事件前日の2004年10月4日、当時21歳だった鹿嶋学は宇部市にある会社の寮を飛び出し、そのまま会社を辞めてしまった。入社してから3年半で初めて「遅刻」をし、自暴自棄になったためだ。精神鑑定を行った医師によると、鹿嶋は「広汎性発達障害の偏り」があり、そのせいで些細な失敗に絶望感を抱いたのだという。
鹿嶋はその日、故郷宇部市の友人に会って別れを告げると、翌5日は朝から東京を目指し、原付を走らせた。東京に何かアテがあるわけではなかったが、とにかく原付で東京に行こうと考えたのだ。そして山口から広島へと入ったあたりで、鹿嶋は制服姿の女子高生たちを見かけ、「レイプしよう」と思い立つ──。
3月4日、広島地裁で行われた被告人質問。鹿嶋は犯行に至る経緯をそのように語った。弁護人から「なぜ、レイプしようと考えたのですか?」と質問されると、こう答えた。
「セックスしてみたいという気持ちがありました。普段はそういう気持ちがあっても、『レイプしよう』というふうにはならないのですが、その時は『捕まってもいい』という気持ちだったので、そういうふうになりました。『人生、どうでもいい』という考えになっていたので、犯罪への抵抗感がなかったのです」
たかだか一度「遅刻」をしたくらいのことで、鹿嶋はここまで思い詰めていたわけだ。ちなみに鹿嶋は当時、会社の寮でほぼ毎日、エッチなビデオを観ていたが、セックスの経験がなかったという。
そして「レイプできる相手」を探し、原付で走り回った鹿嶋は、信号待ちをしていた1人の制服姿の女子高生を目にとめる。ほどなく信号が青になると、女子高生は横断歩道を渡り、自宅と思われる家の敷地内に入っていった。それがこの事件の被害者、北口聡美さんだった。
「その時、聡美さんが入っていた敷地内には1台も車がありませんでした。そこで、保護者、親がいないのではないかと思い、この子をレイプしようと考えました」
こうして聡美さんは、鹿嶋のターゲットになってしまったのだ。
◆聡美さんが離れにいたことに気づいた理由は……
以下、鹿嶋が被告人質問で語った犯行の核心については、弁護人との一問一答の形で紹介する。
── 聡美さんが敷地内に入っていくのを見て、すぐに追いかけたのですか?
鹿嶋「いえ、近くのコンビニに行き、マスクと手袋を購入しました」
── なぜ、マスクと手袋を購入したのですか?
鹿嶋「マスクは変装のために、手袋は指紋がつかないようにするために購入しました」
── マスクと手袋を購入したあと、どうしたのですか?
鹿嶋「聡美さん宅の近くに原付を止め、中の様子を伺いました。そして、敷地の中に入っていきました」
── その時、凶器になった折り畳み式のナイフはどうしていましたか?
鹿嶋「ズボンのポケットに入れていました」
── そのナイフで聡美さんを切りつけるつもりはありましたか?
鹿嶋「なかったです。ナイフで脅そうと思っていました」
── コンビニで購入したマスクと手袋はどうしましたか?
鹿嶋「手袋は、タクシーの運転手がつけるような白いものだったので、つけたら逆に変だと思い、つけませんでした。マスクもつけなかったです」
── 聡美さん宅の敷地に入る時、誰かに見られるとは考えなかったですか?
鹿嶋「考え……考えなかったと思います」
こうして聡美さん宅の敷地に入った鹿嶋だが、その時に聡美さんがいた場所は、母屋ではなく、離れの2階だった。そして鹿嶋は離れの2階に侵入し、聡美さんを襲っている。鹿嶋はなぜ、聡美さんが離れにいたことがわかったのか。それは、この事件の謎の1つだったが、鹿嶋本人の口から答えが明かされた。
── 聡美さんが離れに入るのを見ていたのですか?
鹿嶋「見ていませんでした」
── では、なぜ聡美さんが離れにいると思ったのですか?
