◆そもそも自民党は本当に「国民政党」なのか?

自民党総裁選挙はおおかたの予想どおり、岸田文雄新総裁の誕生となった。


◎[参考動画]【速報】新総裁に岸田文雄氏を選出 自民党総裁選(TBS 2021年9月29日)

第1回投票
      議員票  地方票  合計
岸田文雄  146   110   256 ☆
河野太郎   86   169   255 ☆
高市早苗  114    74   188
野田聖子    34    29    63
   
決戦投票
      議員票  地方票  合計
岸田文雄  249     8   257☆当選
河野太郎  131    39  170

110万人の自民党員が投票する選挙を、国民の意志といえるのかどうか。党内選挙にすぎないものを、メディアが大々的に取り上げるのはいかがなものか。という意見があるのは当然だが、しかし国政選挙の選挙行動の大半が自民党員によるものであれば、自民党総裁選が実質的に総理大臣を決める選挙になるのも仕方がないであろう。

選挙に行かない国民、政治に興味のない国民が自民党政権を支えてきたことは、前信(2021年9月21日付本通信)で明らかにしたとおりだ。

そして、そのアパシーをそれとして放置(浮動層は投票に来ない方がいい=森喜朗発言)しながら、総選挙を政治ショーとして国民(自民党支持者)への求心力を発揮したのである。党内の政策論争を、ここまでテレビでアピールし、候補者個人のパーソナリティーにいたるまで発信した自民党の手管に感心するにかない。

ひるがえっていえば、野党も代表選挙こそやってはいるが、およそ国民に開かれたものとは言えない。党員・サポーターに限定せずに、国民に投票権を開放するぐらいの工夫があってしかるべきではないか。たとえば、立憲民主党が自民党候補をふくめた国民投票を実施し、自民党政治家に負けたらこう宣言するのだ。

「われわれが政権を担うときは、自民党から閣僚を招致する」などと。冗談ではなく、そのくらいのパフォーマンスによる訴求力が、いまの野党には必要なのだ。

国民政党を自認する共産党に至っては、党大会で幹部会推薦の執行部が追認されるだけの、いまだにレーニン「共産主義以上のあるもの(信頼に基づいた選出)」(「何をなすべきか」1902年)を踏襲しているありさまだ。

これでは、将来かりに共産党政権が成立しても、中国や北朝鮮のように公開選挙に因らない指導部が独裁制を敷くと思われても仕方がないであろう。共産党には、拠点校である立命館、都立大学、東京大学出身者が幹部の多数を占めるという、学閥傾向がある。このかんの野党共闘や大衆運動局面での幅広イズムも、この上意下達の中央集権組織の力によるものであることを、知っておくべきであろう。パルタイはどう変わってもパルタイなのである。こうした野党の現状を考えると、自民党の柔軟さ、幅の広さが際立つ総裁選挙となった。

というわけで、ここ3週間にわたり国民の注目を集め、メディアを独占してきた自民党の「国民政党」としての総決算が終わった。


◎[参考動画]【ノーカット】自民党岸田文雄新総裁 挨拶(日本テレビ 2021年9月29日)

◆岸田で挙党一致ができるのか?

今回の総裁選の構造は、周知のとおり複雑な人間関係(感情)が支配するところとなった。政治は理念や政策ではないのか、という疑問が噴出しそうなところだが、政治は感情で動くものなのだ。

新鮮さと発信力で国民的な人気となった河野太郎は、これまた国民に人気のある石破茂と小泉進次郎を陣営に迎えることで、党内主流派の感情的な反発を買った。

すなわち、石破茂とは不倶戴天の敵である安倍晋三の反発である。同じく、みずからが総理だったころに「麻生おろし」の急先鋒だった石破憎しの一点で、自分の派閥の候補でありながら、河野太郎の背後から弾を撃つ派閥の領袖・麻生太郎。

いずれにしても、河野太郎は「赤い自民党員」「反原発や女系天皇など、何を言い出すかわからない男」として、党内人気は若手の改革派以外はゼロに近かった。若手の自由投票運動も派閥の領袖、とりわけ安倍晋三の猛烈な切り崩しに遭ったといえよう。

いっぽうの岸田文雄は、二階俊博を幹事長の座から引き下ろすという、彼にしては大胆かつ訴求力のある発信によって、しかし二階派の支持をうしなった。そこで岸田が選択したのは、決選投票における高市早苗との選挙協定だった。政策においては、およそ正反対の極右派高市と組み、最終的に派閥選挙に乗っかるかたちで決選投票を勝ち抜いたのである。

このリベラル(宏池会)と極右(安倍派)の提携は、ほかならぬ岸田陣営の祝勝集会の場に、高市早苗が\(^o^)/をしながら現れることで周知の事実となった。岸田政権は多数派形成の野合で成立したのである。ここに、旧態然たる自民党の田舎政治があるにしても、自民党は総選挙の「新しい顔」を得たのである。

ひきつづき、10月はじめには明らかになる党内人事、就任後の閣僚人事に注目したい。選挙の結果は、そのまま政局なのである。


◎[参考動画]【LIVE】自民党 岸田文雄新総裁 記者会見(FNN 2021年9月29日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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ノンフィクション作家の小説、新宿の70年前後を舞台にした青春群像である。高部務には『新宿物語』『新宿物語70』という先行作があり、シリーズ三弾目となる。ノンフィクション作家ならではの、時代背景の描写がリアルで、団塊の世代には懐旧を、その後の世代には追体験が楽しめること請け合いだ。

 

9月25日発売! 高部務『馬鹿な奴ら ベトナム戦争と新宿』

トカラ列島(屋久島の南西)の諏訪之瀬島に移住者たちがつくったコミューン、ピンク映画の男優体験、アンパン(シンナー)とフーテン仲間の死、

歌舞伎町のジャズ喫茶・ヴィレッジゲート、新宿風月堂、名曲喫茶王城、モダン・アート、蠍座など、いまはなき実在の店が登場するように、これらのエピソードは実体験なのであろう。

実在の事件も登場する。ベ平連の米兵脱走支援(イントレピッド号)である。

作品全体をやわらかくしている仲間内の会話、マリファナにジャズ、フォークソング、ゴーゴー喫茶の日常生活のなかに、アメリカ兵のベトナム体験の生々しさが、突如として陰惨な戦争を持ち込むことになる。このあたりは、書き手のやさしい人柄を思わせる文体のなかに、垣間見せるノンフィクション風の棘(とげ)だ。殺したベトコンの眼をえぐり出し、切った耳をコレクションする。

作品の背景にはベトナム戦争があり、米軍基地と立川の街を舞台にしたタミオの章も、新宿の空気をいっそう広くしたような時代の気分がある。飲み逃げ米兵に射殺されたクラスメイトの父親の記憶、轟音をたてて飛びかう米軍機。そして物語は三里塚闘争へと展開する。

◎参考カテゴリーリンク「三里塚」http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=63

◆つぎは70年代を描いてほしい

ノンフィクション風のフィクションという評価でも、三里塚の東峰十字路事件(警官3名が殉職)は、事実をふまえたほうが良かった。

警官を「殲滅」したのは駒井野に立てこもった中核派ではなく、青年行動隊が主導した反中核派連合(社青同解放派、ブント系では叛旗派と情況派、黒ヘル、京学連、日中)である。

ベトナム戦争を侵略戦争(帝国主義戦争)と批判し、反戦運動を繰り広げていた新左翼諸派のなかに、セクト主義や内ゲバという「戦争=党派闘争の病根」が顕われているのを、主人公は時代の雰囲気とともに感じ取っているが、そこはべ平連な位置から踏み込んでいない。

ラストシーンで「連合赤軍の妙義山でのリンチ事件は、政治闘争を超えて殺人集団になり下がった下衆の集まりだな」と、喫茶店ウィーンで語る反戦青年委員会の言葉は、そのまま70年代に内ゲバ大量殺人の地獄を見ることになるはずだ。

来年は、その連合赤軍事件50年である。高部には70年代の政治運動の頽廃、反戦をとなえながら人を殺すにいたる運動の悲劇を書いてほしいと思う。

※『馬鹿な奴ら』は9月25日発売 
定価1540円(税込)四六判 304ページ ソフトカバー装 鹿砦社・刊
【内容】第一章 日本に誕生したコミューン / 第二章 ピンク映画 男優誕生 / 第三章 フーテンの無縁仏 / 第四章 新宿にも脱走兵がいた / 第五章 奨学生新聞配達少年 / 第六章 前衛舞踏カップル

【著者プロフィール】 1950年山梨県生まれ。『女性セブン』『週刊ポスト』記者を経てフリーのジャーナリストに。新聞、雑誌での執筆を続ける傍ら『ピーターは死んだ――忍び寄る狂牛病の恐怖』や『大リーグを制した男 野茂英雄』(共にラインブックス刊)『清水サッカー物語』(静岡新聞社刊)などのノンフィクション作品を手掛ける。 2014年、初の小説『新宿物語』(光文社刊)、続けて『新宿物語70』(光文社刊)執筆。『スキャンダル』(小学館刊),『あの人は今』(鹿砦社刊)。『由比浦の夕陽』で2020年度「伊豆文学賞」優秀作品賞受賞。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。3月横堀要塞戦元被告。

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1990年代から叫ばれた「地方分権」。絶対善のように多くの人は思っていました。
「市町村を合併し『分権の受け皿』にすれば、オリジナリティのある地域ができる」という意見。

しかし、あれから30年。現実にはどうだったのでしょうか?

