◆日本は中国よりも遅れていた!

国慶節の中国、武漢には観光客が殺到しているという。3世紀に建造された黄鶴楼(こうかくろう)が人気だという。高校の漢文の時間に習った李白の詩「黄鶴楼にて孟浩然の広陵にゆくを送る」が懐かしい。

故人(こじん)西のかた 黄鶴楼を辞し
煙花(えんか)三月 揚州に下る
孤帆(こはん)の遠影 碧空(へきくう)に尽き
唯(ただ)見る長江の天際に流るるを

何となく悔しいが中国では、ほぼ新型コロナウイルスの封じ込めに成功したようだ。台湾は初期に封じ込めた。

それに引きかえ、日本ではようやくPCR検査がふつうに受けられるようになったばかりだ。PCR検査が行なわれなかった理由に、厚労省の医系技官のセクショナリズムが指摘されてきた。4月段階で「病院が溢れるのが嫌で(PCR検査対象の選定を)厳しめにやっていた」と発言して物議をかもした西田道弘さいたま市保健所長も元医系技官である。

中国や台湾が素晴らしいばかりとは言わないが、日本の国家と社会に欠陥があるとしたら、ここは必死にその病根を検証する必要があるだろう。

◆問題続出の組織体質

そもそも厚労省という組織の体質に原因があると、消えた年金問題(2007年)でも批判されてきたものだ。しかるに原因の究明は「組織全体としての使命感、国民の信任を受けて業務を行うという責任感が、厚生労働省及び社会保険庁に決定的に欠如していた」(厚労省の調査報告)という一般論、精神論に終始した。

今回のコロナに引きつけていえば、年金問題当時の舛添要一厚労大臣は「医系、薬系含め技官人事、誰も手をつけないで聖域になっている」(「ロハス・メディカル」2008年8月号)と指摘していた。

昨年は「不適切統計問題」が発覚した。厚労省が実施する毎月勤労統計において不適切な調査があったのだ。雇用保険や労災保険、船員保険の給付額に誤りがあることが判明し、影響人数は延べ2千十五万人に及んだ。当事者が既に死去していることから詳細な原因は不明だが、厚労省には当時COBOL(プログラム言語)を理解できる職員が2人しかおらず、チェック体制が不十分だったとしている。

厚労省の組織体質の問題点は、ひとつにはIT化の遅れである。消えた年金ではオンライン化する前の記録ミスがコンピュータに残り、元になった紙記録が破棄されたこと。不適切統計問題はまさに、IT化に対応できなかった結果である。今回も保健所からのPCR検査結果がファックスで行なわれ、正確な数値が出ないなどの問題点が浮上した。そこには労働組合(自治労)の労務強化反対、オンライン化による中層集権化への抵抗なども指摘されるところだ。

もうひとつの体質は、官僚組織にありがちなトコロテン方式の人事であろう。とくに管理職レベルでの持ち回り人事である。

官僚人生のコースが決まっていることから、キャリア組の審議官レベルの人事は一年ごとに交代する。その結果、専門外の部署にトコロテン式に就任した事務官や技官が、何も仕事をせずに過ごすことになる。そこに管理職務の空白が生まれるというわけだ。管理職が何もしないのだから、業務に問題が起きないわけがない。

◆国立看護大学校でもトコロテン人事

そんな厚労省人事の悪慣習が、その傘下にある国立看護大学校(清瀬市)でも行なわれているのだ。

主任の教授が担当の講義を満足に行なえないまま、看護学生たちが必要なスキルを身につけられない事態が発覚したのだ。教授の代わりに講義した助教も、時短講義だったというのだ。

文系の学生や教養科目ならば、休講や手抜き講義も大いに歓迎かもしれない。退屈な講義に出るよりも、夢中になれる読書に時間を使ったほうが有益であろう。

けれども、看護師のような基本スキルが業務になる実務系の大学校では、いやでも実習のさいに手抜き教育が発覚するのだ。学生の実習が現場の実務に直結しているのだから、事態は深刻である。

昨年の秋のことだ。4年生の助産師コースの学生たちが、実習先の病院で研修中だった。ところが、学生たちが助産師の指示がわからず、満足に分娩介助ができなかったのである。

そこで「あら、あなたたち。学校で習ってないの?」となったわけだ。複数の助産師が学生の知識不足に気づき、実習は中断となった。

くわしく訊いてみると、学生たちは「助産診断・技術学Ⅰ」で修得する知識がないばかりか、その理由が担当教授の手抜き講義にあることが判明したのだ。

けっきょく、その病院実習は中断となった。保健助産師の養成所指定規則では「分娩介助を、学生一人につき十回程度おこなわせる」という決まりがある。したがって学生たちは、規定の分娩介助をクリアできなかった。

病院実習が中断になった学生たちは、年末になって担当のK教授とH学部長に呼び出された。そこで学生たちが申し渡されたのは、看護師国家試験(2月)後の3月に補習実習を受けることだった。厚労省管轄の大学であるため、指定規則を絶対に守る必要があるのだ。

就職のための引っ越しを計画していた学生たちがそれを拒否すると、H学部長は「そんなにやる気がないなら、就職もすべてやめてしまいなさい」「そんな人たちに来られる病院もいい迷惑だ」などと言い放ったというのだ。

怒りにまかせたこれらの言葉も、教授たちが育った半世紀前ならOKかもしれないが、あきらかにアカハラであろう。

その後、新型コロナウイルスの流行で補習実習は行なわれなくなったが、「助産診断・技術学は必修科目である。文科省管轄ではない看護大学校の学生にとって、単位を取得できていないことは、学士号の認定を左右されかねない。看護師国家試験の欠格事由にもなりかねない事態だったのだ。

それにしても、K教授は分娩技術が専門外とはいえ、シラバスに記載した講義を部下の助教まかせっきりだったという。その助教の講義も通常より30分早く終わり、講義中も個人的な趣味の話をするなどの手抜き講義だったというのである。

学生たちの告発と学生たちの父兄の要望によって、上部組織である国立国際医療研究センターおよび看護大学校の校長が対応する事態となり、この問題はH学部長やK教授への処分等もないままとなった。

ぎゃくに言うと、早急な対応で問題の芽を摘む手際よさこそ、厚労省所轄の組織らしい事なかれ主義、官僚主義といえるかもしれない。そしてその意味では、トコロテン式の人事で専門外の科目を担当した教授陣も犠牲者なのかもしれない。

東京都清瀬市にある国立看護大学校

◆厚労省こそ民営化するべき

学術会議の任命拒否問題では「学術会議を民営化せよ!」という意見が飛び出している。長期的には理系研究者の育成不足が憂慮される中、それも一案だとは思うが、そうであれば官僚機構を民営化してみてはどうか?

今回のコロナ防疫では、わが国のIT後進国状態(スマホ普及率60%)や官僚組織の限界(PCR検査=厚労省医系技官問題、アベノマスク配布=旧郵政省・日本郵便)が露呈したではないか。

かつて、官公労の労働運動潰しのために民営化に踏み切った。JRは不採算部門の切り捨て、郵政はあいかわらず親方日の丸の体質を残していたのだ。

そして中小企業の持続化給付金において、経産省(中小企業庁)は電通配下の民間企業に委託することで、何とか国のかたちを保った。

このまま後進国に甘んじたくなければ、どんどん官僚組織にメスを入れればよい。問題続出の厚労省こそ、分割民営化するべきではないか。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

7日発売!月刊『紙の爆弾』2020年11月号【特集】安倍政治という「負の遺産」他

〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』Vol.25