福島第一原発の事故で神奈川県内に避難した人々が、国と東電を相手取って横浜地裁に起こした「福島原発かながわ訴訟」(村田弘原告団長)の控訴審が東京高裁で行われている。弁護団の中で、低線量被曝の危険性から避難や避難継続の相当性について主張を続けているのが小賀坂徹弁護士。2日午後に東京高裁101号法廷で開かれた3回目の控訴審口頭弁論期日では、原告たちが被曝回避のために避難継続している事の相当性を訴えた。原発事故発生から来春で丸10年。小賀坂弁護士の主張を振り返りながら、低線量被曝のリスクや区域外避難について考えたい。
「原発事故って何だったのか。それは当然、地域が放射線に汚染されて住めなくなったという事です。そこに子どもなんて住まわせられない、健康に重大な影響が出る恐れがあるから皆さん避難したのです。この裁判は、国の指示に従って避難した人を補償しましょうという裁判では無いんです。もちろん避難指示区域への補償は必要なんですが、そうじゃなくて原発事故って何かというと、放射能の汚染です。放射線によって命に関わる危険にさらされて逃げざるを得なかったという事です。それを忘れていませんか?そう言いたくなります。(『生業訴訟』の仙台高裁判決でも)区域外避難者に対する認容額は、あんなに低い。そこはやっぱり裁判官の発想を変えなければいけないし、世論化して行かなければいけないし、運動の中軸に置かなければいけないと考えています」
小賀坂弁護士は2日、閉廷後の報告集会で力を込めて話した。提訴から一貫して「低線量被曝の健康影響」と「避難(継続)の相当性」について主張してきた。
2016年5月には、100mSv以下の被曝リスクについて「他の要因による発がんの影響に隠れてしまうほど小さい」と過小評価している国の「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ(WG)報告書」に対し、「もはや科学的価値が無い」と批判している。
WGが論拠としている広島・長崎での被ばく調査(約12万人)について「意味はあるが実測できず、核実験のデータから推計するしかない。そもそも限界がある」とした上で「残留放射線や降下物による被曝はほとんど考慮されていない。『非被ばく者』の中にも、実際には被曝した人が相当数いると思われる」と主張。医療被曝に関する疫学調査を引用し、「避難は過剰反応でも何でも無い。低線量被曝のリスクは福島に住んでいる人にも伝えて行かないといけない」と結論付けた。
2019年2月の判決言い渡し直前には、次のように語っていた。
「避難をやめて戻り、避難元に滞在するという事は、被曝し続けるという事を意味するわけです。長期間、被曝し続ける事の意味をどう考えるのかという事を相当詳しく、空間線量や土壌汚染など具体的な数値を提示してきました。原爆被爆者研究の蓄積の中で、同じ放射線量であれば短期被曝も長期被曝も影響はほとんど変わらないと考えて良いという知見もあります。つまり低線量であっても、長期間滞在する事での被曝影響を見ないといけないという事を強調して来ました。その意味では、他の地裁での訴訟よりも踏み込んだ主張をして来ました。そこを裁判所に十分に分かっていただければ、今までの判決の水準を大きく超えるんじゃないかと思っています。それは区域外避難に限らず、避難指示区域であっても基本的にはどの地域での同等の扱いをされるべきだと考えています。それについてどう判断されるのかについても非常に大きな問題です。低線量被曝の健康影響について裁判所が科学的に決着をつけるという問題では無くて、科学的知見を前提にして避難をする事、避難を継続する事が法的に見て原発事故と因果関係があると言えるかどうかを見極めてもらいたい」。
だが、一審・横浜地裁が言い渡した判決では、低線量被曝の危険性について正面から向き合ってもらえなかった。
当時、記者会見で「賠償の内容を考える上で、実際の被曝線量や健康影響に関する科学的な到達点から見てどうなのかというところを全部すっ飛ばしてしまって一般通常人から見てどうかという話になってしまったところが、賠償額の認定に大きく影響したのではないか」、「さまざまな知見を重ねてLNTモデルに従う避難は科学的に合理的だと主張したが、裁判所には十分に伝わらなかった。極めて残念」、「母子避難に対してはそれなりの賠償額が認められたが、賠償額を大幅に引き上げるまでには至らなかった」と悔しさを口にしていた。控訴審では何としてもその壁を打破しなければならない。東京高裁の法廷では、これまでの主張を30分に凝縮して意見陳述した。
「30分にまとめるのは苦労しましたが、きょう法廷で話した事は基本的には誰も反論出来ない話だと思っています。その事を裁判所にきちんと伝える事によって、避難指示区域外から動いた人たちの〝底上げ〟をしたいのです。避難指示が出された内側の区域か外側かでこれほどまでに賠償額に差があるという現実を何とか変えなければいけないと考えています。そのためには被曝の問題をやらざるを得ません。それをこれからもやっていきたいと思います」
法廷での30分間は、福島第一原発事故による被曝リスクや区域外避難を考える上での〝基礎講座〟のようだった。パワーポイントの資料を壁に映し出し、次のように陳述した。
「本件事故によって大量の放射性物質が環境中に放出されて、福島を中心とした広範な地域が汚染されました。その結果、他の災害とは大きく異なる広範、甚大かつ深刻な被害が発生しています。多くの避難者、原告は放射線被曝による重篤な健康影響を避けるために避難指示の有無にかかわらず避難生活を続けているわけです。放射線の健康影響を論じる意味はまず、避難指示が出ていない区域からの避難の相当性。そして、避難指示が出されていた区域の住民も含めて、避難継続の相当性。これを判断するために放射線の問題に言及する必要があります」
「放射線の健康影響そのものについては、未解明の部分が多くあります。むしろ、ほとんど解明されていないと言っても過言ではありません。白血病やガンなど重篤な健康被害が及ぶ事は広く知られていますが、そのメカニズム自体は十分に解明されているとは到底言えない状態です。したがいまして、放射線の健康影響に関しては主として広島・長崎の原爆被爆者の疫学研究に依拠して解明が進められて来ました。この点についても争いが無いところだと思います」
「このように科学的に十分解明されていない放射線の健康影響について、どういう形で司法判断するかという事に関し、(これも何度も引用して来たが)2009年5月28日の原爆症に関する東京高裁判決が極めて明瞭に示しています。そこでは『科学的知見が不動のものであれば、これに反することは違法であるが、科学的知見の通説に対して異説がある場合は、通説的知見がどの程度の確かさであるのかを見極め、両説ある場合においては両説あるものとして訴訟手続上の前提とせざるを得ない。科学的知見によって決着が付けられない場合であっても、裁判所は経験則に照らして全証拠を総合検討し、因果関係を判定すると。まさにこれが確立した判例の法理である』と言っているわけです。これに対して一審・横浜地裁においては、放射線の健康影響に関して『放射線医学や疫学研究上の専門的知見は直接的な基準とならないと解すべき』と判断してしまっており、この事が本件事故の被害について十分理解出来なかった大きな要因になっています」(後編に続く)
◎福島原発かながわ訴訟「低線量被曝」訴え続ける小賀坂弁護士
【前編】「避難強いられた原因を忘れていませんか?」
【後編】「『わが子を200人に1人』にしないための避難は当然」
▼鈴木博喜(すずき ひろき)
神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。