「地方分権」についての総務省の描いた絵をもっとも忠実に実行したのは、ほかでもない我が広島県の前知事・藤田雄山(在任1993-2009年、2015年死去)でした。当時、わたくし・さとうしゅういちは、主に山間部の介護・福祉・医療などの行政を担当する県庁マンでしたので藤田は上司でした。まさに、「渦中」で起きたことを目撃していました。

以下の広島県のホームページは「地方分権のトップランナーとして、市町の体制整備を推進してきました。」と自慢しています。
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/36/26gappeikennsyou.html

2003年2月から2006年3月の間に、広島県内の市町村数が86から23に減少し、市町村の減少率は73.3%と全国第2位となりました。そして、県から市町への「権限移譲」(現実には、「丸投げ」)を進めてきました。

筆者のかつての職場だった広島県庁

◆合併で人口急減・魅力喪失に拍車

わたしが、県庁マン時代に担当していた自治体のひとつは三次市です。この三次市は、もともとは旧三次市と君田、布野、作木村、三和(みわ)、三良坂、甲奴町が合併してできました。合併して発足した直後の2004年には61823人いた人口は2021年9月には50,603人へ1万人以上激減しました。

「これからは人口が減るからそれに備えて合併してスケールメリットを確保しておく必要がある」などの意見も20年前は根強くありました。しかし、現実には、合併前から懸念されたとおり、吸収合併された地域の行政サービスが手薄になり、不便になりました。その結果、地域の人々が三次市の中心部を通り越して、広島市や首都圏などの大都市に流出する。自分で自分の首を絞める結果になっています。これは、別に県北部の三次市だけではありません。

県南部の沿岸部の呉市なども合併を進めた結果、同様の現象が起きています。呉市の場合は「各市町村に分かれていた時代のほうが、地域のオリジナリティが発揮されてよかった。いまは離島も呉市中心部もいっしょくたくになり、魅力が減った」(県内自治体に詳しい企業経営者)という指摘もあります。

県は市町村に「仕事を丸投げ」した一方で、職員を新規採用抑制という形で大きく減らしました。団塊世代退職が相次いだ時代に、わたしの後輩にあたる新人職員はほとんど入ってきませんでした。

一方、合併した市町村も合併直後は「合併特例債」でハコモノ整備では優遇措置を受けました。しかし、地方交付税交付金については「合併してスケールメリットがある」という想定の計算式にもとづいて合併前の市町村の交付税合計より、大きく減らされました。その結果、各市町村とも公務員の総数を減らすことになります。各市町とも、「合併で専門的な公務員を確保できる」という想定された結果にはなっていないとわたしは、県の立場からみて、感じました。新規採用を減らしたために、公務員という形で若者が地域に定着してくれることも減りました。街も人口減少以上にさびれた感じになったのを記憶しています。

◆相次ぐ災害・大水害とコロナで行政現場はパンク状態

こうした中、2018年、西日本大水害2018が発生。ご承知のとおり、本県は最大の被災地となりました。「被災者支援や復旧が遅れている」という住民の皆様の悲鳴はとくに、吸収合併された旧市町村地域から多く上がりました。吸収合併された地域では、役所が支所に格下げされて人材がいない。また、人々の意見を当局に伝える役割もある議員も合併による定数減少でいないことが、状況の悪化に拍車をかけました。そして、広島県庁でも「復興予算は国が出してくれてもそれを執行するだけの公務員がいない」(野党系地方議員)のです。

さらに、2020年にはコロナが追い打ちをかけています。広島県庁では2020年1年間でほぼ二年分の労働時間を働かされた、という職員がコロナ担当部局におられました。月80時間の過労死ラインどころの話ではありません。こんなことになる余裕のない執行体制にした前知事・藤田の罪は誠に重い。また、その藤田がやったことに積極的に軌道修正をかけなかった現知事や県議会の怠慢も問われます。

生前の藤田はあの河井案里元被告とは不倶戴天の政敵です。県議だった彼女に「男らしくおやめなさい」と叱責されたことでも有名です。しかし、中央政府の「いいなり」での合併や「分権」を「トップランナー」で進めてきたこと、言い換えればサービスの切り捨てを「大阪維新」など真っ青になるレベルで先んじて進めてきたことは広島県民にも意外と知られていません。河井案里さんが広島県史上最悪の金権腐敗政治家だったことは明らかです。しかし、彼女と犬猿の仲だったからといって、前知事の藤田や藤田を毎回の選挙で推していた与党の主流派や大手労働組合を持ち上げるのも考えものです。

一方、吉村知事率いる維新のもと、公務員削減路線を突き進む大阪府民の方に申し上げたいのは、以下のことです。広島県が中央官僚のいいなりで進めて失敗したおなじようなこと(自治体を弱体化させる)を、大阪では繰り返さないでいただきたいのです。

◆衰退につけ込んだ河井夫妻

また、河井克行被告人は、上記のような市町の窮状につけこみ、横柄な態度を首長や地方議員に日頃からとってきました。そしてご承知のとおり、参院選2019では、強引にお金を渡して案里さんの選挙を応援させようとしました。実際に、「案里・克行の機嫌を損ねたらわが町に補助金がこなくなる」とびびってお金をもらってしまった方もおられました。

もちろん、なにがあっても買収に応じてはダメですし、応じてしまった方は即刻、腹を切っていただきたい。本当は克行被告が市町の事業を妨害してきたら「国地方係争処理委員会」に堂々と訴えればいいことです。

しかし、官製「地方分権」の結果、地方の衰退が加速したことが、「腐った国会議員」が「焦る地方自治体相手にいばり散らす」結果をもたらしたといえるでしょう。

◆国・都道府県が責任をもつべきはもて

官製「地方分権」により地方衰退に拍車がかかってしまいました。その結果、県内の鉄道で維持が難しくなった路線もあります。正直、手遅れの部分もあります。しかし、広島県内でも、全国の他の都道府県でも、これ以上傷口を広げない努力は必要です。以下の点を提言したい。

〈1〉医療・福祉や危機管理などにあたる現場公務員をふやすこと。そのために予算をつけること

もはや、公務員を減らしすぎた弊害は災害やコロナであきらかです。菅政権は2021年度、41年ぶりに公務員定数の増加を実施しました。菅政権でさえ、ともいえます。野党のなかにも、公務員をバッシングして票を取る手法を取ってこられた議員もおられます。しかし、今回の衆院選で政権を狙うなら、路線転換していただかなければなりません。

〈2〉国や都道府県がバックアップすべきはバックアップすること

鳥取県の日野郡では、郡内の3つの自治体と鳥取県が「条約」にあたる「連携協約」を結んで福祉や教育、鳥獣害から観光振興に至るまで、話し合って柔軟に仕事を分担するようにしています。鳥取県では前知事・片山善博さんの時代に日野郡内の町村の仕事を県が一部請け負うための地方機関を設置しており、2014年の地方自治法改正をうけて、全国はじめての連携協約を2015年6月に締結したのです。
鳥取県日野郡連携会議

なんでもかんでも市町に丸投げした広島県のやり方ではない道があるのです。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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大阪府の広報紙『府政だより』が大幅に水増しされ、廃棄されていることが分かった。

わたしは、全国の地方自治体を対象に、新聞折り込みで配布される広報紙が水増しされ、一定の部数が配達されずに廃棄されている問題を調査してきた。

 

