2015年の淡路島5人殺害事件で殺人罪などに問われた被告人・平野達彦(45)の控訴審で、大阪高裁は1月27日、「被告人は犯行時、妄想性障害により心神耗弱状態だった」と認定して刑法39条を適用し、一審・裁判員裁判の死刑判決を破棄、無期懲役を宣告した。裁判員裁判の死刑判決が控訴審で破棄され、無期懲役に減刑されたのはこれで7例目となった。

この現象に関しては、「裁判員裁判が形骸化する」などの批判的な意見が多いが、死刑を破棄された殺人犯たちは一体どんな人物なのか。筆者が実際に会った3人の素顔を3回に分けて紹介する。第1回目は、死刑判決が破棄されたばかりの平野達彦。

◆裁判員裁判では、「責任能力はある」と判断されたが・・・

事件を起こす前、SNSで「政府の陰謀」を告発していた平野

平野が事件を起こしたのは今から5年前、2015年3月16日のことだった。兵庫県・淡路島の小さな集落で生まれ育った平野は当時40歳。精神障害による入通院歴があり、事件を起こすまで長く実家で引きこもり生活を送っていた。

そんな平野がこの日早朝、近所の2家族の寝込みを襲い、計5人をサバイバルナイフでメッタ刺しにして殺害した事件は社会に大きな衝撃を与えた。そしてほどなく注目されたのが、平野がインターネット上に残していた「活動の形跡」だった。

「日本政府は何十年も前から各地で電磁波犯罪とギャングストーキングを行っています」

平野は事件前からSNSでそんな「陰謀論」を書き綴っていた。それと共に被害者たちの写真をネット上で公開し、「工作員」呼ばわりしたりもしていた。平野は精神刺激薬の大量服用を長期間続けたのが原因で、犯行時は薬剤性精神病に陥っていたのだ。

平野は2017年2~3月に神戸地裁で行われた裁判員裁判でも、「事件はブレインジャックされて起こした」「本当の被害者は私であり、私の家族。祖父も自殺に見せかけて殺された」などという特異な冤罪主張を繰り広げた。さらに事件前からネット上で訴えていた日本政府の「電磁波犯罪」を改めて法廷で告発したりした。

このように法廷で荒唐無稽なことばかりを言っていた平野だが、見た目はグレーのスーツと銀ブチめがねが似合う普通のサラリーマン風で、話しぶりも真面目だった。それだけに余計に異様さが際立っていた。神戸地裁の裁判員裁判では同3月22日、責任能力を認められたうえで死刑を宣告されたが、筆者は傍聴席から平野の様子を見ていて、正直、「壊れている」としか思えなかった。

◆死刑を恐れる雰囲気が全く感じられない理由は・・・

筆者が神戸拘置所で平野と面会したのは、平野が神戸地裁の裁判員裁判で死刑判決を受けた翌日の朝だった。透明なアクリル板越しに向かい合った平野に対し、筆者は何より気になっていたことを単刀直入に質問した。

「平野さんは死刑が怖くないのでしょうか?」

筆者がこんな質問をしたのは、公判中に平野から死刑を恐れる雰囲気がまったく感じられなかったためだが、平野はサラリとこう答えた。

「私は電磁波攻撃という死刑以上のことを何年もされていますから」

電磁波犯罪とは一体何なのかと質すと、平野は「脳内に音やかゆみ、刺痛を送ってくるのです」と真顔で説明してくれた。では一体、誰が何の目的で平野にそんなことをしているというのか。

「“五感情報通信”というのをご存知ですか。日本政府はそのための人体実験として私に電磁波攻撃を行っているのです」

“五感情報通信”とは、電話やネットでは伝達できない触覚や嗅覚、味覚なども含めた五感すべての情報を伝える通信技術のことで、現在は国が中心になって研究を進めているものだという。「日本政府がその人体実験のため、自分に電磁波攻撃をしかけている」と、平野は本気で思っているようだった。

このように平野の話の内容は荒唐無稽だが、話の中には実在する人や企業、組織、団体もチラホラ出てきた。たとえば、上記の“五感情報通信”も国がそういう通信技術の開発を進めているのは事実だ。検察官は裁判で「被告人は自宅で引きこもる中、インターネットで情報を収集し、独自の世界観を築いた」と説明していたが、平野は実際、ヘヴィーなネットユーザーだったのだろう。

◆裁判で「精神障害」を主張した弁護士を批判

平野の死刑判決を破棄、無期懲役に減刑した大阪高裁

平野によると、事件を起こした動機は「刑事裁判をうけ、日本政府の電磁波犯罪を国内外に知らしめること」だったという。そんなことを大真面目に言う平野に対し、私は「弁護人は平野さんのことを精神障害だと言っていましたが、不満ではなかったですか」とも尋ねてみた。すると平野は「もちろん、不満です。私は精神障害ではないですから」と言った。そしてこう付け加えたのだった。

「弁護士は精神障害のでっち上げに協力したのです」

間違いなく平野は相当重篤な精神障害者だった。ご遺族は無念だろうが、事実関係を冷徹に見極めれば、「心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する」という刑法第39条第2項の規定を平野に適用した司法判断を否定するのは難しい。この件では、裁判官を批判している人が多いが、「平野のような殺人犯も死刑にすべきだ」と考える人が批判の対象とすべきなのは、刑法39条だ。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会物語」』(笠倉出版社)も発売中。

7日発売!月刊『紙の爆弾』2020年3月号 不祥事連発の安倍政権を倒す野党再建への道筋

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)