黒川弘務東京高検検事長の定年を半年延長した閣議決定や、内閣の裁量で検事総長らの定年延長を可能にする検察庁法の改正案をめぐり、安倍政権が検察に不当な介入をしようとしているとの批判が巻き起こっている。そんな中、検察の大物OBたちが法務省に対し、検察庁法改正に反対する意見書を提出し、喝さいを浴びている。
実際には、意見書は、高齢の検察OBが過去の栄光をひけらかすなどしている稚拙な内容で、検察OBらしい独善的な主張も見受けられる。しかし、高まる政権不信の反動により、これが素晴らしい内容に思える人も少なくないらしい。それは大変危ういことなので、この意見書の問題をここで指摘しておきたい。
◆有罪が確定していない田中角栄氏の逮捕を自画自賛
意見書に名を連ねた検察OBは、検事総長経験者の松尾邦弘氏ら14人で、取りまとめたのは元最高検検事の清水勇男氏だ。その全文は、朝日新聞デジタルに掲載されているが、大きな問題は2つある。
1つ目の問題は、あのロッキード事件で検察が田中角栄氏ら政財界の大物を逮捕したことを自画自賛するようなことが書かれていることだ。
清水氏は、検察がいかに素晴らしい組織かということを主張するに際し、自分自身が捜査に関わったこの事件の話を持ち出したようだが、実際には、逮捕された田中氏は裁判で一、二審共に有罪とされたものの、最高裁に上告中に死去しており、有罪は確定していない。つまり、本来は「無罪推定の原則」により有罪扱いされてはいけない立場だ。
清水氏は現在、弁護士をしているようだが、自分の過去の仕事を得意げに語る中、ここまでわかりやすく「無罪推定の原則」を踏みにじっていたのでは、弁護士をしていることにも相当問題があると言わざるを得ない。
◆検察OBは自分たちこそ財界とズブズブ
2つ目の問題は、検察が「政財界の不正事犯」も捜査対象としていることを根拠に、「検察が時の政権に圧力を受けるようなことがあってはいけない」という趣旨の主張を繰り広げていることだ。
この主張については、まさしく検察官特有の独善的な主張だというほかない。なぜなら、この意見書に名を連ねた検察OB自身が財界とズブズブの関係にあるからだ。
まず、意見書を取りまとめた清水氏自身が退官後、公証人を務めたのちに東証一部上場企業の東計電算に監査役として天下っている。また、清水氏と共に法務省に足を運び、意見書を提出した前出の松尾氏は、検事総長経験者だけに天下り先はさらに豪華だ。あのトヨタ自動車をはじめ、旭硝子、ブラザー工業、テレビ東京ホールディングス、損害保険ジャパン、三井物産、セブン銀行、小松製作所の各社に監査役として天下ったほか、日本取引所グループに取締役として迎えられている。
これほど財界にどっぷり浸った2人が、「政財界の不正事犯」も捜査対象にしている検察の独立性の重要さを訴えるというのは、国民をバカにしすぎではないだろうか。
安倍政権は元々、「モリカケ」や「桜を見る会」など様々な疑惑が取り沙汰された中、コロナ対策も不評を買い、さらに検察の人事に関しても不可解な動きをしているので、国民の政権不信が高まるのは当然だ。しかし、その反動により、これまで数々の冤罪を生んできた検察のOBたちが、自分たちの権勢をアピールするかのようなおかしな動きをしていることまでヒーロー扱いされる現在の社会の空気は相当危うい。
▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』【分冊版】第9話・西口宗宏編(画・塚原洋一/笠倉出版社)が配信中。