大阪府の広報紙『府政だより』

この記事では、情報公開請求で明らかになった大阪府の『府政だより』のケースを紹介しよう。悪質な事例のひとつである。

大阪府は、広報紙『府政だより』(月刊)を発行している。配布方法は、大阪府のウェブサイトによると、「新聞折り込み(朝日、毎日、読売、産経、日経)」のほか、「府内の市区町村をはじめ、公立図書館、府政情報センター、情報プラザ(府内10カ所)などに配備」している。さらに「民間施設にも配架」しているという。

このうちわたしは大阪府に対して、新聞折り込みに割り当てられた部数を示す資料を、過去10年にさかのぼって開示するように申し立てた。その結果、6年分が開示された。

データを解析した結果、『府政だより』の新聞折り込み部数が、大阪府における日刊紙の流通部数をはるかに超えていることが分かった。ここでいう流通部数とは、日本ABC協会が定期的に公表している新聞の発行部数のことである。新聞社が販売店に搬入する部数だ。

次の表に示すのが、ABC部数(朝日、毎日、読売、産経、日経)と『府政だより』の折込枚数の比較である。いずれの調査ポイントでも、『府政だより』の部数が、新聞の流通部数を大きく上回っている。

ABC部数(朝日、毎日、読売、産経、日経)と『府政だより』折込枚数の比較

上の表に示したように、2020年10月ごろには、少なくとも約10万部が水増しされている。

たとえ「押し紙」(新聞社が販売店に割り当てるノルマ部数で、残紙とも言う)が1部たりとも存在しなくても、『府政だより』が水増し状態になっている実態が判明した。「押し紙」が存在すれば、水増しの割合はさらに増える。

筆者が「水増枚数」として表で示した枚数は、「予備部数」に該当するという考え方もあるが、たとえそうであっても「予備部数」の割合がばらばらになっており、場当たり的に部数を決めたとしか思えない。

ちなみにこれらの部数には、販売店を通じてコンビニなどに卸される新聞部数も含まれている。これらの新聞に、『府政だより』は折り込まれない。従って新聞に折り込まれずに廃棄される『府政だより』の部数は、表で示した部数よりも多い。

◆堺市で5年にわたり新聞部数をロック

ABC部数に「押し紙」が含まれていれば、水増しの割合はさらに高くなる。そこでわたしは、大阪府に「押し紙」が存在するかどうかを調べることにした。

結論を先に言えば、全国のほとんどの新聞社が「押し紙」政策を採用している。ここ数年に限ってみても、読売新聞、毎日新聞、産経新聞で、元店主が「押し紙」による損害賠償を求める裁判を起こしている。

そこでわたしは、大阪府堺市をモデルとして、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、産経新聞、日経新聞の「押し紙」の実態を検証した。堺市を選んだのは、堺市が大阪府の大都市であり、ここに「押し紙」が多いという話を聞いたことがあったからだ。

「押し紙」の量は、販売店の内部資料を入手しない限り把握することはできないが、新聞社が販売店に搬入する部数が、新聞購読者の増減とは無関係にロック(固定)されていれば、「押し紙」政策が敷かれていると考え得る。 

新聞は「日替わり商品」であり、在庫にする価値がないので、毎月、販売店からの注文部数が変化しなければ不自然だ。

次に示すのは、大阪府堺市における読売新聞のABC部数の変化である。着色した部分は、部数に変化がなく、部数がロックされていると解釈できる。

大阪府堺市における読売新聞ABC部数の推移

東区では、5年間に渡って読者の増減が1部もない。常識ではありえないことである。残紙となった新聞は、『府政だより』と一緒に廃棄された可能性が高い。

朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、日経新聞についても、次に示すように同じようなロック状態が観察できる。

大阪府堺市における朝日新聞ABC部数の推移

大阪府堺市における毎日新聞ABC部数の推移

大阪府堺市における産経新聞ABC部数の推移

大阪府堺市における日本経済新聞ABC部数の推移

なお、堺市以外でも、同じような実態があちこちで確認できる。

◆「押し紙」のない熊本日日新聞

ちなみに次に示すのは、「押し紙」政策を導入していない熊本日日新聞の例である。ロックされている箇所は一ヶ所もない。正常な取り引きを反映した結果である。

熊本日日新聞は、「予備紙(残紙)」の割合を、搬入部数の1.5%とする販売政策を公表している。それゆえに取り引きが正常で、販売店主が部数の増減を決めることができる。

熊本市における熊本日日新聞ABC部数の推移

わたしは熊本県全域を調査したが、熊本市と同様に部数のロックは1件も発見できなかった。(この点に関しては、別に報告する機会があるかも知れない。)

◆ホープオフセット共同企業体

大阪府の『府政だより』の配布業務を請け負っている広告代理店は、年度により変わっている。最近は、福岡市に本社にあるホープオフセット共同企業体という団体が、『府政だより』の印刷と新聞販売店への配布を請け負っている。この共同企業体は、(株)ホープと毎日新聞社系の(株)高速オフセットで構成さている。

わたしが情報公開請求で入手した資料に、(株)ホープの連絡先が記されていたので、電話で事情を聞いた。次のような説明だった。

「弊社が広告販売を担当させていただき、高速オフセットさんが印刷を担当されています」

次に高速オフセットに事情を聞いた。しかし、応対した社員は、

「契約事項なのでお答えできません」

と、言って乱暴に電話を切った。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

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コロナウィルス感染者との濃厚接触者、またはその疑いがある者と該当する選手の欠場で、3試合が中止となりました。陽性者でも負傷欠場でもないだけに勿体無い事態も、止むを得ないコロナ禍の社会情勢です。

それでも実力拮抗の戦いが続いたNJKF興行。かつてNJKFのスーパーウェルター級(-69.85kg)王座獲得した健太と、スーパーフェザー級(-58.97kg)王座獲得した鈴木翔也が今回ライト級で対戦。WBCムエタイ日本ライト級チャンピオン、永澤サムエル聖光への挑戦権を懸けた試合で勝利した健太は次回、ウェルターに続く階級を落としてのWBCムエタイ日本2階級制覇を狙うことになりました。

IBFムエタイ世界ジュニアフェザー級チャンピオン、波賀宙也は2019年9月23日の王座決定戦での戴冠以来、コロナ禍の影響もあって防衛戦は目処が立たない中、ノンタイトル戦も儘ならず、1年半のブランクを経て10歳若い大田拓真と対戦。

国崇vs前田浩喜戦は過去、2007年11月23日は前田が勝利しNJKFバンタム級王座戴冠、2009年9月23日は国崇が勝利しWBCムエタイ日本スーパーバンタム級王座を戴冠(いずれも王座決定戦)。ここで12年の時を経て行われる第3戦となりました。

攻めて出る松本龍斗にパンチからヒジ打ちを振るった直後の安本晴翔

側頭部を斬られた松本龍斗、髪が長ければ深くなかったかも

◎NJKF 2021.3rd / 9月19日(日)後楽園ホール17:30~20:35
主催:NJKF / 認定:WBCムエタイ日本協会、NJKF
(戦績はプログラムを参照)

◆第8試合 第8代WBCムエタイ日本フェザー級王座決定戦 5回戦

1位.松本龍斗(京都野口/2000.2.3京都府出身/57.1kg)
     VS
安本晴翔(WPMF世界フェザー級C/橋本/2000.5.27東京都出身/56.85kg) 

勝者:安本晴翔 / TKO 3R 0:46 / 主審:多賀谷敏朗

安本晴翔の先手から当て勘の良さが目立つハイキックでの顔面狙い。距離感を掴み、詰め方が速いパンチヒット。

松本龍斗の右目尻は早くも腫れ上がる。

松本の動きは悪くないが、やや出遅れる印象。

第3ラウンドには誘い込んだロープ際で右ヒジ打ちを振るうと松本の側頭部が切れてドクターの勧告を受入れレフェリーストップとなった。

安本晴翔は24戦21勝(12KO)1敗2分。松本龍斗は20戦15勝(6KO)5敗となった。

安本晴翔は国内王座三つ目のベルト、左は橋本敏彦会長、右は白幡裕星

◆第7試合 WBCムエタイ日本ライト級次期挑戦者決定戦3回戦

鈴木翔也のヒジ打ちをブロックする健太

2位.鈴木翔也(NJKF同級C/OGUNI/1987.7.22宮城県出身/61.15kg)
     VS
1位.健太(=山田健太/E.S.G/1987.6.26群馬県出身/61.0kg) 
勝者:健太 / 判定0-3
主審:竹村光一
副審:多賀谷29-30. 少白竜29-30. 中山29-30

