本来なら〝復興五輪〟の開幕に合わせて7月にもオープンする計画だったが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて五輪自体が1年延期。展示の準備も滞った事で開館が9月にずれ込んだ。〝復興五輪〟と連動し、指定管理者を「公益財団法人福島イノベーション・コースト構想推進機構」(斎藤保理事長、以下機構)に決め、初代館長に〝山下チルドレン〟の高村昇・長崎大学教授を選ぶ。感染症の問題が無ければ、復興大臣や県知事、双葉町長などが大々的にテープカットでもしただろう。ここまで揃えば、原発事故被害の実相を後世に伝えるような施設にする事など、むしろ無理だったのかもしれない。

展示内容の忖度ぶり、物足りなさもさることながら、現場で驚かされたのはスタッフたちの〝厳戒態勢〟だった。

「伝承館」では常にスタッフが〝監視〟をしている。語り部も観客も取材者も

結果的に筆者が取材したのは2日目だったが、オープン初日の取材も「感染拡大防止」を理由に福島県庁内の記者クラブに限定。県生涯学習課が窓口となり、事前に取材者を登録させた。筆者のようなフリーランスには当然、事前申し込みが必要である事など知らされない。「フリーランスの方もたくさんいて連絡の取りようが無い」と担当者は電話で釈明したが、最終的には「入館料(600円)を支払ってお客さんとして入っていただく分には大歓迎ですよ。もちろん、撮影に関しても記者クラブの皆さんと同じ扱いになります」という事で現場に向かった。ちなみに、事前に取材を申し込んだ記者クラブメディアは入館料を払わずに入館したという。

電話での県職員の説明では「一部、写真や動画の撮影を遠慮していただいているが、撮影可能のエリアもある。それは記者クラブの皆さんも同じ」という事だったので腕章を付けたカメラを手に入館したが、最初のプロローグシアターから2階の展示室に上がるスロープで写真撮影していると、遠くのスタッフが「撮影しないでください」と声がかかった。2階に上がったところで改めて「館内は全面的に撮影禁止なんです」とのこと。「取材であればどうぞ」という事で話はいったん終わったが、再び声をかけられた。「取材の方がいらっしゃるとは聞いていないとのことなので、ちょっとよろしいですか」。1階に向かうように言われ、展示スペースの外に出された。そこからが大変だった。

指定管理者の機構が24日、今後の取材は事前申請が必須との告知を急きょホームページに掲載した。禁止事項だらけで、福島県は何を守ろうとしているのか

館内には至るところに緑色の制服を着たスタッフが立っていて、入館者の様子を見ている。スタッフとは別に警備員もいる。順路とは別の階段で1階に下りると広報担当者が現れたが、他に4、5人のスタッフが筆者を取り囲んだ。まるで犯罪者か暴漢でも取り押さえようとしているかのよう。こちらは大声を出しているわけでも何でも無い。それを伝えると周囲のスタッフは我に返ったように下がり、広報担当者だけが残った。事情を説明し、改めて写真撮影も含めた取材を始めた。排除の姿勢を見せつけられたようだった。

一般来館者にはやはり、館内での写真撮影を全面的に禁じているという。スタッフが来館者に「現在、報道の方が写真を撮影しておりますが、皆さんは撮影禁止ですのでよろしくお願いします」と呼びかける念の入れよう。今やスマホで撮影してSNSに投稿する時代。福島県内外から多くの人に訪れて欲しいのならばSNSでの〝宣伝〟はむしろ歓迎するはずだが、担当者は「著作権の問題や個人情報の部分もあり撮影は御遠慮いただいています。どれを撮影しているか確認する事も出来ないですし…」と話した。将来の〝解禁〟には含みを持たせていたが、当面は全面撮影禁止という。

実は「伝承館」の展示内容を説明する事前の記者レクでは朝日新聞を中心に厳しい質問が飛び交っていた。高村館長も囲み取材で「伝承館の一番の主眼はですね、復興のプロセスというものを保存してそれを情報発信していく事」と語っていただけに、展示内容には期待出来ないとの声も少なくなかった。実際、展示物は思わず目を見張るものや息を呑んでしまうようなものは無く、原発事故から10年の苦痛や怒りは伝わって来ない。確かに、高村館長の言う「復興のプロセス」がきれいにまとめられている。それをSNSで広められてしまったら再び批判の的になってしまうと恐れたのだろうか。そう邪推してしまうほど、表面をさらっとなぞっただけ。国や東電のパンフレットを読んでいるような錯覚に陥るような内容なのだ。

