東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会は、12日に評議員会と理事会の臨時合同会議を開催し、森喜朗会長の発言の辞任。事実上の解任となった。

あらためて言うまでもなく、この女性差別発言は森個人の問題ではない。東京オリンピックの開催を左右する問題、すなわち五輪精神を蹂躙する発言であるがゆえに、わが国の外交政治やスポーツ文化のみならず、日本国およびわれわれ日本人の国際的評価がかかる問題だった。

森元総理はもともと「サメの脳みそ」と批評されてきた人物である。2005年の「日本の国は、まさに天皇を中心にしている神の国」(神道政治連盟国会議員懇談会)なる発言。あるいは「(選挙に関心のない有権者は)寝ていてくれればいい」(総選挙)、「イット革命」(IT革命のことを)という誤解発言。「ここはプライベートですよ」(20年前、えひめ号沈没事故のとき、ゴルフ場に取材に来た記者たちに=この結果、総理を辞職)。「あの子は、大事なときに必ずころぶんですよね」(ソチ五輪で、浅田美央選手の演技に)。「パラリンピックには行きたくない」(ソチ五輪)。

まさに枚挙にいとまがない「失言」のオンパレードだが、今回の「女性が多いと会議が長くなる」は、果たして「失言」だったのだろうか? そして「辞任」で解決するような問題なのだろうか。


◎[参考動画]【ノーカット】五輪組織委 森喜朗会長 会見(TBS 2021年2月4日)

◆確信犯的な差別は、永久追放に値する

結論からいえば、森喜朗の今回の発言は、確信犯的な女性差別であるということだ。確信犯森のために再録しておこう。

「女性理事を4割というのは、女性がたくさん入っている理事会、理事会は時間がかかります。これもうちの恥を言います。ラグビー協会は倍の時間がかかる。女性がいま5人か。女性は競争意識が強い。誰か1人が手を挙げると、自分もやらなきゃいけないと思うんでしょうね、それでみんな発言されるんです。結局、女性はそういう、あまり私が言うと、これはまた悪口を言ったと書かれるが、必ずしも数で増やす場合は、時間も規制しないとなかなか終わらないと困る」

IOCの男女共同参画の目標にしたがい、大会組織委員会にも女性理事を拡充する。この方針をめぐっての評議員会での発言である。したがって、放言や失言というのは当たらない。言葉が過ぎたと感じたのか、以下は自分の発言を自己フォローする内容となっている。

「私どもの組織委にも、女性は何人いますか。7人くらいおられるが、みんなわきまえておられる」

そして、これらの発言の前提として「テレビがあるからやりにくいんだが、女性理事を選ぶというのは文科省がうるさく言うんですよ」と断っている。テレビ報道を前提にした発言でもあったのだ。

ようするに森が言いたいことは、五輪大会が男女平等をスローガンとしていることに対して、組織委員会は女性が多くては困るから従えない。「女性の発言が多いのは、組織の恥である」「わきまえた女性なら、理事に加えてもよいのではないか」というのが本意であり「わきまえない女性を入れるのは反対だ」と、確信をもって議論を提起しているのだ。

この「わきまえない女」が「意見を言う女」であるのは明白だ。ようするに、会議を早く終えたい空気を読まずに、議論を長引かせる女は困るから排除したい。という差別発言。五輪憲章およびIOCがめざす男女平等に反対を表明したのである。

したがって、発言の撤回や会長辞任をもって「解決」とすることはできない。スポーツ界から永久追放するべきではないか。

五輪憲章およびIOCの女性参加者拡充(「オリンピック・アジェンダ2020」による)の手前、発言をなかったことにするのが今回の辞任であれば、東京五輪は「女性排除を内包した」「大会の組織委員会前会長が女性排除の意見をもっている大会」として、永遠に歴史に刻印されることになるのだ。

そして森発言をわらって聴いていた評議員たち、発言の撤回・辞任をもって何もなかったことにする理事会も同罪である。すなわち、女性排除の意見をもった組織ということになる。さきの森の弁明によれば「辞任するつもりだったが、引き留められた」というのだから。