両者のパンチ、ヒジ、蹴りの下がらぬ攻防。軽いヒットはあるが、ダメージを与えるには至らない序盤。

第2ラウンドに入ると組み合ってのヒザ蹴りも加わる攻防は動きを止めない両者。

第3ラウンドも、勝利を導きたい両者はノックダウンを奪うか、ヒジで斬りたい接近した攻防が続く。

差が付き難い展開は第2ラウンドだけジャッジ三者とも健太に10-9が付いた形の3-0判定。健太は100戦62勝(18KO)31敗7分。鈴木翔也は44戦23勝(8KO)20敗1分となった。

鈴木翔也vs健太。どちらもベテラン、100戦目の健太の右ストレートが44戦目の鈴木翔也にヒット

◆第6試合 57.0kg契約3回戦

IBFムエタイ世界Jrフェザー級チャンピオン.波賀宙也(立川KBA/1989.11.20東京都出身/57.0kg) 
     VS
WBCムエタイ日本フェザー級チャンピオン.大田拓真(新興ムエタイ/1999.6.21神奈川県出身/56.9kg)
勝者:大田拓真 / 判定0-3
主審:宮本和俊
副審:多賀谷29-30. 竹村29-30. 中山29-30

序盤から蹴りパンチの目まぐるしい動きが続く中、若い大田拓真が柔軟な動きも10歳差を感じさせない波賀宙也の動きも悪くない。第2ラウンドに入ると蹴りで圧力かけてきた波賀。応戦する大田も多彩に攻め攻防互角。

ジャッジが付けたラウンドも第2ラウンドに一人、第3ラウンドに二人が10-9を大田に付ける僅差3-0判定となった。大田拓真は27戦20勝(5KO)6敗1分。波賀宙也は41戦26勝(4KO)12敗3分となった。

波賀宙也の蹴りに合わせた大田拓真の左フック、攻防は激しかった

相打ち覚悟の攻防続いた大田拓真と波賀宙也

◆第5試合 57.0kg契約3回戦

ISKAムエタイ世界フェザー級チャンピオン.国崇(=藤原国崇/拳之会/1980.5.30岡山県出身/57.0kg)
     VS
WBCムエタイ日本スーパーバンタム級2位.前田浩喜(CORE/1981.3.21東京都出身/57.0kg)
勝者:前田浩喜 / TKO 3R 2:58 /
主審:少白竜

前田浩喜の左ハイキックが冴える。国崇はパンチ中心の攻め。第3ラウンド、ロープ際に詰めた形の国崇が前田の右フックでノックダウンを喫する。最後は再びロープ際で前田の左フックを食らって倒れた国崇、レフェリーが即座にストップした。前田浩喜は45戦28勝(12KO)14敗3分。国崇は101戦56勝(37KO)42敗3分となった。

国崇vs前田浩喜。前田の左ハイキックが冴えたヒットを見せる

◆第4試合 女子(ミネルヴァ)47.5kg契約3回戦(2分制)

アトム級(-46.266kg)チャンピオン.erika(SHINE沖縄/1990.2.6沖縄県出身/47.45kg)
     VS
ピン級(-45.359kg)チャンピオン.Ayaka(健心塾/2001.5.29大阪府出身/47.2kg)
勝者:erika / 判定3-0
主審:中山宏美
副審:少白竜30-28. 竹村30-28. 宮本30-28

ウェイトでは大差は無いが、体格的な圧力があるerikaの攻勢。Ayakaがバックハンドブローで形勢逆転を狙うが、クリーンヒットに至らずerikaが判定勝利。erikaは10戦9勝(2KO)1敗。Ayakaは15戦10勝(2KO)5敗となった。

◆第3試合 フライ級3回戦

吏亜夢(ZERO/2004.12.3栃木県出身/50.6kg)vs嵐(キング/2005.4.26東京都出身/50.75kg)
引分け 1-0
主審:中山宏美
副審:多賀谷29-29. 竹村29-29. 宮本30-28

両者ともアマチュア・キッズ時代からキャリアを積んだ者同士。年寄りから見れば2005年生まれなんて、ほんの最近じゃないかと思えるが、嵐は3戦2勝1分。吏亜夢は6戦3勝(2KO)2敗1分となった。

◆第2試合 S-1レディースジャパン・スーパーフライ級トーナメント準決勝3回戦(2分制)

梅尾メイ(B9/1987.7.15/愛知県出身/51.45kg)
     VS
KOKOZ(TRY HARD/2001.10.24神奈川県出身/52.1kg)
勝者:KOKOZ / 判定1-2
主審:宮本和俊
副審:多賀谷30-28. 少白竜29-30. 中山29-30

6月27日にIMARI(LEGEND)に判定勝利しているルイ(クラミツ)とKOKOZで11月7日に決勝戦が予定されます。梅尾メイは21戦10勝10敗1分。KOKOZは9戦6勝3敗となった。

梅尾メイvsKOKOZ。しぶとく攻めたKOKOZのパンチが優る。決勝戦進出を決める

◆第1試合 アマチュア女子45.0kg契約2回戦(90秒制)

堀田優月(闘神塾)vs池田想夏(MIYABI)
勝者:堀田優月 / 判定3-0 (20-18. 20-18. 20-18)

安本晴翔の左ハイキックが松本龍斗にヒット、鮮やかさが目立った

《取材戦記》

安本晴翔の評判がいい。蹴り、パンチ、ヒジ打ちなどの高い確率のKOに繋げる技を持ち、2019年4月からこれで11連勝となる。今後もいろいろなルールの興行、試合に出場となるだろうが、これから各メディアへ登場も増えるだろう。「5回戦ヒジ打ち有効の純キックボクシング」として成長して貰いたいものである。

国崇の試合前のインタビューで「3回戦だとドンドン自分から行かないと、ミスをした場合に巻き返す時間はない。5回戦の時は1ラウンド取られても“どこかで倒せるかな”みたいなつもりでやっていくんですけど……(一部抜粋)。」といった内容を語っていたが、ベテランやチャンピオンクラスが好ファイトを繰り広げながら、力を持て余して3ラウンドで終了するのは試合の重みも軽減され勿体無く思う。

波賀宙也vs大田拓真の試合では「3ラウンドじゃ足らん!」と溢した関係者の一人。技の上手さやスピード、パワーだけではない総合力を見るには長丁場が必要。5回戦時代を知る者から見れば同意見は多いだろう。

波賀宙也は11月にIBFムエタイ世界Jrフェザー級王座防衛戦が予定されますが、緊急事態宣言など規制が緩和されれば、相手国の規制も鑑みながらも、挑戦者や立会人の無難な来日を祈りたいものです。

NJKF次回興行は11月7日(日)に後楽園ホールにて開催予定。コロナによる規制が徐々に解かれる見込みも出てきた現在、諸々の国際戦も復活に繋がるでしょう。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

8月27日、読売新聞の男性記者(32)の不祥事が各メディアで一斉に報道された。報道を総合すると、男性記者は司法記者クラブに所属していた昨年8、9月、取材で得た情報を週刊誌の女性記者に漏えいし、不適切な関係を迫っていたという。読売新聞は、この男性記者について「厳正に処分する」とコメントしたそうだ。

しかし、本当にこの男性記者は悪いことをしたのだろうか?

◆検事総長秘書官のセクハラ疑惑は闇に葬り去られたほうが良かったのか?

まず、大前提として踏まえる必要があるのは、記者クラブに所属する新聞記者が取材で得た情報を週刊誌の記者に提供するというのは、日常的に行われているということだ。週刊誌の事件記事では、よく「社会部記者」とか「司法担当記者」などという肩書の人物がコメントしているが、あれがそうである。

これを「取材情報の漏えい」と表現すれば、いかにも悪いことであるような印象だ。しかし、記者クラブに所属する新聞記者がその特権的地位により得た情報について、記者クラブ非加盟のメディアに提供することが「悪いこと」と言い切れるだろうか? 

