1、2審共に死刑判決を受けている「関西連続青酸殺人事件」の筧千佐子被告(74・大阪拘置所に収容中)の上告審で、最高裁第三小法廷は29日、判決を言い渡す。
結婚相談所で知り合った交際相手や結婚相手の男性ら計4人に青酸化合物を飲ませ、うち3人を殺害するなどしたとされる筧被告。被害男性らの遺産を次々に手にしていたことなどから、メディアに「後妻業」などと言われた。
上告審では、弁護側は筧被告が進行した認知症により訴訟能力が無いなどと主張し、審理を差し戻して精神鑑定を実施することを求めているそうだが、最高裁の性質からしてこのまま死刑が確定する公算が大きいだろう。
筆者は、これまで筧被告と収容先の拘置所で面会したり、手紙をやりとりするなどの取材を重ねてきた。裁判の終結が迫ったこの時期、取材で知った筧被告の実像を紹介しておきたい。
◆思った以上に重篤だった認知症
筆者が初めて筧被告に会ったのは2017年12月中旬のこと。筧被告が一審・京都地裁の裁判員裁判で死刑判決を受けた直後の時期だ。当時収容されていた京都拘置所の面会室に現れた彼女が最初に発した言葉は今も強く印象に残っている。
「あなたのこと憶えてるよ」
初対面の筆者に対し、そう言った筧被告はきょとんとした表情で、演技をしているようには見えなかった。本気で筆者のことを他の取材関係者と間違えたのだ。
裁判中、罪を認めたり否認したり、裁判員に食ってかかったりと認知症の影響で不規則な発言を繰り返していたことは聞いていたが、会ってみた印象として認知症は思った以上に重篤なようだった。
筧被告は逮捕前、疑惑を追及する報道陣の前に厚化粧で現れていたが、面会室ではすっぴんで、顔にはシワとシミが目立った。服装も上がニット、下は八分丈のジーンズというラフな感じで、「関西の普通のおばちゃん」というのが率直な第一印象だった。
死刑判決を受けた感想を尋ねても、「今さら、どうのこうの無いです。あす死刑になってもいいという気持ちです」と語る様子は実にサバサバしていた。
「私はたしかに人を殺しましたが、殺したのは筧さん(=逮捕時に婚姻関係にあった被害者の1人・筧勇夫さんのこと)だけです。そのことは声を大にして言います」
そんな筧被告の言葉は明らかに事実と異なっていたが、本人は真顔だった。本気で1人しか殺していないと思い込んでいる可能性も否めないように思われた。
◆出生の複雑な事情
筧被告は北九州市の出身で、野球の強豪としても有名な地元屈指の進学校・東筑高校を卒業しているが、面会中の会話から母校への愛着が非常に強いことが窺えた。そこで、東筑高校が選抜の甲子園出場を決めた際、ネット上の関連記事を郵送で差し入れたところ、大変喜び、速達でお礼の葉書を届けてきた。
そんな様子からは決して悪い人物には感じられなかった筧被告だが、反面、何の罪もない男性たちを金目当てに次々に殺めてきたことへの罪の意識もまったく感じ取れなかった。月並みな言い方をすれば、サイコパス的な人物だとも思えたが、なぜ、そんな人格になったのか。その謎を解くキーポイントになると思われるのが出生の複雑な事情だ。
筧被告は、八幡製鉄の社員だった父と母に育てられたが、この両親とは血のつながりがなかった。しかし、本人は大人になるまでそのことを知らず、ある日突然、産みの親から手紙が届いたことにより自分の出生の事情を知ったという。
「産みの親には、育ての親が死んでから会いましたよ。向こうは喜んでましたね。私はシラけてましたけど」
淡々とそう振り返った筧被告だが、筆者が「やっぱり育ての親のほうが大事ですか?」と質すと、突然感情を昂らせた。「そうですね。育ての親が大事です。今でも…」と言いつつ、両目から涙をポロポロこぼし始めたのだ。
その様子からは、出生の複雑な事情を知ったことは筧被告にとって、人生で最大級のショッキングな出来事だったことが察せられた。筧被告が次々に金目当てに人を殺めるような人格になったのは、少なくともこの出来事と無関係ではないだろう。
ただ、筧被告本人は進行した認知症のせいで、今は自分がなぜ人を殺すようになったかを思い出すことすら無理だろう。それはすなわち、彼女の心の闇に光が当てられる日も永遠に訪れないだろうということだ。
▼片岡 健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。