福島県庁内にもポスターが何枚も貼られた。「伝承館」とは名ばかりで、実際には「復興PR館」だった

「この看板こそ、原発遺構として最も重要な遺構です」。双葉町の大沼勇治さんは原発PR看板の現物展示を望んでいたが叶わなかった(赤線は全て筆者)

建設にあたり、県は24万点もの資料を収集。その中から〝厳選した〟150点余が展示されている。確かに、原子炉建屋が爆発する映像や当時の東電テレビ会議の映像を観れば、あの頃の記憶はよみがえる。しかし、原発事故は「爆発しました、避難しました、除染しました、復興が進んでいます」で語れるほど簡単なものでは無いのだ。

「原発避難」だけで1つのフロアを埋め尽くす事が出来るだろう。なぜ福島県だけが「年20ミリシーベルト」まで基準値を上げられたのか、それによって裁判を起こした人々が南相馬にいる事も触れられていない。フレコンバッグの現物は展示されているが、除染で生じた汚染土壌の再利用問題は正面から取り上げない。溜まり続ける汚染水の海洋放出問題は?原発事故によって自ら死を選んだ人がいる事や生業を奪われた人がいる事は?そして何より、加害企業である東電が自ら立てた「3つの誓い」を反故にして、法廷で被害者たちに侮辱的な言葉を浴びせ続けている事は触れられていない。

原発事故がひとたび起きると被害は深く複雑で、10年ではとても解決出来ない事を次の世代に伝えなくてどうするのか。それよりも写真撮影を禁じる方が大事なのだろう。あらゆるところに、この施設の性格が表れている。

双葉町の大沼勇治さんが現物展示を望んだ原発PR看板「原子力 明るい未来の エネルギー」は結局、写真が展示された。現物が大きい事もその理由の1つだが、建物の前には広い芝生が広がっている。サビを防止する加工を施して屋外に展示する事も出来た。しかし、福島県は「加工する時間も費用もかかる」としてやらなかった。福島県が本当に「伝承」したいものは何なのか。推して知るべしと言えよう。(了)

◎【東日本大震災・原子力災害伝承館】
(上)館長選びの時点ですでにこうなる事は決まっていた 展示で伏せられた原発事故被害の実相
(下)館内撮影全面禁止、スタッフは〝厳戒態勢〟 事故被害の伝承よりも福島県が守りたいものとは

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

『NO NUKES voice』Vol.25

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    コロナ時代の大衆運動、反原発運動

[講演]井戸謙一さん(弁護士/「関電の原発マネー不正還流を告発する会」代理人)
    原発を巡るせめぎ合いの現段階

[講演]木原壯林さん(若狭の原発を考える会)
    危険すぎる老朽原発

[報告]尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)
    反原発自治体議員・市民連盟関西ブロック第四回総会報告

[報告]片岡 健さん(ジャーナリスト)
    金品受領問題が浮き彫りにした関西電力と検察のただならぬ関係

[報告]おしどりマコさん(漫才師/記者)
「当たり前」が手に入らない福島県農民連

[報告]島 明美さん(個人被ばく線量計データ利用の検証と市民環境を考える協議会代表)
    当事者から見る「宮崎・早野論文」撤回の実相

[報告]鈴木博喜さん(ジャーナリスト/『民の声新聞』発行人)
   消える校舎と消せない記憶 浪江町立五校、解体前最後の見学会

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
    《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈9〉
    「原発事故被害者」とは誰のことか

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎共同代表)
    多量の放射性物質を拡散する再処理工場の許可
    それより核のゴミをどうするかの議論を開始せよ

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
    具体的なことと全体的なことの二つを

[報告]板坂 剛さん(作家/舞踊家)
    恐怖と不安は蜜の味

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
    山田悦子の語る世界〈9〉普遍性の刹那──原発問題とコロナ禍の関わり

[読者投稿]大今 歩さん(農業/高校講師) 
    マンハッタン計画と人為的二酸化炭素地球温暖化説

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
    コロナ下でも萎縮しない、コロナ対策もして活動する
《北海道》瀬尾英幸さん(脱原発グループ行動隊)
《石川・北陸電力》多名賀哲也さん(命のネットワーク代表)
《福島・東電》郷田みほさん(市民立法「チェルノブイリ法日本版」をつくる郡山の会=しゃがの会)
《規制委・経産省》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
《東京》柳田 真さん(たんぽぽ舎、とめよう!東海第二原発首都圏連絡会)
《浜岡・中部電力》沖 基幸さん(浜岡原発を考える静岡ネットワーク)
《読書案内》天野恵一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)

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