これを「悪いこと」と言い切れるとすれば、新聞記者が記者クラブに所属しているがゆえに知り得た公的機関の不祥事について、何らかのしがらみにより自社で報道できなかった場合、週刊誌などの記者クラブ非加盟メディアに報道させることも「悪いこと」になってしまう。それは明らかにおかしいだろう。

実際、今回の読売新聞の男性記者の場合、週刊誌の女性記者に漏えいしたのは、検事総長秘書官のセクハラ疑惑に関する取材情報だそうだ。そしてこの検事総長秘書官のセクハラ疑惑は、読売新聞では報じられず、男性記者が情報を漏えいした女性記者の週刊誌で報じられたという。

検事総長秘書官という公的機関の重要ポストについている人物のセクハラ疑惑は、闇に葬り去られても良い情報とは思い難い。それを週刊誌に報じさせ、明るみに出した読売新聞の男性記者の取材情報漏えい行為は公益にかなっていると言える。

 

◆男性記者が下心から情報を漏えいさせたような報道もあるが……

一方、今回の読売新聞の男性記者については、取材情報を漏えいした週刊誌の女性記者に不適切な関係を迫っていたとか、「女性記者によく思われたかった」と話しているとかいう情報も報じられている。また、男性記者はテレビ局の女性記者に対しても、検察などの捜査にかかわる取材情報を漏らしたと説明しているとの報道もあった。このあたりの情報がクローズアップされ、男性記者が下心から他社の女性記者に取材情報を漏らす人物であるようなイメージが形成されている。

しかし、不適切な関係を迫っていたということについては、一体何をしたのかが明確ではない。「女性記者によく思われたかった」というのも同様だ。テレビ局の女性記者に検察などの捜査にかかわる情報を漏らしたという話についても、どのような情報をどのような事情から漏らしたのかがまったくわからない。

しかも、各メディアの報道を見ると、これらの情報はいずれも読売新聞側が発信したものであることは明白で、その点からも鵜呑みにできない情報だと言える。検事総長秘書官のセクハラ疑惑を知りながら報じなかった読売新聞にとって、それを週刊誌に報じさせた男性記者は内部告発者的な存在だからだ。読売新聞から発信される男性記者に関する情報は、ネガティブなものばかりになって当然なのである。

現時点で明らかになっている情報だけでは、この男性記者の行為が正しいことだと断定するわけにもいかない。しかし、少なくとも悪いことだと断定できないのは明らかだ。できれば、男性記者本人が公の場で事情を説明し、反論すべきことは反論してくれたらすっきりしそうだが、それは難しいのだろうか。

▼片岡 健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

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「介護・福祉労働者の抜本的処遇改善」は、この20年ちかく、わたくし、さとうしゅういちの一貫した主張です。2021年の参院選広島再選挙立候補に際しても新聞広告という形などで主張させていただきました。その原点は県庁マン時代にさかのぼります。

◆県庁マン時代 あまりに低い介護現場の労働条件に憤り

わたくしは、広島県庁マン時代(2000年度-2010年度)にもっともながくさせていただいた仕事のひとつが、山間部の介護保険関連行政です。

2000年にスタートしたばかりの介護保険制度の円滑な実施がわたしの任務でした。介護保険事業所に実地指導に赴かせていただき、多くの現場の方の使命感や責任感に大変な感銘をうけました。そのことが、わたしが、のちに介護福祉士に転じたきっかけです。

他方で、皆様の給料台帳をみせていただき、愕然としました。

「なりたての役人の俺よりよほど勉強されて専門性もたかい皆様の給料が、俺より低くていいのか?これでいいのか?日本の将来は大丈夫なのか?」

◆不足しているのは人手というより労働条件

わたしは、憤りとともに、日本の将来に不安を感じました。あれから10年、そして15年と経過し、わたしの不安は次々と具体化していきました。

端的にいえば、いわゆる人手不足です。否。そもそも不足しているのは人手ではなく、労働条件です。

労働のきつさに比べてあまりにも給料が見合わない中で、多くの介護・福祉労働者が現場をはなれていきました。また、業態によっては若い人がほとんどはいってこないようなものもありました。一部地域の訪問介護など、その典型です。書類を書くような時間、移動時間もふくむ拘束時間も労働時間にはカウントされない。正直、若いひとが食っていけるような状況ではない。そうしたなかで、使命感で年配者が支えている状況があります。あるいは、年金では足りない年配者が支えている状況があります。

広島瀬戸内新聞2021年初秋号

◆ダブルワークとそのリスク

介護現場で「あるある」は「ダブルワーク」です。正社員、パートとわず、コンビニバイト、そして飲食店バイトがポピュラーです。「ダブルワークをしないと子どもの学費を出せない」「コロナで飲食店バイトが減って大変だ」などという声をうかがいます。

岐阜県では、女性介護職員がいわゆる接待を伴う飲食店のスタッフを兼業していて、それを背景に新型コロナウイルスのクラスターが発生した事例があります。

介護だけでもきついのに、ダブルワークでは体ももちません。結局、ほかの業界に移ったほうがいい、という決断をする人もおおくなります。

◆民主党にも裏切られた介護労働者

もちろん、介護労働者の処遇改善については国も取り組んではきました。しかし、焼け石に水のような状況です。

2009年度の介護保険制度の改定から処遇改善加算制度が導入されました。当時は自民党の麻生政権で、自民党も、民主党に政権をうばわれそうな情勢の中で、慌てて対応した面もありました。

そして、同年8月30日の衆院選で民主党が政権につきました。介護職員の給料がこれで改善される。当時はまだ、県庁マンでしたが、わたし自身、自分のことのように喜んだのを覚えています。

しかし、その期待はあっさり裏切られてしまいます。2011年3月11日の東日本大震災からの復旧・復興のためにという大義名分のもと、多くの民主党政権のマニフェストが反古にされていきました。

介護職員の給料アップもその例外ではありませんでした。2012年の制度改定で民主党政権打ち出した処遇改善制度は、麻生政権のそれから前進がまったくといっていいほど無い内容でした。当時はすでにわたしは県庁を辞して民間で介護事務の仕事をしながら、国政をめざして政治活動をしていました。職場の仲間の介護労働者のみなさまに力不足が申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

当時は、民主党内閣は、一瞬ですが女性閣僚ゼロでした。そして、女性労働者が多いがゆえに、冷遇されてきた介護労働者のさらなる処遇改善を先送りしたことに、わたしは、いたく失望していました。

「ああ、結局、民主党も現場のとくに女性労働者が多い現場のことは考えてくれていないのか?」

まわりの介護労働者も、良識的な経営者も民主党に失望していました。

◆お友達にはばらまき、介護には緊縮 再登板の安倍晋三さん

その結果、2012年12月、安倍晋三さんが、政権に復帰します。安倍晋三さんはアベノミクスということで、財政を出動するという触れ込みでした。

しかし、実際には、2015年実施の最初の介護保険改定では、介護報酬をマイナス改定しました。これは、我々介護労働者の働きへの評価を低めるものです。さらに、前年2014年施行の消費税増税が介護事業にも仕入れの価格上昇などのかたちで打撃を与えます。ちょうど、2014年末、わたしが介護職員としてはじめて現場で働きはじめたこともあり、非常に印象にのこっています。

皆様もすでにご承知のとおり、2012年末に再登板した安倍晋三政権は、安倍さんのお友達の怪しげな企業・団体には国費が湯水のように投入していました。しかし、介護には緊縮財政だったのです。

◆悪徳法人批判も結局は現場労働者いじめに悪用

この介護報酬カットの前年には、悪徳な社会福祉法人がやり玉に上げられることがおおくありました。それに財務省がのっかり、介護報酬カットを強行したのです。

たしかに、悪徳な社会福祉法人はあります。たとえば、地方議員が理事長で、介護職員の給料から政治献金をピンハネしている、などということは、地方へいけばいくほど日常茶飯事にありました。しかし、そういう法人をきちんと行政が監査する、あるいは、そういう法人の理事長が議員であるがゆえに、当該法人への監査があまくなる状況があるなら、そんな議員を議員に対して腰が引けている知事や市町村長もろとも、地元の有権者が選挙で打倒すればよいだけです。 財務省が悪徳議員を奇貨として、介護報酬カットを強行しても、苦しむのは結局のところ、現場の労働者です。そして、充分な介護をされないお年寄り・障がい者など利用者であり、ご家族です。

◆一定の修正も、ときすでに遅し

多くの介護労働者の仲間が結局、現場をはなれていきました。安倍さんは、一方で、2015年秋の総裁選で「介護離職ゼロ」を打ち出しました。家族の介護で仕事をやめざるをえない人をなくすというふれこみでした。そうであるならば、きちんとサービスを利用しやすくしないといけないし、そのためにはきちんと介護労働者の確保をしないといけないのです。しかし、安倍さんが2015年にやったことは、上記のように、まったくのあべこべでした。

2016年には野党が共同提案で介護職員の給料改善の法案を出しました。しかし、あっさりと否決されてしまいます。このとき、おおさか維新の会も反対にまわったことも、関西の皆様はとくにしっかりご記憶いただきたいです。

