「私は30年間裁判官として全国を転々としたので、どこの歴史も文化も担っていません。日本中、どこに住んでも同じだと思っていたので、なぜそれほどまでして、こんな山奥に住みたいのだろうと、率直に言えば最初はそう思っていました」
大塚正之弁護士は東大経済学部を卒業後、裁判官として那覇地裁や東京地裁、大阪高裁や東京高裁など「全国を転々」。退官後に弁護士となった。弁護団に加わり、何度も津島を訪れ、原告の話を聴くにつれて、住民たちの想いが理解出来たという。
「中には、涙を流しながら『被曝しても良いから津島に戻りたい』とおっしゃる方もいました。津島が全てであり、大切な津島の『全て』を失った、あるいは失おうとしている。それを取り戻したいのだという事がはっきりと分かったので、津島を取り戻す訴訟をしなければならないと確信しました」
今月7日の法廷では7人の原告が最終弁論をしたが、異口同音に「ふるさとを返せ」、「津島に戻りたい」と述べた。
窪田たい子さんは「津島のほんの一部の除染が始まりましたが、全てをきれいにしてもらえなければ人は帰って来ません。全員が津島で元の生活が出来るように国と東電にはきちんと責任をとってもらわなければならないのです。お金の問題ではありません。私たちのふるさとを返してください」と訴えた。
「本人尋問の時、ふるさと津島に帰りますか?との質問に対して力強く『帰ります』と答えました。しかし、除染のロードマップも示されず、いまだにいつ帰れるのか全く不明の状況下にあります。今のままでは『廃村棄民』です」と語気を強めたのは佐々木茂さん。
武藤晴男さんは「私たちは、国や東電に対して文句ばかりを言っているわけではありません。早く前向きな気持ちで復興に向かいたいのです。そのための第一歩は今、朽ちていきそうな津島を、私たちが心から大好きだったあの津島へ戻す事です。そして、本当の津島を見る喜びを皆で揃って感じる事です」と求め、三瓶春江さんは、裁判官たちに「お願いします。津島を除染してください。義父を、亡くなった人たちを早く津島の土で眠らせてください。ふるさと津島の未来を消さないでください」と訴えた。
「私たち原告は、あの豊かな美しいふるさとを取り戻す、津島を汚れたままにはさせないとの希望を持ち続けています。現地を見てくださった裁判官に、その希望に最初の灯をともしていただきたいと心から願っています」と述べたのは石井ひろみさん。今野正悦さんの自宅は、昨年11月30日に解体工事が終わった。「先祖から受け継ぎ、大切にしてきたわが家を解体したいと思っている人はいないはずです。一生ここで暮らそうと思っていた自宅を突然、解体しなければならない。そんなつらい思いを、もう誰にも味わわせたくないです」と語った。
そして、原告団長の今野秀則さんが、次のような言葉で最終弁論を締めくくった。
「山林を含む津島地区全体が除染され元に戻らない限り、私たちの生活は取り戻せません。このままでは、地域の過去、現在、未来が全て奪われ、失われてしまいます。ふるさと津島を取り戻す事は、代替不可能な生きる場所を取り戻す事なのです」
大塚弁護士は原告たちの想いをさらに補うように、こう述べた。
「原告らはいま、津島において木々の間からこぼれ落ちる陽光を浴びる事が出来ない。あの津島の山々が作り出す新鮮な空気を吸う事が出来ない。それだけでは無い。美味しい津島の湧水を飲む事も、美しい小鳥のさえずりを聴くことも、マツタケ狩りをする事も、田畑を耕す事も、牛馬を育てる事も、幼なじみとの屈託の無いだんらんも、何もかもを奪われたのです。原告らはなぜ、津島の大地を汚した被告らから『出て行け、勝手に入るな』と言われないといけないのか。被告らに対し『津島にある全てのものを奪うな、元の美しい津島を戻せ』と言えないのか。被告らは、『津島を元に戻してくれ』という原告らに寄り添う事さえ出来ないのか」
原発事故の加害当事者である東電は「被害を受けられた方々に早期に生活再建の第一歩を踏み出していただくため」として「3つの誓い」(「最後の一人まで賠償貫徹」、「迅速かつきめ細やかな賠償の徹底」、「和解仲介案の尊重」)を立て、ホームページでも公開している。
だが、実際に代理人弁護士を通じて語られる東電の「本音」は、公表されている美辞麗句とは全くの真逆。最終弁論でも、棚村友博弁護士が「被害を軽視していない。最大限受け止めている」としながら、「原発事故後、賠償金を活用して住居を確保するなどして平穏な生活を取り戻した避難者」については避難生活を終了したとみなす」、「帰還困難区域住民への一律1450万円の賠償金など、既に支払った賠償金を上回る精神的損害は存在しない」などと言い放った。一方で、原告たちが強く求める「原状回復」についての言及は一切無し。「十分すぎるほどの賠償金を支払ったのだから、これ以上文句を言うな」と言わんばかりなのだ。
大塚弁護士の最終弁論は、そんな東電の姿勢を厳しく糾弾するものだった。
「この訴訟は、『金になるのであれば環境などどんどん破壊してかまわない』、『破壊した環境を元に戻すのにお金がかかるのなら戻さなくて良い』、『とにかく金が第一だ』という、これまでの間違った考え方に立ち続けるのか。それとも、汚した環境を回復させる事は汚した者の責任であるから元に戻す義務があるという、現代では当然と言うべき考え方に立つのか。どちらを選ぶのかを問いかけているのです」
「この訴訟で、何としても被告らに除染義務を認めさせ、放射性物質で地域を汚したら速やかに、住民が生きている間に、戻れるようにしなければならないという原則を確立する必要があります」
「津島の除染をしないという事は、歴史や文化を代々伝えて来た私たち人類の営みを踏みにじる言語道断の行為です。そんな事が許されるのなら地球環境に未来は無い」
地域を汚したら、汚した者の責任において元に戻す。そんな当たり前の事を認めさせるのに、被害者はどれだけ拳を振り上げ、声を張り上げないといけないのか。しかも、原告たちは差別や偏見との闘いまで強いられているのだった。(つづく)
◎ふるさとを返せ 津島原発訴訟
結審(上)「原状回復」への強い想い
結審(中) 津島の地を汚した者・東京電力の責任を問う
結審(下)
▼鈴木博喜(すずき ひろき)
神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。