鹿嶋「離れの前に履物があったので、そこにいるのではないかと思いました」
これが、離れに聡美さんがいたことに、鹿嶋が気づいた理由だった。真相を聞いてみると、あっけないものである。そして鹿嶋は、離れのドアをあけ、建物に侵入していったという。
◆ナイフで脅かしたら逃げられて……
── 建物に侵入した際、靴はどうしましたか?
鹿嶋「はっきりした記憶はないですが、たしか脱いだと思います」
── 聡美さんのいる2階まで階段はどう昇ったのですか?
鹿嶋「しのび足で昇りました」
── 2階に昇ったら、どうしましたか?
鹿嶋「廊下があり、廊下の右側に部屋があったので、その引き戸をあけました。そして部屋の中をうかがいました」
── 部屋の中に何か見えましたか?
鹿嶋「聡美さんがベッドでうつ伏せの状態で、頭だけを起こした体勢で、こっちを見ていました。自分が部屋の中をのぞく前から、聡美さんが自分に気づいていたのかと思い、びっくりしました」
── あなたと目があってから聡美さんはどうしましたか?
鹿嶋「ベッドに座る体勢になりました」
── あなたはどうしましたか?
鹿嶋「一歩前に出て、ポケットに入れていたナイフを聡美さんに向け、『動くな』と言いました」
── そう言ったら、聡美さんは?
鹿嶋「動きませんでした」
── そのあとは?
鹿嶋「聡美さんに近づき、『他に誰かいるのか』と言いました。聡美さんは首を横に振りました」
── そして、どうしたのですか?
鹿嶋「『脱げ』と言いました」
── その時に持っていたナイフは?
鹿嶋「聡美さんに向けたままでした」
── それから、聡美さんはどうしましたか?
鹿嶋「自分の左側を走り抜け、逃げました」
── 聡美さんが逃げようとしたのを、あなたは阻止しなかったのですか?
鹿嶋「咄嗟のことで、阻止できませんでした」
── そのあと、あなたはどうしましたか?
鹿嶋「聡美さんが部屋から走って逃げるところは見ていないのですが、階段のほうからトコトコという音が聞こえてきました。それで、自分は聡美さんを追いかけました」
── なぜ、追いかけたのですか?
鹿嶋「『逃げられる』『通報される』という思いから、追いかけました」
そして鹿嶋は階段を降り切ったところで聡美さんを捕まえ、再び2階に連れ行こうとした。しかし、聡美さんに抵抗されたため、ついに凶行に及んだのだという。
◆恨みを持つ人物による犯行の可能性も指摘されたが……
鹿嶋は、犯行の核心部分とその時の心情をこのように説明している。
「聡美さんに抵抗され、対応をどうしていいかわからなくなったのです。そして、『なんで逃げるんや』という気持ちになり、ナイフで聡美さんのおなかを刺しました。その時、聡美さんは『え、なんで』という表情でした。それから、自分は『クソ』『クソ』と言いながら、何回も聡美さんを刺しました。『なんでこーなったんか』という感情が爆発したのです」
この事件は未解決だった頃、聡美さんが何度も身体に刃物を突き立てられていたため、犯人は聡美さんに恨みを持つ人物である可能性が指摘されていた。しかし実際には、ある日突然、聡美さんの家にレイプ目的で侵入した通りすがりの男が、思い通りにいかないことに逆切れし、感情を爆発させて、何の罪もない聡美さんを何度も刃物で刺したというのが真相だったのだ。(次回につづく)
廿日市女子高生殺害事件裁判傍聴記 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=89
【廿日市女子高生殺害事件】
2004年10月5日、広島県廿日市市で両親らと暮らしいていた県立廿日市高校の2年生・北口聡美さん(当時17)が自宅で刺殺され、祖母のミチヨさん(同72)も刺されて重傷を負った事件。事件は長く未解決だったが、2018年4月、同僚に対する傷害事件の容疑で山口県警の捜査対象となっていた山口県宇部市の土木会社社員・鹿嶋学(当時35)のDNA型と指紋が現場で採取されていたものと一致すると判明。同13日、鹿嶋は殺人容疑で逮捕され、今年3月18日、広島地裁の裁判員裁判で無期懲役判決を受けた。
▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』【分冊版】第9話・西口宗宏編(画・塚原洋一/笠倉出版社)が配信中。