2018年の介護保険改定では一定程度修正はかけられました。しかし、おそすぎました。そして、そもそも、処遇改善加算を自体をかならずしも経営者が職員に還元をしない場合もあります。介護現場は疲弊しきっていました。そうしたなかで、2020年、新型コロナウイルス禍が襲いかかります。

◆疲弊する現場、いまこそ、抜本的な処遇改善を

新型コロナウイルス禍の中、介護現場は消毒などの業務で疲弊しています。そもそも、密着して仕事をしますから、密は避けられない仕事です。また、老人ホームなど施設のお年寄り・障害者も外出や家族面会が制限される中で、心身をよわらせています。元気だった方の認知症が急速に進み、食事中に食べこぼしたり、これまでは考えられない場面で転倒したりするなどの出来事も頻発しています。これらへの対応も現場労働者を圧迫しています。

介護職員には2020年に一度だけ、5万円の報奨金が国から都道府県経由で支給はされました。しかし、それでは足りないし、同じように大変な保育現場にはそれすらありませんでした。

訪問介護ではスタッフが高齢化しているため、感染をしたり、利用者に移したりすることを恐れて職員が次々と退職。他方でデイサービスなどは大幅な減収で存続の危機です。

これまでも、「男性のえらい人」中心の政治の中で、与野党双方におきざりにされがちだった介護・福祉現場労働者。コロナの前にすでに限界でしたがそこにコロナが追い打ちをかけたのです。

目前にせまった衆院選挙。介護・福祉労働者の処遇改善も各政党・政治家はまじめに議論し、取り組んでいただきたいものです。

◆介護職員の公務員化も有力な手段だ

せめて現在は他の産業の7割程度ともいわれる介護現場労働者の賃金を他の産業の平均並にしたいものです。そのためにもたとえば行政が公務員として介護職員を雇うことも進めるべきです。そもそも、介護保険制度ができるまでは公務員のヘルパーがいたのです。公務員として雇われる介護職員が一定割合いれば、そうすれば悪徳な経営者も人材をとられまいと労働条件を改善せざるをえなくなるでしょう。
これらのことは、なんでもかんでも民営化、公務員をへらすことを善としてきた、この20-30年くらいの流れを転換することにもつながります。今回の衆院選をその転換点にしたいものです。

◆介護現場出身の国会議員をいまこそ

これほど状況が深刻なのに改善されない背景にはやはりとくに介護現場出身の国会議員がいないことがあります。恵まれた家庭から東大・京大を経て高級官僚とか、経済力にものいわせやすい世襲政治家などにはわかりづらい問題であるのも事実でしょう。参院選広島再選挙でわたしが立候補した理由のひとつでもあります。衆院選にむけては、わたしは、山口4区で安倍晋三さんに挑む介護福祉士仲間の竹村かつしさんを応援している理由のひとつでもあります。

◆労働条件改善へ、労働者/利用者・ご家族/経営者の皆様の声をお待ちしております!

ただいま、介護・福祉現場で働く人の労働条件改善、そして社会的な評価の向上をめざして、働くみなさま、そしてご利用者・ご家族のみなさま、また経営者のみなさまからのご意見・想いをお待ちしております。以下のノートに掲載させていただきます。

◎さとうしゅういち「介護福祉現場労働者の社会的評価向上と抜本的な処遇改善を」https://note.com/ryubi2021/

以下まで、よろしくお願い申し上げます。

Twitter @hiroseto https://twitter.com/hiroseto?s=20
facebook https://www.facebook.com/satoh.shuichi
LINE @hiroseto2004
MAIL hiroseto2004(at)yahoo.co.jp

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
◎広島瀬戸内新聞ニュース(社主:さとうしゅういち)https://hiroseto.exblog.jp/

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電話会社が空前の利益を上げている。NTTドコモ、ソフトバンク、KDDI3社の2020年度の売り上げは、合計でゆうに15兆円を超えた。5Gの普及という国策と連動して、無線通信ビジネスはいまや花形産業にのぼりつめた。

しかし、その影では、通信基地局の設置をめぐる電話会社と住民のトラブルが多発している。なかには自宅から退去せざるを得なくなった人もいる。

基地局設置をめぐるトラブルの背景には、基地局から放射されるマイクロ波による人体影響が、否定できなくなってきた事情がある。とりわけ遺伝子毒性が、否定できなくなってきたのである。それが問題を深刻にしている。

わたし自身、2005年に埼玉県朝霞市岡の自宅マンションの真上に、NTTドコモとKDDIが基地局を設置する計画を打診する体験を持ったことがある。しかも、設置個所はわたしの書斎の天井を隔てた真上だった。幸いに設置は阻止したが、それ以来、わたしはこの問題を取材してきた。

これは、ある日突然にだれにでも降りかかってくる問題なのである。

 

最近増えているタイプの基地局。電柱状のポールの上に設置されることが多い

◆民家の直近に基地局

大阪府堺市中区のAさん夫妻は、9月初旬に楽天モバイルの社員の訪問を受けた。自宅の隣にある駐車場に基地局を設置する計画が浮上し、9月末から工事に着手するという説明だった。

マイクロ波による人体への影響について知っていたAさん夫妻は、楽天の計画を承諾できなかった。自分も含め近隣住民がマイクロ波に直撃される続けるリスクがあったからだ。楽天社員による訪問時の様子をAさん夫妻は次のように話す。

「まったく突然だったため、心の準備もなく楽天モバイル無線基地局パンフレットを受け取り対応しました。基地局の設置場所を見ますと、自宅前の駐車場の入り口で、自宅の敷地から15mほどの近距離でした」

その後、Aさん夫妻はたまたま駐車場を掃除している地主をみかけた。楽天モバイルから、土地の賃借料を得ることになる当人である。地主としては、ビジネスの幅を広げる機会である。地主は、基地局の設置に反対するAさんに、次のような趣旨の話をしたという。

「自分は楽天の三木谷さんの知り合いで、頼まれたので断れない」

「人体に影響がないのは総務省の資料で確認している」

「皆さんに役立つと思って設置を決めた」

わたしはAさん夫妻に、基地局の設置反対を呼び掛けるための署名用紙のひな型を提供した。Aさん夫妻はそれを使って、近隣から署名を集めはじめた。すると地主がAさんに電話で「あなたがしていることは営業妨害である。弁護士をたてて訴状を送る」と抗議したという。

さらにその後、書面でAさん夫妻の行為は、「営業妨害であると判断するに至り」、「貴殿に対する損害賠償請求の検討に入った」と通知してきた。

◆賃借料がほしい地主

わたしはAさんから楽天モバイルの担当者の名前と連絡先を聞き出して電話で事情を問い合わせた。対応したのは、女性の担当員だった。

黒薮:地権者の地主から、裁判を起こすと脅されたという連絡があったが 、これについては聞いていますか。

楽天:はい報告を受けております。

黒薮:裁判を起こすということですか。

楽天:弁護士を立てるとうことです。それも昨日のお話なんですが。

黒薮:弁護士を立てるということですね。

楽天:まあ、直接地主さんから聞いたわけではありませんが。 確認が必要です。

黒薮:裁判を起こすと言って恫喝すれば、スラップ訴訟ということになりますが、楽天さんとしてはどのように考えておられるのですか。

楽天:今朝、オーナーさんが(反対している住民に)そんな連絡を反対者に入れられたという報告があがってきたところなんです。もちろん誠意をもって両者に対応させていただくつもりですが、どのようにするかは社内で検討します。

黒薮:2点問題があると思います。基地局そのものを勝手に設置していいのかという問題ですね。それから先ほど言ったスラップ訴訟の問題です。

楽天:わたしはこの件について、先ほど聞いたところなので、これから検討に入るところです。

◆遺伝子毒性を考慮しない総務省の規制値

わたしは10年ほど前から、「電磁波からいのちを守る全国ネット」の運営委員として、基地局問題の相談に乗ってきた。昨年の秋ごろから、急激に相談の件数が増え始め、週に2件から3件の相談があった時期もある。「全国ネット」から、電話会社に対して繰り返し抗議の申し入れや質問状も送付している。

 

KDDIの基地局

堺市中区のケースは、基地局をめぐるトラブルの悪質な事例のひとつである。地主がスラップめいた訴訟をほのめかしてきたからである。

電話会社の言い分は共通していて、総務省が定めた電波防護指針を守って基地局を操業するので、人体への影響はないというものである。しかし、総務省の電波防護指針は、数値そのものがマイクロ波による人体影響に関する最新の研究に基づいて設定されたものではない。