開き直りともとれる逆ギレ会見を想起してみよ。まったく反省していないうえに、老害であれば掃き捨ててほしいと言ったのだ。お前たちに俺を排除できるのならば、やってみればいいと言い放ったのである。

それゆえに、抗議活動が全国で始まった。Twitterでは「#森喜朗氏は引退してください」というハッシュタグがトレンドとなり、森氏の大会組織委員長の辞任を求める声が続々と寄せられた。大会ボランティア8万人のうち、390人が抗議の辞任をした(2月8日)。聖火ランナーからもタレントの田村淳が「人気のあるタレントは、あまり人が集まらない田んぼを走ったらいい」などという森発言に抗議して、参加を取りやめている。

◆ジェンダー改革先進国からの批判

海外からの意見、抗議も紹介しておこう。

駐日欧州連合代表部やドイツ、フィンランドの大使館などが抗議ツイートを連投した。森を名指しこそしていないが、手を挙げる女性たちの写真に、「#男女平等」「#dontbesilent(黙ってはいけない)」とハッシュタグを付けてツイートしているという。五輪組織委員会および自民党の“森会長擁護”は、国際世論と大きくかけ離れてしまっているのだ。

烈しい批判もある。

フランスの欧州問題担当相を務めたナタリー・ロワゾー欧州議会議員は、自身のツイッターで「森さん、女性は簡潔に話せますよ。例えば、あなたにお答えするには『黙りなさい』で十分」と不快感を表明したのだった。

カナダのアイスホッケー女子五輪金メダリストでIOCのヘーリー・ウィッケンハイザー委員も、自身のツイッターに「この男を朝食のビュッフェ会場で絶対に追い詰める。東京で会いましょう」と投稿した。

国内では為末大の「森発言に黙っているのは同罪」というアピールが男性たちを覚醒させた。発言をしにくいアスリートたちからも批判の声はあがった。

このあまりにも激しい批判ゆえに、当初は「発言撤回で解決した」としていたIOCも、正式に「森会長の発言は、完全に不適切」と公式発表せざるを得なかったのだ。

◆差別とは何か?

森に「差別に関する知識がない」(大坂なおみ)そして、森みずから「老害」というのならば、基本的なことから始めなければならないであろう。

たとえば『紙の爆弾』の差別的な記述について、部落差別および部落解放運動を知らない人が思ったよりも多かったことからも、差別問題は基本的なことを踏まえる必要があるだろう。まさに「無知は差別」なのである。

まず、人類がみな平等で、尊重される存在である。という人権意識が前提である。森も形式的にはこれを承認するかもしれないが、本心にはないから差別発言をしてしまうのだ。じつはわれわれにも問い返されるのが、この差別意識である。それは水や空気のように存在する、と形容しておこう。

その自覚のうえで、差別問題とは「いわれなく、不当な扱いを受ける不利益」「不当に蔑視される不利益」「不当な除外と拒否行為」その結果「傷つけられること」である。そしてその本質は、今回の問題に引き付けていえば「女性蔑視」と「男尊女卑」の「ゆがめられた性文化(ジェンダー)」である。

そしてそれは、社会構造として厳然と存在する。社会的慣習として「女は控えよ」という封建的な思想だけではない。経済格差にも反映されているのだ。

女性の賃金は民間の給与調査で男性の半分におよばない。男性が530万円として、女性は250万円である。派遣やパートは圧倒的に女性が多く、その年収は正社員と同じ労働時間でも200万円に及ばない(時給1000円)。

役割分担はどうだろう。女性管理職は民間の課長クラス以上で7.5%、政治では閣僚が5~10%である。ようするに女性差別は、現実に根拠のある差別なのである。

それは家庭内分業や能力の反映だと、男尊主義者は言うかもしれない。だがたとい能力差があっても、男女共同参画を選んだのがわれわれの社会なのだ。平等な幸福権の追求、能力差をこえた参加型社会という理想を、日本社会もめざしているのだ。すくなくとも、能力に応じて得られる幸福は、不当な差別によって阻害されてはならないのである。

