子ども脱被ばく裁判原告団長の今野寿美雄(こんの・すみお)さんは、9年前の震災と原発事故後、当時住んでいた福島県浪江町から妻と息子とともに避難を続け、現在は福島市内の復興住宅で生活を送っている。2月初め、Facebookで今野さんが「解体のため、今春、鹿島建設に玄関のカギを渡さなければなりません。環境省から引き渡しを迫られています。昨年、11月末に現地立ち合いをしたところ、令和2年(2020年)3月25日が工期だといわれましたが、そんな話は寝耳に水でした。今まで工期について一切、説明もなければ、連絡もありませんでした」と投稿していた。今野さんに何が起きたのか、お話を伺った。全3回に分けて報告する。(聞き手・構成=尾崎美代子)

今野寿美雄さん。浪江町にある自宅前にて(2018年10月22日/Eiji Etouさん提供)

◆除染で空間線量は下がっているが、土壌汚染がハンパじゃない

今野寿美雄さん。浪江町にある自宅前にて(2020年2月29日/瀬戸大作さん提供)

── 今野さんは、避難指示解除されても、浪江の家には帰らない、家を解体するということですが、戻らない理由の一番は、まだ帰れるような場所ではないということですね?

今野 そうです。みんな、ちょっと勘違いしていますが、除染で空間線量は下がっているが、土壌汚染がハンパじゃない。管理区域の値をとうに超えています。うちのところで、管理区域の設定基準40,000Bq/平米に対し、2500,000Bq/平米もあるんです。

── 除染してそれですよね?

今野 除染と言っても、表面の土を3~5センチ剥いだだけですよ。その下の土に染みている放射性物質が出てくるわけですよ。雨で上の土が流れるわけですから。そして周りからも放射性物質が飛んできて、再汚染しているわけですよ。しかもそれが不溶性のホットパーティクルという、身体内部に取り込んだら、排出されないというやっかいなものだからです。

── それで今野さんは、もう住めないから、家を解体しようと決めたわけですね?

今野 そうです。環境省が、去年の3月までに解体の申請をしろということで、私はぎりぎり3月に申請を出しました。ところが、その後解体の工期がいつかなどの連絡や通知がずっとなかった。

それがいきなり「急ぐので現地立ち合いをして下さい。8月頃できませんか?」と連絡が来た。その時は、ちょうど僕が忙しく、断っていました。すると「なんとか年内の11月位に立ち会ってもらえないか?」と連絡がきて、11月29日に立ち会いました。そこで初めて「3月いっぱいまでに解体しないといけないので、1月いっぱいまでに(家の中を)片づけてください」といわれ、そのあと2回通知がきました。1回目は簡易書留、2回目は特定郵便で。

「連絡よこさないと解体しませんよ」と書いてあったので、環境省に電話して「こっちもなるべく早くするが、どうせ工期は間にあわないだろう」といいました。だって11月の時点で、解体物件が1000件近く残っているというのですから。物理的にそれを全部解体できる訳ないじゃないですか? 解体業者もそんなにいると考えられないし。彼らも分かってはいるが、お役所仕事だから、年度内にやらないといけないという。「表だってはいえないが、あとは個別に相談させてもらうしかない」と言ってました。

手続きをすませてもらうしかないといわれました。こっちが日にちを伸ばしたこともあるが、11月29日に初めて立ち会ったとき、突然3月25日までに解体するといわれたのですよ。翌日26日から福島で聖火リレーが始まるからです。それに向けた計画だったのでしょうが、実際はそんなに進まない実情がある。

私は、申請は出してあるので、それ以降に解体となっても、あとは環境省の問題で、解体費用をこっちが支払うことにはなりませんが、彼らはそうやって実質、脅しているわけですよ。「片づけを早くやらないと、無償で解体の対象から外すよ」と。

◆原発の弱いところはよくわかっていた……

── 本当に、五輪ありきの解体計画ですね。それで慌てて家の片付を始めたわけですよね。避難先の福島市から何度も通って……。引っ越し代、ガソリン代なども自分持ちだと?

今野 それが頭にきているんですよ。ふざけてるね。今住んでいる復興住宅は、浪江の家の半分位だから、元の家の家具もそうそう運べない。「もったいないな」と思っていたら、浪江でカラオケ屋を始める方が、従業員用の宿舎で使いたいというので、「もったいないから引き取って」といいました。そのママさんは、昔、私の友達がやっていた店を居抜きで借りて店を始めた人です。その友達夫婦ですが、夫婦共に事故後に癌と白血病で亡くなりました。当時中学2年生の娘を残してね。だからこれも何かの縁だなと思ってね。

── 息子さんも8年11ケ月ぶり、事故後初めて実家に戻ったのですよね?

今野 息子はもう浪江の記憶が薄くなっていました。息子は5歳で避難して、今年6月で15歳ですから。事故後の生活のほうがダブルスコアですからね。

── 家を手放すと決めたとき、どんな思いでしたか?

今野 いや、切ないですよ。女房も「なんでここに住めないの。捨てるの?」と悔しがってました。家は建ててから事故当時で9年経っていましたから、今年で18年です。それまではその近くの団地やアパートにいましたが、ある人に土地を貸してもらえることになり家を建てようと決めました。

── その後いろんな人たちが集まってきて、そこで今野さんはリーダー的な存在だったとお聞きしました?

今野 最初に家を建てたから、隣組のなかで一番古いからね。そこに浪江の次男坊や3男坊の人たち、二本松から来た人もいました。最初は4軒で隣組つくって、そのあと道路の向こう側に7軒出来たので、11軒で隣組をつくりました。

── そこに新たなコミュニテイーが出来ていたのに……。皆さん、もうばらばらですか?

