2011年3月の原発事故で帰還困難区域に指定され、今なお避難生活を強いられている福島県双葉郡浪江町の津島地区。643人の住民が国と東電を相手に起こした「ふるさとを返せ 津島原発訴訟」(以下、津島訴訟)が今月7日、結審した。2015年9月29日の提訴から5年余。放射性物質の拡散でふるさとや住み慣れた自宅を奪われた住民たちは、何を求めて闘い続けて来たのか。共に歩んで来た弁護団は何を感じたのか。福島地裁郡山支部で行われた最終弁論を軸に、確認しておきたい。

「お金は要りません。国や東電が私たちの津島を元通りの地域社会にしてくれるであれば、原発事故前と同じような生活が出来る状態に戻してくれるのであれば、お金は要りません」

結審を翌日に控えた今月6日、郡山市役所内の記者クラブで開かれた記者会見。原告団長の今野秀則さんはきっぱりと言った。短い言葉の中に10年分の怒り、哀しみ、苦しみが凝縮されていた。「何としても自分たちの地域を取り戻す」という決意表明のようでもあった。

「地域社会が丸々ひとつ、地図から消されるような事は許されて良いのでしょうかね。私はとても納得など出来ません。私たち津島の住民は住めないような状況にさせられて、除染もされない。戻る事さえ叶わない。歴史が消えて無くなってしまう。納得出来ないでしょ? それを元に戻すために『原状回復』を求めているんです」

「津島訴訟」の原告たちが求めているのは原発事故前の美しい津島に戻す事

津島訴訟の闘いは、文字通り「原状回復」の闘いだった。訴状の「請求の趣旨」は次の2点だ。

〈1〉 被告は原告らに対し、津島地区全域について、平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原子力発電所の事故により放出された放射性物質による同地域の放射線量(以下、「本件原発事故由来の放射線量」)を毎時0.046マイクロシーベルトに至るまで低下させる義務があることを確認する。

〈2〉 被告らは原告らに対し、津島地区全域について、本件原発事故由来の放射線量を平成32年3月12日までに毎時0.23マイクロシーベルトに至るまで低下させよ。

訴状には、原告の言葉も紹介されている。住民たちの想いが良く伝わってくる。

「東電と国の責任で元通りの津島を自分たちに返してもらいたいと心底思います。中ノ森山や広谷地の美しい自然を元通りにして欲しい。津島での元通りの毎日を返して欲しい。それ以上に望むものなど何もありません。津島での元の生活に戻る事が出来るならゼニなんか一銭も要りません。ゼニ金の問題じゃ無いのです」

これに対し、国や東電は2016年4月15日付の答弁書の中で、ともに「除染は現実的に不可能な事を強いるものであるから原告の請求は認められない」として棄却するよう求めている。

訴状でも「あくまでも津島地区の原状回復が、原告らが求めるものの主眼である」と綴られている

原発事故被害者による訴訟で、原状回復請求が認められた判決は無い。

2017年10月10日に言い渡された「『生業を返せ、地域を返せ!』福島原発訴訟」(生業訴訟)の福島地裁判決では、「本件事故前の状態に戻してほしいとの原告らの切実な思いに基づく請求であって、心情的には理解できる」としながらも、「求める作為の内容が特定されていないものであって、不適法である」として棄却。

2020年9月30日の仙台高裁判決も、「作為の内容は強制執行が可能な程度に特定されなければならない」などとして「不適法であり、却下すべき」との判断を下した。

仙台高裁も被害者に寄り添う姿勢は見せている。

「本件事故によって放出された放射性物質について自分たちが受容し、その線量や影響を受忍しなければならないいわれはなく、何としてでも本件事故前の状態に戻してほしいとの切実な思いや、放射性物質を放出させるような事故を起こした原子力発電所を設置・運転してきた一審被告東電及び国民の平穏生活権の保障に責任をもって当たるべき一審被告国において、どのような手段をもってしても原状回復をすべきであるとの強い思いに基づく請求であることがうかがわれ、心情的には共感を禁じ得ない」

「心情的には共感」しているものの、国や東電に原発事故前の状態に戻すよう命じる事は無かった。

「原状回復」のハードルが高い事は、津島訴訟の弁護団も当然、理解している。これまでの弁論期日に行われた学習会でも「この訴訟では結果の目標だけを示していて、国や東電に具体的に何をしてもらいたいかを特定せずに請求しています。これを法律学的には『抽象的不作為請求』と言います。『空間線量を毎時0.23マイクロシーベルト以下に低下させる強制執行』を裁判所に求めた場合、じゃあ、どうやってやりますか?という部分が具体的に決まっていないと裁判所もやってくれません」などと、法的な難しさが弁護団から原告たちに説明されている。

それでも、津島の住民たちは「原状回復」を請求の主軸に据えた。ハードルが高くても、元に戻して欲しいという想いが上回ったからだ。

事故など絶対に起きないと言われ続けた原発が爆発した。五重の壁で覆われているはずの放射性物質が大量に拡散され、風に乗って津島地区に降り注いだ。放射能汚染は9年10カ月経った今も続き、ごく一部で除染が始まったが、『特定復興再生拠点区域』として整備されるのは、津島地区全体のわずか1.6%にすぎない。地区全体をいつまでに除染するのか、計画すら示されていない。避難指示がいつ解除され、いつになったらわが家に戻れるのか。見通しは全く立っていない。主を失った家が日に日に朽ちて行く中、一刻も早く事故前の状態に戻して欲しいと住民たちが考えるのも当然だ。

ある弁護士は「提訴を準備している段階で弁護士の間でも議論はありました。慰謝料請求だけに絞る方がいいのではないかという弁護士もいました。一方で『住民の皆さんの気持ちを考えると、原状回復請求も加えるべきだ』という意見もありました。議論を重ねた結果なのです。原告になろうと考えている方々が『ふるさとを返して欲しい』と強く口にしていた事も後押ししました。津島の皆さんの強い想いがあったのです」と話す。

7日の最終弁論では、時に語気を強めながら原告たちの想いを代弁した弁護士がいた。(つづく)

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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