10月22日の当欄では、私が8月に立ち上げた“一人出版社”から発行した書籍『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」の告白』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)について紹介させて頂いた。同書はおかげさまで、Amazonの裁判関連部門で売れ筋ランキング1位になるなど好調な売れ行きだ。
我が田に水を引くような言い方で恐縮だが、同書は平成の大事件の知られざる加害者側の内実について、実行犯が綴った手記により明るみに出した内容だ。それゆえに多くの人に関心を持ってもらえたのだろう。
私が現在取材中の事件の中には、このほかにもう1件、映画になるほど有名な事件でありながら加害者側の内実がほとんど知られていない事件がある。今回はその事件について紹介したい。
◆手紙で取材依頼をしたら、丁寧な返事の手紙が届き……
〈此の度は、私の事件に於いて、関心を抱き、御丁寧に手紙を頂いたことに感謝申し上げます〉
これは、2014年2月中旬のある日、山形刑務所から私のもとに届いた手紙の一節だ。丁寧な礼の言葉を綴っている差出人の名は、三上静男(71)。山田孝之主演の映画『凶悪』(2013年公開)でリリー・フランキーが演じた殺人犯“先生”のモデルになった男だ。
三上は茨城県で不動産業を営んでいた男だが、その疑惑が表面化したのは2005年のことだった。殺人罪などで死刑判決を受けた元暴力団組長の後藤良治(62)が月刊誌『新潮45』に対し、「三上という男と一緒に金目的で人を殺した余罪が3件ある」と告白。これが同誌で記事になったのを機に警察も動き、検挙された三上は2010年に裁判で無期懲役刑が確定したのだ。
そんな事件が題材の『凶悪』は公開時、“先生”役のリリーの怪演が話題になった。とくに保険金目当てに初老の男を殺す場面では、笑いながら被害者に何度もスタンガンをあて、いたぶる演技が圧巻だった。こんな冷酷な男なら、いくらでも金目的で人を殺すだろうと観客の誰もが思ったことだろう。
だが、実は三上本人は取り調べや裁判で、「後藤の告白はデタラメだ」と訴えていた。私がその主張を聞きたく思い、三上に取材依頼の手紙を出したところ、冒頭のような返事の手紙が届いたのだ。
◆自分について書かれた雑誌の記事を「真実がない」と主張
三上の手紙には、『新潮45』の記事について、こう書かれていた。
〈読みましたが、真実がないので、笑ってしまいました。私は現在まで新潮45の記者から取材を受けたことはありません〉
要するに、三上は「自分は無実なのに、『新潮45』は自分に取材もせず、いい加減な記事を書いたのだ」と言いたいわけだ。さらに手紙には、こんなことも書かれていた。
〈当時、証拠開示された調書が2m程の高さになりましたが、何度も読みましたが、司法取引がされている調書が散見されております〉
三上と後藤が主犯格として罪に問われた保険金殺人事件では、実は共犯者とされた後藤の舎弟たちが検察に起訴されていなかった。弁護側はその点を問題視し、「検察は後藤の舎弟たちと違法な司法取引をし、罪を見逃す代わりに無実の三上に罪を押しつける証言をさせたのだ」などと主張していた。三上は手紙で、改めてそのことを私に主張したわけだ。
弁護側の主張によると、「そもそも、後藤は自分の死刑を先延ばしにするために事件をでっち上げ、無実の三上を巻き込んだのだ」というのが事件の真相だとのことだった。
◆不自然な内容だった死刑囚の告白
実際、三上の周辺を取材してみると、三上の評判は意外に悪くなかった。
「いい人そうに見えたけどね。魚やワカメを持ってきてくれたこともあったしね(笑)」と話してくれたのは、茨城県にある三上の自宅近くで小さなストアを営む店主の男性だ。また、山形刑務所で以前服役し、獄中で三上と親しくしていた男性もこんな話を聞かせてくれた
「三上さんは面倒見がよく、僕も服役中は親切にしてもらいました。刑務所で知り合った者同士は出所後、手紙のやりとりや面会を禁じられているのですが、また三上さんに会えるものなら会いたいですよ」
さらに取材を進めたところ、裁判で三上の弁護を手がけた弁護士から興味深い話を聞かせてもらえた。三上は今も無実を訴えており、再審請求を考えているというのだ。
「後藤の供述の内容は、三上さんが妻子と一緒に暮らす自宅で被害者を何日も軟禁し、その挙げ句にリンチをして殺害したという不自然なものでした。妻子と暮らす自宅で普通そんなことはしませんよ」
言われてみればその通りで、たしかに後藤が供述する殺人の筋書きは違和感がある。
三上は私にくれた手紙で、冤罪を訴える冊子を自費出版する意向も明かしていた。私はこの事件の取材を今も続けているので、何かめぼしい新事実が見つかれば、当欄でも報告させてもらうつもりだ。
◎[参考動画]三上がモデルの役を怪演したリリー・フランキー。『凶悪』予告編動画より
▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。創業した一人出版社リミアンドテッドから新刊『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史)を発行。