今野 若い人が多いから子供もいっぱいいて。そんな隣組でした。親たちとは、最初の年の「一時帰宅」のとき会いました。その後何回か会う人はいますが、あとはほとんど会えていません。あと同級生が一時帰宅で帰ったりすると会うくらい。あとはフェイスブックでやりとりしたり。福島やいわき、あとは県外に避難した人たち。子供がいる人の多くは神奈川、千葉など県外に避難しています。引っ越し先がわからない人もいます(笑)

浪江町にある自宅の現況(今野さん提供)

浪江町にある自宅の現況(今野さん提供)

── 寂しいですね。

今野 そうだね。子どもたちの名前なんか、もう忘れてしまいました。子どもらの小さい頃の写真をみて「なつかしいな」と思うんだけど……。9年だもんね。

── 今野さんは、原発の自動制御装置のメンテナンスの仕事などに就いていたそうですが。働いていたときは、福一でこうした事故が予測できましたか?

今野 事故になったら大変だとは思っていたね。原発の弱いところはよくわかっていたんで。事故が起きないようにと祈るだけでしたね。大きな津波が来ないかとか、ミサイル撃ち込まれないようにとかね。日本の原発は、以前はテロ対策とか本当にやってなくて、9・11後に、ようやく入口に機動隊が配備されるようになった。それまでは民間の警備員が就くだけだった。ほかの国は軍隊が守っているのに。日本はいかにいい加減かということですよ。(つづく)

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

『NO NUKES voice』Vol.23 総力特集〈3・11〉から9年 終わらない福島第一原発事故

『NO NUKES voice』Vol.23
紙の爆弾2020年4月号増刊
2020年3月11日発行
定価680円(本体618円+税)A5判/132ページ

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総力特集 〈3・11〉から9年 終わらない福島第一原発事故
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[グラビア]福島原発被災地・沈黙の重さ(飛田晋秀さん

[インタビュー]菅 直人さん(元内閣総理大臣)
東電福島第一原発事故から九年の今、伝えたいこと

[インタビュー]飛田晋秀さん(福島県三春町在住写真家)
汚染されているから帰れない それが「福島の現実」

[報告]横山茂彦さん(編集者・著述業)
元東電「炉心屋」木村俊雄さんが語る〈福島ドライアウト〉の真相

[報告]尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)
車両整備士、猪狩忠昭さんの突然死から見えてくる
原発収束作業現場の〈尊厳なき過酷労働〉

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈7〉
事故発生から九年を迎える今の、事故原発と避難者の状況

[報告]鈴木博喜さん(『民の声新聞』発行人)
奪われ、裏切られ、切り捨てられてきた原発事故被害者の九年間

[対談]四方田犬彦さん(比較文学者・映画史家)×板坂 剛さん(作家・舞踊家)
大衆のための反原発 ──
失われたカウンター・カルチャーをもとめて

[報告]本間 龍さん(著述家)
原発プロパガンダとは何か〈18〉
明らかになる福島リスコミの実態と功罪

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎副代表)
「特定重大事故等対処施設」とは何か

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
停滞する運動を超えて行く方向は何処に

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈7〉記憶と忘却の功罪(後編)   

[報告]佐藤雅彦さん(翻訳家)
5G=第5世代の放射線被曝の脅威

[報告]渡辺寿子さん(核開発に反対する会/たんぽぽ舎ボランティア)
「日本核武装」計画 米中対立の水面下で進む〈危険な話〉

[読者投稿]大今 歩さん(農業・高校講師)
原発廃絶に「自然エネ発電」は必要か──吉原毅氏(原自連会長)に反論する  

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
老朽原発を止めよう! 関西電力の原発と東海第二原発・他
「特重」のない原発を即時止めよう! 止めさせよう!

《関電包囲》木原壯林さん(若狭の原発を考える会)
「5・17老朽原発うごかすな!大集会inおおさか」に総結集し、
老朽原発廃炉を勝ち取り、原発のない、人の命と尊厳が大切にされる社会を実現しよう!

《規制委》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
1・24院内ヒアリング集会が示す原子力規制委員会の再稼働推進
女川審査は回答拒否、特重は矛盾だらけ、新検査制度で定期点検期間短縮?

《全国》柳田 真さん(たんぽぽ舎・再稼働阻止全国ネットワーク)
原発の現局面と私たちの課題・方向

《北海道・泊原発》佐藤英行さん(岩内原発問題研究会)
北海道電力泊原子力発電所はトラブル続き

《東北電力・女川原発》笹氣詳子さん(みやぎ脱原発・風の会)
復興に原発はいらない、真の豊かさを求めて
被災した女川原発の再稼働を許さない、宮城の動き

《東電・柏崎刈羽原発》矢部忠夫さん(柏崎刈羽原発反対地元三団体共同代表)
柏崎刈羽原発再稼働は阻止できる

《関電・高浜原発》青山晴江さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
関西のリレーデモに参加して

《四国電力・伊方原発》名出真一さん(伊方から原発をなくす会)
三月二〇日伊方町伊方原発動かすな!現地集会 
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《九州電力・川内原発》けしば誠一さん(反原発自治体議員・市民連盟事務局次長/杉並区議会議員)
原発マネー不正追及、三月~五月川内原発・八月~一〇月高浜原発が停止
二〇二〇年は原発停止→老朽原発廃炉に向かう契機に!

《北陸電力・志賀原発》藤岡彰弘さん(命のネットワーク)
混迷続く「廃炉への道」 志賀原発を巡る近況報告

《読書案内》天野惠一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
『オリンピックの終わりの始まり』(谷口源太郎・コモンズ)

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