原発事故後も福島県双葉郡浪江町の「希望の牧場・ふくしま」で牛を飼い続けている吉沢正巳さんが10月26日夕、福島市の福島県庁や福島駅周辺で「海洋放出断固反対!」と怒りの声をあげた。浪江町には請戸漁港があり、吉沢さんは「汚染水を海に流されたら請戸の漁業はおしまいだ」と危機感を募らせる。県庁前では「内堀知事は国の言いなり。なぜ黙っているんだ」と激しい〝檄〟を飛ばしたが、当の内堀知事は相変わらず「国が国が」と主体性を発揮しないまま。のらりくらりと国の決定を待っている。

◆「知事は国の言いなりだ」

「浪江町の希望の牧場の宣伝カーです。浪江町には請戸漁港があります。福島第一原発からわずか6kmの距離です。汚染水を海に流されたら、請戸の漁業はもうおしまいです。海洋放出断固反対!絶対に認めるわけには参りません」

「内堀知事はいったい何をしているのか。何もはっきりした事を言おうとしません。意見表明をしようとしない。なぜ黙っているんだ。そんな事で福島県の漁業の発展を守る事が出来るだろうか。福島県の漁業を守るべき県知事としてのリーダーシップは発揮されないのではないでしょうか」

夕暮れの福島県庁に激しい〝檄〟が響いた。BGMは映画「ゴジラ」のテーマ曲と牛の鳴き声。庁舎を貫くような怒声が轟いた。

「佐藤栄佐久知事はかつて、プルサーマル計画や東電のトラブル隠しの際、しっかりと意見を表明したではありませんか。なぜ内堀知事は模様眺めなのか。なぜ黙っているんだ。そんな事で福島の海の安全を守る事が出来るだろうか。内堀知事は国の言いなり。リーダーシップを全く発揮出来ていない。そんな事で良いのだろうか。浪江町から言います。海洋放出断固反対!」

福島県庁前で内堀知事に「リーダーシップを発揮しろ」と檄を飛ばした吉沢さん

吉沢さんは福島駅東口から西口にも車を走らせ、原発汚染水の海洋放出反対を訴えた。

「国は27日にも汚染水の海洋放出決定を発表しようとしていましたが、福島県民大勢の反対の声に押されて発表出来ませんでした。当然です。汚染水の海洋放出絶対反対!福島の未来、福島の海を皆で守って行きましょう。漁師の皆さんは不安な気持ちでいっぱいです。福島県民は納得などしていません。なのに、国は強引に海に流そうとしております。とんでもない被害、とんでもない迷惑。今こそ力をこめて反対の声を福島から全国に向けて起こして行こうではありませんか」

「請戸の魚がまた、基準値を超える放射能にまみれた状態で売れなくなる。10年におよぶ私たちの苦労、努力はいったい何だったのでしょう。薄めれば良い?ふざけるなですよ。薄めたって様々な放射性物質は残っています。それは魚に影響をおよぼす。食物連鎖の結果、それは私たちの食卓に上がるのです。海洋放出断固反対!」

吉沢さんは福島駅周辺でも「原発汚染水の海洋放出反対」を訴えた

◆「当事者である国や東電が~」

しかし、当の内堀知事は相変わらず「国が国が」と繰り返すばかりだ。

「先週の政府会合において報告された主な意見としては、処理水の安全性に対する懸念や風評の影響、復興の遅れ、遅延、合意プロセスへの懸念が多くを占めていました。この結果は、処理水についての情報が十分伝わっていない事や風評対策が具体的に示されていない事が主な要因であると考えております。国においては、これまで示された様々な意見や分析結果をふまえ、対応方針を慎重に検討していただきたいと考えております」

26日午前の定例会見。テレビユー福島の記者が「このままだと(海洋放出への賛成、反対で)対立や分断が生まれかねない。県として国との間に入って調整していく考えは無いのか。間に入って調整出来るのは県しか無い」と質したが、知事の答えはまさかの「ご意見として受け止めさせていただきます」だった。

「トリチウムを含む処理水の取り扱いについては、福島県内外で開催された『関係者からの意見を伺う場』において風評に対する懸念などの様々な意見が出されているとともに、福島第一原発の地元の立地町からは『保管継続による復興や住民帰還への影響』を危惧する意見が示されています。処理水の取り扱いにあたって最も重要な事は風評であります。国においては様々な意見や県内の実情を十分ふまえた上で、特に本県の農林水産業や観光業に影響を与える事が無いよう、対応方針を慎重に検討していただきたいと考えております」

原発避難者を主体的に救済しようとしないように、汚染水問題でも主体的に動こうとしない内堀知事。会見では、最後まで「国が~」だった。

「原発事故に伴う廃炉・汚染水対策あるいは中間貯蔵施設の問題、仮置き場設置の問題…。全てがひとつの解をシンプルに出す事が出来ない難しい問題だ、という事をこの9年半あまり経験しております。当事者である国と東京電力が責任をもって、この問題にしっかり取り組んでいただきたいと考えております」

当の内堀知事は相変わらず「国が国が」。定例会見でも意見表明していない

◆「国の〝御発信〟見極めたい」

これまで様々な団体が行った申し入れや緊急街宣でも、「知事は今声をあげないで、いつ声をあげるんですか?内堀知事は自信を持って、きちんと国に意見してください」、「内堀知事は福島県民の代表として、政府が処分方針を発表する前に海洋放出に反対だという県民の声を国に届けて欲しい。決まってしまってからでは、海に流されてしまってからでは取り返しがつかないんです」という声があがった。新地町の漁師は「内堀知事が『海洋放出反対』を表明していません。県民を守る立場の知事ですから、『海に流しては駄目だ』とはっきりと言ってもらいたいです」と怒りを口にしている。

これに対し、内堀知事は定例会見で「これまで福島県として国および東京電力に対し、トリチウムに関する正確な情報発信と具体的な風評対策の提示にしっかり取り組むよう求めて来たところであります。特に風評の関係では、本県の農林水産業、観光業に対する影響を与えないよう訴えている。県として今まで無言で、何も言わずに来たという事では全く無い」と反論した。

河北新報記者の質問に対しても「東電の廃炉・汚染水対策に福島県として様々な観点から幾度も幾度も意見を申し上げております。国、東京電力が当事者として、福島県を含め様々な意見を真摯に受け止めて慎重に対応していただきたいと考えております」と答えた。

一方で「汚染水対策の問題は、あしかけ6年ほど議論しております。原発敷地には一定の限界があって、タンクを保管し続ける事が難しい。そういう動機をもってこの議論がスタートしたと考えております」、「今後、政府としてどういった形で方向性を定めるのか。どういった形でそれを訴えていくのか。注視して参ります。今後、国としてどういった御発信をされるのか、その点をしっかりと見極めていきたい」とも語った内堀知事。当事県が陸上保管継続を否定し、国の発信に「御」を付けているようでは、吉沢さんが「リーダーシップを何ら発揮出来ていない」と怒るのも当然だ。

〝檄〟は知事室にも届いただろう。出発前、吉沢さんは「道行く人々から『うるせえぞ』って言われるくらいの音量で訴えないと駄目」と話していたが、歩道からは文句どころか「そーだ!」、「がんばれよ」との声が飛んだ。多くの県民が海洋放出に反対の声をあげている。次は内堀知事が動く番だ。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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