それは、次に示す電波防護指針の国際比較を見れば明らかだ。

日本:1000 μW/c㎡ (マイクロワット・パー・ 平方センチメートル)

国際非電離放射線防護委員会:900μW/c㎡

ブリュッセル:19.2μW/c㎡

パリ:6.6μW/c㎡

欧州評議会:0.1μW/c㎡、(勧告値)

総務省の電波防護指針は、国際非電離放射線防護委員会の基準値をも上回り、欧州評議会に比べると1万倍も緩やかな基準値に設定されている。なぜ、これほど著しい差があるのかは、マイクロ波の人体影響についての見解の違いが背景にある。
 
従来、マイクロ波の影響は、熱作用だけという考えが主流だった。人体が熱を吸収しても体に支障をきたさない範囲内であれば、使用が許容されるという論理に基づいて、総務省は規制値を決めたのである。1990年、約30年前のことである。

ところがその後、マイクロ波による人体影響の研究が進むにつれて熱作用だけではなく、他の要素(非熱作用)も考慮しなければ、将来、禍根を残すリスクが生じるとする学説が台頭してくる。その代表格が遺伝子毒性の指摘だった。すなわちマイクロ波には発がん性があるとする見解である。

原発のガンマ線やレントゲンのエックス線が遺伝子を損傷するリスクを孕んでいることは従来から周知の事実となってきたが、同じ放射線の仲間である電磁波にも、類似した遺伝子毒性があることが分かってきたのである。

こうした学説の発達に連動して、欧州では国とは別に地方自治体や公共団体が先陣を切って、独自の規制値を定める動きが始まった。公害の「予防原則」を採用するようになったのだ。

その具体的で、典型的な果実が、欧州評議会の0.1μW/c㎡という勧告値の設定なのである。日本の規制値よりも1万倍も厳しい。これは遺伝子毒性を考慮に入れた結果にほかならない。

欧州評議会は、現在、さらにこの勧告値を0.01に更新する方向で調整を進めている。微量のマイクロ波でも、人体への影響があるとする考えが勝を制したのである。

日本の総務省の電波防護指針は、最新の学術データに基づいたものではない。マイクロ波に遺伝子毒性はないという古い学説を前提とし、その後、規制値を更新することもなく現在に至っているのである。

電話会社にしてみれば、規制値が欧州評議会のように厳しいレベルになれば、自由なビジネス展開はできない。企業活動が著しく規制される。

実際、基地局問題が勃発すると電話会社は、「総務省の規制値を守ってやりますから絶対に大丈夫です」と太鼓判を押してきた。住民に健康被害が発生しても、国の責任として「逃亡」できる構図になっているからだ。

◆基地局周辺で癌が多発、ブラジルの疫学調査

マイクロ波による人体影響は、遺伝子毒性のほかに頭痛、めまい、吐き気、耳鳴りなど多種多様な症状も告されている。ただ、これらの症状はマイクロ波の影響下にない環境でも、少なからず現れるので、本当に電磁波による影響なのかどうかは慎重に検討する必要がある。疫学調査で繰り返し確認されている症状群れではあるが、短絡的に電磁波に結び付けてしまう姿勢には問題がある。 一定の割合でノイローゼの人がいるのも事実である。
 
これに対して遺伝子毒性に関しては、データを客観的に解析して、マイクロ波と癌の関係を検証した優れた疫学調査が複数ある。たとえば、次に紹介するのは、2011年にブラジルのミナス・メソディスト大学のドーテ教授らが実施した疫学調査である。

この調査は1996年から2006年まで、ベロオリゾンテ市において癌で死亡した7191人の居住地点と、直近の基地局の距離を調査・集計したものである。癌による死亡者と基地局に関する基礎データの出典は次の3点である。

1、市当局が管理している癌による死亡データ

2、国の電波局が保管している携帯基地局のデータ

3、国政調査のデータ

これらのデータを基に、癌で死亡した住民の住居と基地局の距離関係を調査・集計したのである。

対象となった癌死亡者は、既に述べたように7191人である。また、基地局の数は856基である。ちなみに基地局から発せられるマイクロ波の数値(電力密度)は、40.78μW/立法センチメートル~0.04μW/立法センチメートルである。(日本の総務省が定めている規制値は1000μW/立法センチメートル。)

結論を先に言えば、基地局に近い位置に住んでいた住民ほど癌の死亡率が高かった。また、基地局の設置数が多い地区ほど癌による死亡率が高った。下記のデータは、1万人あたりの癌による死亡数である。

基地局からの距離 100 mまで:43.42人
基地局からの距離 200 mまで:40.22人
基地局からの距離 300 mまで:37.12人
基地局からの距離 400 mまで:35.80人
基地局からの距離 500 mまで:34.76人
基地局からの距離 600 mまで:33.83人
基地局からの距離 700 mまで:33.80人
基地局からの距離 800 mまで:33.49人
基地局からの距離 900 mまで:33.21人
基地局からの距離 1000mまで:32.78人
全市   :32.12人

このデータから、基地局の直近ではマイクロ波の著しい人体影響があり、300メートル以内の範囲でも、かなり高いリスクがあることが分かる。

なお、住居の近くに複数の基地局がある場合は、最初に設置された基地局から、住民宅までの距離をデータとして採用している。 この種の疫学調査は、現在では実施が不可能だ。と、いうのも、基地局の数が増えすぎて、どの基地局からのマイクロ波が、発癌に影響したのかを見極める作業が困難になっているからだ。

[図1]は、基地局からの距離と癌による死亡者7191人を分類したものだ。図には含まれていないが、1000メートルより外側のエリアにおける死亡者数は147人である。

また、癌による死亡率(累積)が最も高かったのは、中央南区である。この地区には市全体の基地局の39.6%(2006年の時点)が集中していた。逆に最も低かったのはベレイロ区で、基地局の設置割合は全体の5.37%だった。

[図1]基地局からの距離と癌による死亡者7191人の分布分類

◆楽天モバイルは無回答

堺市中区で基地局設置をめぐるトラブルを起こした楽天モバイルと地主が、総務省の電波防護指針の中身を知っていたかどうかは不明だが、最も責任が重いのは、総務省にほかならない。

わたしは、楽天モバイルの広報部に対して、次のような質問状を送付した。

【質問状】大阪府堺市●●で起きている基地局問題について、質問させていただきます。

貴社が基地局の設置場所を提供するように交渉されている地権者から、設置に反対している近隣住民に対して、損害賠償裁判も含めて法的措置を取るとの意思表示があったことを確認しました。このような訴訟は、スラップに該当する可能性があります。この件について、貴社の見解を教えていただけないでしょうか。

楽天モバイルからの回答は、次の通りである。

【回答】お問い合わせいただいた件については、当社は見解を提供する立場にございません。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

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1967年、茨城県で発生した強盗殺人事件(布川事件)で無期懲役の判決が下され、29年間服役、その後再審で無罪が確定した桜井昌司さんの国賠訴訟の控訴審で、8月27日、東京高裁は完全勝訴判決を下した。54年目に念願の「普通のオヤジ」に戻れた桜井さんに、判決への思い、今後の方針などを語っていただいた。(聞き手・構成=尾崎美代子)

 

9月13日夜、大阪市内の祝勝会で歌う桜井さん

◆自分はなぜ勝てたのか?

── おめでとうございます。判決後の報告会で、桜井さんは自分の言っていることが54年かかってようやく認められたと仰ってました。判決決定に考えられたことは?

桜井 9月13日、判決決定後、行った記者会見でも言いました、自分はなぜ勝てたのかと考えたら、自分は人さまとの出会いに非常に恵まれていた。何故恵まれていたのかと考えたら、自分は人さまの思いを素直に受け入れて、いつも「これでいいんだ」「有難い」と生きてきた。それが良かったのかと思いました。俺なんかが勝って申し訳ない。もっと勝ってほしい人がいる。でもこれからは、その人たちのために自分はこれから命をささげたいと思いました。

── 報告会では、大勢の弁護団の方々が一人一人が自己紹介され、本当に素晴らしいと思いました。

桜井 弁護団は全体で30人、実質動いてくれるのは24、25人いました。4~5人で一つの班を作り、全部で5つの班をつくって、「アリバイ班」「自白班」などに分けて取り組んできた。皆さん、無償です。弁護士の皆さんから「この裁判に関わりたい」と思ってもらうことも必要だと感じました。僕たちが(刑務所の)中にいる時はやはり本人がいないので、活動も停滞していた。しかし、1996年に僕と杉山が出てからは活発になって、有罪の根拠となっている点について、全て反論していこうとなった。自白、アリバイ、そこに録音テープ問題なんかが出てきて、どんどん増えていきましたね。

── 中にいるときから、絶対出たら裁判でやり返すと考えていましたか?

