事に対する、報告も数多くだされ、狙った所だけが編集されているという報告とそれ以外の所、つまり、想定外の所も編集されてしまっているとする報告もあり、まだ、定説にはなっていません。その理由は、ヒトを含めほ乳動物では、約30億個の塩基の並び方を正確に調べる必要があるからです。このことは、現在のゲノム科学のホットな領域の一つです。
ゲノム編集の大きな話題として、中国で2018年11月にヒトのゲノム編集を行い、HIV(エイズウイルス)に感染しないよう遺伝情報を書き換えた双子の女の子が産まれたと発表したことです。この事に対して、全世界がこうした研究の中止を求めました。しかし、ゲノム編集した農作物については、届け出だけで、食品表示の義務がありません。今後、どのようになっていくのか、注視していきたいと思います。
◎連載過去記事(カテゴリー・リンク)
赤木夏 遺伝子から万能細胞の世界へ ── 誰にでもわかる「ゲノム」の世界
http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=73
▼赤木 夏(あかぎ・なつ)[文とイラスト]
地方在住の50代主婦。