◆意外な自民党内の反応

そしてその現実に根拠のある差別(今回はジェンダー)は、感覚的に被差別者(今回の場合は女性)に不快感を与えるものだ。したがって男性は、ある程度の想像力をもって、これを感得しなければ理解できない。

自民党にとって不幸なのは、想像力のない人物が党の中枢にいることだろう。

二階俊博幹事長は、ボランティアの辞退が相次いでいることについて、

「落ち着いて静かになったら、その人たちの考えも変わるだろう」とした上で、「どうしてもお辞めになりたいということなら、新たなボランティアを追加することになる」と述べるにとどまった。事態の本質が想像できないのである。

「余人をもって代えがたい」

そう言って森会長の続投を支持したのは、世耕弘成参院幹事長である。

「(問題は)ここで収めて、五輪開催に向けて準備に邁進することが重要」と擁護してみせた。森の「功績」や「能力」と、今回の問題は別である。

「日刊ゲンダイ」によれば、「かつて、自民党の清和会を率いて首相まで経験した森会長の面倒見のよさは、永田町で有名です。多くの自民党議員が『森さんには世話になった』と思っている。要するに、森会長と『貸し借り』の関係が出来上がっているわけです。だから、“身内”である自民党議員の多くは、余計なことは言わないというわけです」(自民党関係者)という。

世界的な流れ、そして国内世論の流れが雪崩を打って森解任に向っていることすら、自民党村の村民たちは想像できなかったのである。

◆稲田朋美衆院議員の森批判

そんな中で、森会長に近いと見られている稲田朋美衆院議員が「私は『わきまえない女』でありたい」と、ツイッターで森批判をした。

稲田はみずからLGBT運動に参加するなど、保守派から愕かれる行動でも知られている。この人に政権を預けたら(かつては、安倍の後継構想だった)、まちがって戦争を始めてしまう(防衛省時代の管理能力不足)かもしれないと思われたものだが、ここでは信念をつらぬいた。

いっぽうで、これまで政界の男社会を批判し、女性の政治参画を訴えてきた自民党の野田聖子幹事長代行は、当初は森批判を封印してきた。おそらくポスト菅の隠し玉とされている(自民党関係者)ことで、男性議員を敵に回したくなかったのであろう。立憲民主党の女性議員たちが、婦人参政権運動にちなむ白いスーツで本会議と予算委に登場したのに対しても「わたしは言葉で政治をやります。白いスーツは着ません」と応じていた。

ところが10日になって、森発言を批判。辞任しか事態の収拾はありえないと会見したのである。

「今の時代の枠組みの中からすると、間違った発言だった」と指摘し「日本の国そのものがミスリードされることを懸念している。しっかりと多くの声を受け止め、自ら方向性を示していただければと願っている」

小池百合子東京都知事も、17日に予定されているIOC会長をふくめた四者会談への「欠席」を明言し、暗に森会長の辞任をせまった。これらは明らかな政治判断である。

ほかにも、早い段階で「邪魔です。出処進退は潔く」と森辞任を求めていた後藤田正純。さらには「国益を損なった森会長は辞任すべき」「この件でボイコットが行なわれたら、東京五輪は開催できなくなる」と、森元総理寄りの山本一太群馬県知事も退陣要求となった。ここに至って、森の命運は尽きたというべきであろう。

いずれにしても、森が会長職に執着し、周囲がそれを忖度していれば、東京オリンピックの開催そのものが危機に陥る事態となっていたのだ。そして自民党の総選挙での敗北も、この問題の処理に菅義偉が何ら態度を明確に出来なかった。そのことで、三度目の政権交代・自民党下野への機運がいっそう強まったと指摘しておこう。


◎[参考動画]Tokyo 2020 安倍マリオ(Al Jazeera Turk 2016年8月22日)

◎東京オリンピック開幕式まであと何日?

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。