◆コロナ禍、「命の危機」はすべての人に平等か?
今回のコロナウイルス禍について「全世界的に平等に降りかかり、階層もなく命の危機にさらされた」という学者がいた。確かに亡くなった人の中には、志村けんさん、岡江久美子さんなど経済的余裕のある人がいたのも事実だ。しかし、本当に「命の危機」は階層とは全く関係ないだろうか。
3・11の福島第一原発事故で放出された放射能は、地域の差はあれ、そこに住む全ての人々に平等に降りかかりはした。しかし、その後の個々の対応、とりわけ人体に多大な健康被害を及ぼす放射能を回避する方策については、階層及びそれに伴う経済的差異や地位によって、明らかな差が生じた。
もちろん避難や移住が経済的理由だけで決まった訳でないことは、家族を被ばくから守るため、着の身着のままで避難する人たちが多かったことからも明らかだ。しかし一方で、避難指示が解除された後、経済的理由などで泣く泣く線量の高い故郷に帰らざるを得なかった人たちがいたことも事実だ。
放射能もコロナウイルスも、全ての人に平等に降りかかりはするが、それをどう回避するかの条件は、全ての人に平等に与えられている訳ではないということだ。
◆「すべての人に給付金10万円を」
コロナ対策で、政府が全ての人を対象に唯一決まった10万円の特別定額給付金は、複雑難解な当初の30万円給付金案から、より「簡素な仕組みで迅速に」「一日もはやく手元にとどけ」との目的で変更された。それは一刻も早く届けないと、命の存続にかかわる事態に追い詰められている人たちが多数いるからだ。
私の住む釜ヶ崎では、建設現場の相次ぐ閉鎖で仕事が減ったうえ、GW前から、地区内のいくつかの炊き出しが中止となった。
そんななか、「どうしたら、野宿者らにも10万円を渡すことができるか?」と考えながら私は、マスクと弁当を野宿者らに配ろうと考えた。GW突入と自粛要請が重なり、店も暇になり、時間も出来たし、ちょうど同じころ、マスクや米などのカンパが届いたからでもある。
とはいえ、仕事合間に1人でやることなので、数は1日10個前後としれている。店の近くを台車で通る人数人、閉鎖されたセンターのシャッターの下に野宿する人たちに、毎日順番に配ることにした。
マスク、弁当を渡しながら、10万円給付金を受け取る条件となっている「住民票」の有無などの話を、本人から聞き出すことも目的の一つだった。
店の近くを日に何回も行き来するAさんに初めてマスクを渡すと、Aさんはきょとんとしていた。考えたらAさん常に1人、他の人と話すこともなく、携帯やテレビで情報を得る環境もない。「コロナウイルスという危険なウイルスが流行っているから、マスクして」と伝え、毎日弁当を届けた。
そのうち、Aさんは少しずつ話すようになった。きっかけは10万円給付金の話。「10万円、貰えるんか? 本当か?」。そしてAさんは私に年齢、名前、住民票は府内某所に置いたままだと話した。
もう一人、同じく毎日店の前を通るBさんは、50代で病気を患い、生活保護を受けたが、運悪く「囲い屋」に囲われてしまったようだ。Bさんは「囲い屋」とは言っていないが、住民票の話になると、必ず「前に生活保護受けた部屋に置いたまま」と暗い表情で悔しそうに話すため、私がそう考えたのだ。
センター近くでアルミ缶、鉄、銅線などを集め、1日約千円を凌ぐCさんにも住民票がない。聞けば、2007年釜ヶ崎開放会館に置かれていた2088人の住民票が、大阪市に強制削除された際の犠牲者の一人だった。またセンターに野宿する50前後の若い男性は、6年前働いていた会社の寮に、他にも以前住んでいたドヤやアパートに置いたままの人が多い。さらに多くの人は住民票をもっておらず、本籍地に戻された住民票を移すにしても、自分を証明するものが全くない人も多数いた。なお「10万円はいらんわ」という人も数名いた。
◆10万円給付金、「現に居住している場所」で受け取れるように!
