2006年に「美しい国」を掲げて、颯爽と登場した安倍晋三はしかし、お友だち内閣の不祥事がドミノ倒しになることで、みずから潰瘍性大腸炎で退いた。2007年の参院選挙で大敗を喫したすえの、惨めな最期だった。強権的な国会答弁、極右的な言動が国民の警戒感を招いたといえよう。
そして雌伏5年、そのかんに自民党は二度目の野党時代を経験し、自分たちのツケである原発事故も生起した。沖縄基地をめぐるアメリカとの確執、大震災の災禍によって民主党政権が停滞するなか、安倍晋三は再起した。祖父に岸信介、叔父に佐藤栄作という政界のサラブレッド、長身でみてくれも良い保守期待の星として再登板したのである。
◎[参考動画]【自民党 新CM】「日本を、取り戻す。」(自民党 2012/11/29)
北朝鮮の脅威と拉致問題の解決、北方領土問題、憲法改正という3つのテーマをもって、安倍は「日本を取り戻す」と宣言したのだ。
ところが、第二次安倍政権が真っ先に手をつけたのが「生活保護基準引き下げ」だった。
もっとも貧しい人の生活費を下げるという決断は、小泉政権いらいの新自由主義であり、弱者は見捨てる政権メッセージは意外にも株価に反映した。三本の矢という、内容はふつうの財政出動とリフレへの期待がつのり、肝心の経済再生はともかく、契機は株価において浮揚した。
弱者を切り捨て、そこから生じた財源を海外援助、すなわち円借款として日本企業の海外進出をうながす。それはまた、株価の上昇に作用した。
◎[参考動画]自民党CM「この道を。力強く、前へ。」(自民党 2016/06/26)
◎[参考動画]【第48回衆院選】自民党CM(字幕)「暮らしを、子供たちの未来を、守り抜く。」編(自民党 2016/10/12)
生活保護費を削っておきながら、暮らしと子供たちの未来を守るとは、どの口が言うものなのかよくわからなかった。たしかに、それらしいものはあった。
安倍晋三が政権に返り咲いた直後、2013年に開かれた全日本私立幼稚園連合会とPTA連合会の全国大会を伝える会報「全日私幼連 情報特急便」(平成25年7月8日号)には、こんな記述がある。
「安倍総理は祝辞の中で『すべての子どもたちに、質の高い幼児教育を保障することができるよう、幼児教育の無償化の実現など、様々な政策実現に向けて政府・与党一体となって、また、皆様と手を携えて、取り組んでまいります』と述べられました」
この会報で伝えられる団体こそ、4億円の使途不明金が発覚した全日本私立幼稚園連合会なのである。
連合会と自民党のズブズブの関係を、政界で知らない者はいないという。
「熱心な自民党支持団体のひとつで、参院選では橋本聖子さんや山谷えり子さんを推薦して順位を押し上げた実績もある。2月21日の党大会では、長年の功労があった団体として、連合会を表彰する予定でしたが、使途不明金問題で取り消すことになりました」(自民党関係者)というのだ。
消えた4億円はどこに行ったのか。
事実として確かなのは、安倍政権下で幼児教育無償化がスタートしたことだ。当時は待機児童が社会問題化していたこともあり3~5歳児全員無償化は幼稚園にとって最も恩恵のある形になった。
思わぬかたちで、政権の旧悪が露見したのである。巨額の使途不明金の行方と自民党の関係、教育行政が歪められた可能性について、徹底解明が必要であろう。そのさいには、安倍総理も身の潔白をもとめられるべきだ。
◎[参考動画]【第48回衆院選】アベノミクスで成長の実感を皆さまへ(自民党 2017/10/15)
安倍政権は「アベノミクス」を打ち出し、ことあるごとに経済政策の効果を喧伝してきた。だが、その実態はどうなのか。私たちの生活は、果たして楽になったのか?
たとえば「非正規という言葉を一掃する」と言いつつも、12年に35.2%だった非正規雇用率は、19年までに38.3%に上昇したのだ。12年から19年にかけて、非正規雇用者は352万人も増えている。この数字をしかし、安倍は恥じることなく誇っているのだ。
アベノミクスで「400万人を超える雇用を増やした」などと胸を張る。いま、コロナ禍で失業に喘いでいるのは、これら400万人の非正規雇用者たちにほかならない。相対的過剰人口の流動的形態として、まさに安倍の増やした雇用者(非正規)たちは路頭に迷っているのだ。
◎[参考動画]【第48回衆院選】「観光立国で地方創生へ」(自民党 2017/10/20)
それでも安倍晋三は、神がかり的に選挙に強かった。安倍一強とは、選挙での強みを生かした官邸・党本部の一元的な支配にほかならなかった。したがって、官僚の忖度と出来の悪い新人議員の誕生、身内とお友だちを優先する体質は最後まで変わらなかった。政権末期の、凄まじいまでの政権の腐敗を再録しておこう。
《2017年》
●2月17日 森友問題発覚
●4月26日 今村雅弘復興担当大臣が失言で辞職
●5月17日 加計学園「総理のご意向」文書報道
●7月28日 南スーダンPKO日報隠蔽問題
《2018年》
●3月7日 近畿財務局の男性職員が自殺
●7月14日 「赤坂自民亭」が炎上
《2019年》
●4月10日 桜田義孝五輪担当大臣が失言で辞任
●11月18日 「桜を見る会」問題
《2020年》
●5月21日 黒川弘務東京高検検事長辞任
●5月28日 持続化給付金事業の電通中抜き疑惑
●6月18日 河井前法務大臣・案里夫妻が逮捕
●8月28日 辞任を決断
小選挙区制という政治システムの利点、官邸と党本部による政敵の排除、あるいは官製相場による見せかけの景気浮揚になじんできた政治家に、コロナ禍は容赦なかった。
アベノマスクという、ほとんど何の役にも立たない「施策」を最後に、お坊ちゃま政治家は政権を投げ出したのだ。このさき、政権にしがみついても、何ら得るところはないという聡明な判断だった。
けっきょく、北朝鮮の脅威と拉致問題の解決、北方領土問題、憲法改正という3つのテーマは、ひとつも達成できなかった。
◎[参考動画]安倍首相が会見 辞任決断の理由は(TBS 2020年8月28日)
▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。