大阪出身で元松竹芸能所属のお笑い芸人だった清水忠史(ただし)衆院議員が、Twitterで5月18日、「19日の衆院財務金融委員会で質問にたちます。新型コロナウイル禍で、いかにして個人事業者や生活困窮者に支援するのか、財務省、経産省、厚労省の見解をといます」と呟いていた。一方、私たちは、4月28日西成区役所に要請を行っていたが、区役所から「給付については大阪市役所市民局が行う」と返答されたため、5月8日仲間と大阪市役所に向かい、「10万円定額給付金が、住民票を持ってない人にも必ずわたるように」との要望書を提出していた。しかし1週間後の15日夜遅くに届いた返答は「あと1週間回答を待ってほしい」とのことだった。
「野宿者らに本当に10万円届くのか」。不安になった私は、藁にもすがる思い、そしてダメ元で、清水議員にDMを送った。「大阪市は10万円給付金、とにかく住民票のある人と言っていますが、私たちはずっと野宿者など住民票取れない人にも本人確認して渡して、と訴え続けています。明日の質問にちょっとそのことも質問してもらえないでしょうか。ご検討をお願い致します」。
律儀にすぐに返答があった。翌日「確認したいことがあります」と連絡があり、携帯番号を伝えたところ、すぐに連絡が入った。電話で私は、釜ヶ崎の野宿者の置かれた厳しい現状、とりわけ住民票を移すにも、自分を証明するものが全くない人が多数いること、大阪市はそれまで、住民票の取れない労働者に対して、解放会館などで住民登録することを勧めてきたくせに、2007年2088人の住民票を強制削除した件などを説明した。
清水議員は、20日「地方創生に関する特別委員会」で、新型コロナ禍での生活保護制度の運用や、1人10万円の特別定額給付金の問題をとりあげ、質問したようだ。委員会終了後、「総務省とのやりとりで、2007年の『事件』も含めて伝え、大阪市では簡単に住民登録ができないこと。こうした人たちをどのように救済するかが問われていることを指摘したところ、総務省政務官は『現に居住していることを市区町村に認めてもらえるように取り組む』と答弁した」とメールが届いた。
これを先に進めたら、野宿者の人たちにも10万円が手渡せるはずだ。もちろん私たちの要請行動も引き続き行っていくが、それに加えて議員やマスコミへの働きかけなど様々な形で、「住民登録」のみに固執し続ける国、行政の考えを改めさせなくてはならない。
ある税理士さんがこう呟いていた。「確かに給付対象は住民登録者とされている、でもこの規定は支給の便宜を考えてのもの。目的が国民の生活費支援である以上、最もこれを必要としてる彼ら(住民票のない路上生活者)の除外は許されっこないね。役所は住民票でやり方が楽なんだろうけど、少しは汗かきなよ」。
今回の10万円給付金の目的(理念)は、コロナ禍で生活に困窮した人たちを助けるためだ。その支給の「便宜」のため、戦術として住民登録が選ばれただけだ。ならば、国は再度立ち止まって、その目的(戦略)のために何ができるかを必死に考えるべきだ。「オギャー」と産まれたばかりの赤ちゃんも、すぐにコロナ禍に放り込まれるのだから、10万円給付は当然だが、これまで何十年も、日本経済の末端で、それこそ汗水流して働いてきた労働者が、いまは野宿で住民票ないからと10万円受け取れないなんて、余りに理不尽だ!国と行政は、すべての野宿者、住民票を持たない人にも10万円が渡るよう、必死に動き汗水を流せ!
※コロナ禍をめぐる釜ヶ崎のこうした現況について、MBS(毎日放送)の情報番組「ミント!」が本日5月26日(火)18時15分頃から報じる予定です。関西の皆様、ぜひご覧ください。
▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58