桜井 そんなこと考えてない。出られるとも考えてなかった。ただ目の前のことを一所懸命やるしかなかった。しかし、1994年に同じ冤罪を主張して否認し続ける石川一雄さんが仮釈放されたので、じゃあ、俺たちも出られるのかなと思ってきた。

── 判決日が半年延期になりましたが、判決は予想通りでしたか?

桜井 あの書き方ならば、延期になるはずないと思ったね。もちろん負けるとは思わなかったけど。

── 13日の記者会見で記者から「桜井さんは最高裁で闘えなかったのが残念と言っていますが、あれは本気なんですか」と聞かれたそうですが?

桜井 記者ではなく、一般の人だけどね。そりゃ、私はいつも本気ですよ。最高裁までいけば、判例がつくられ、それが今後非常に力を持ってくる。検察官の証拠開示を命令したら、全国の再審事件に波及するからね。でも、それだけは検察は必死で止めたかったと思いますよ。裁判所としても、これで決着させたいという配慮だったかと思いました。最高裁にいったら判例にするよう、こっちも必死で説得するし、その自信もあった。しかしそこは叶わなかった。でも一審の判断が取り消されたわけではないからね。

9月13日夜の祝勝会で、花束を貰う桜井さん

◆判決文が読まれている間に考えていたこと

── ブログ「桜井昌司『獄外記』」に、以前鍼灸師さんに「怒りの炎に包まれている」と言われたが、今回その怒りが消えたかな?と書いていましたが。

桜井 怒りは消えたみたいです(笑)。その鍼灸師さんには、その場で「刑務所29年行った」と言っただけで、俺のことそう知らないのに、そう言われた。昨日は、その鍼灸師さんに「細胞に疲労が出ている」と言われました。確かに疲れが出ていて、ずっとぐっすり眠れてなかった。それが昨日はぐっすり寝れた。今朝も、起きて風呂入ってご飯食べたらまた眠くなった。判決がでるまでは9時に寝て12時に目が覚めてと、眠りがおかしくなっていた。それなりに緊張していたんだね。そう意識してなかったが。

── 肩の荷が下りた?

桜井 肩の荷が下りたのは再審で無罪になったとき、今回は何か晴れ晴れした気持ち。

── 判決文読まれている間、天井を見上げていましたね。どんなことを考えていましたか?

桜井 杉山のことも考えたな。あいつも国賠やればよかったと思っただろうな、とか(笑)。あと判決文は、最高裁にいかないように考慮したのかなと感じたね。書き方として、警察、検察に抵抗しにくい書き方でした。吉田検事、早瀬刑事の個人の問題にし、個人が悪いんであって、組織には影響を及ばせない。上告しにくいように、個人の問題に帰結していた。全体ぼくの日記や手紙を引用したりした。早瀬刑事に僕は「(逮捕されたことを)新聞に出さないと言ったのに、出したな」と抗議の手紙を出していたから。しかし結果として、それらも全て冤罪を主張する時の力になったね。何が力になるかわからないよね。あと「これは完全無罪だな」とか考えていました。

 

9月14日、大阪高裁前で日野町事件の獄死した冤罪被害者阪原弘さんのご遺族と

◆法制審議会に冤罪被害者を入れろ!

── 今後は、これまで通り冤罪犠牲者の支援や講演活動、再審法改正の活動を行っていくということでしょうか?

桜井 そうだね。今、冤罪犠牲者の会として法務省などに要請にいこうと考えています。「法制をつくれ!」「冤罪者の声を聞け!」「法制審議会に冤罪者を入れろ!」とね。犠牲者の声を聞かなくてどうするんだと。先日、中村格が警察庁の新長官になったでしょう。要請行動に行ったら、彼に言ってやりたい。「レイプ犯を逃がしてやるような警察庁長官では無理かも知れないけど、再審法を正せ」「安倍晋三に仕えたら何やってもいいのか」「我々はそんなのは許さない」とね。

── あと検察の上訴権も辞めさせないと?

桜井 検察官の上訴権と控訴権を認めているのは日本しかない。戦前の法律の名残で、戦前は検察官にも「不利益再審」を与えたからね。検察も新たな証拠で訴えることが出来るとね。あと証拠開示法は絶対必要です。一般事件では証拠開示法はまがりなりにもできた。但し、証拠かの中身まではわからない。その中身までわかるような法律を作らせないとだめだね。冤罪仲間の支援では、とにかく「高知白バイ事件」をなんとかしたい。しかし、高知県でやってくれる弁護士を探すのは大変です。高知県警とまともな喧嘩になるからね。あれも、スリップ痕を捏造した100%デッチあげの事件だからね。

── ほかにやりたいことは?

桜井 ないね。2年前、余命一年と宣告された時も、特別なかったからね。ただ、もう一回四国に巡礼に行きたい。これは何としてもやりたい。今度はゆっくり回りたい。

── 日本は、いつまでも冤罪をつくるような司法があるから、政治全体が腐っていく気がしますが。

桜井 司法の歪みだね。日本の政治のいい加減さ、デタラメさが全てにおいて、検察がいい加減だから、安倍晋三なんかが逮捕されない。彼が韓国の政治家だったら、大変なことになっている。検察、警察が悪いことをしたら罰せられる法律を作ればいいだけです。それがないから平然としている。僕への賠償金も、国は国税、県は県税から払うのだから、個人の警察、検察の腹は痛まない。例えば早瀬刑事が悪かったら、彼が警察に頂いた財産を全部取り上げればいい。証拠捏造や嘘を付いたことが発覚した場合ね。そうすれば証拠捏造や嘘をいうことをやめる。個人の責任をはっきりさせれば、個人個人が「私はそういうことはできません」と断ることができる。西山美香さんにも青木恵子さんにも、警察、検察個人は絶対謝らない。加藤官房長官も、今回「真摯にうけとめて」というだけ。誰も個人では謝ってないし、責任もとっていない。今度の申し入れも、内閣府、国会、検察庁、法務省、警察庁の5ケ所に行く予定です。

 

9月18日、大阪弁護士会館の日野町事件の集会で歌う桜井さん

◆裁判官も少しずつ目覚めてきている

── 桜井さんが考えている構想は?

桜井 今は国賠という方法しかないが、自分が考えたのは、司法審査会。検察審査会を司法審査会に広げて、警察、検察、裁判所の間違いに対して、審査会にかける。証拠を特別に管理する場所をつくり、司法審査課で再審開始が決まったら、警察、検察、裁判官らには一切触らせず、弁護士でやっていく。そして司法審査会が国賠的なこともする。警察、検察、裁判所の罪を追及して罰金を科していく。そういう制度を、私が総理大臣になったらやります(笑)。

── 原発訴訟もですが、少しずつ裁判所も変わりつつありますね。

桜井 冤罪事件でも裁判官も少しずつ目覚めてきている。これまでは検察官べったりだったが、少し離れ始めた感じがある。もちろん今でもべったり人もいるが、目覚める人も出てきたのは間違いない。裁判官と、人を常に罰しよう、罰しようという検察の意識は違うからね。いつも人を罰したいと考えている人はまともな感覚は無理。そういう人が法務省を牛耳ってたら、人権なんか考えても無理だって。法務省は独立しないとだめ。その制度を、みんな知らないからね。そういうことを知る人が少しでも増えるようにしていきたいね。そういう声が増えたら、必ず社会は変わる、変えられる、そう考えています。

── 今日はお忙しいところありがとうざいました。

「桜井さんの1週間」── 9月13日、控訴審判決決定後、東京で最後の記者会見、夜、大阪・大国町「ピースクラブ」で祝勝会。14日、滋賀県日野町事件で、高裁で再審決定を受けた検察控訴の闘いを行う阪原さん兄妹さんらと高裁前宣伝活動。16日、大阪地裁、東住吉事件の国賠で、原告青木恵子さんの最終意見陳述傍聴、夜、富田林MAPcafeで勝利パーティー、18日、大阪弁護士会館で日野町事件の再審開始を求める集会へ。桜井さんの闘いはまだまだ続く。

▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

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『NO NUKES voice』Vol.29 《総力特集》闘う法曹 原発裁判に勝つ

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政治なんて言うものは誰がやっても同じ、ましてや自民党政治家に変化は期待できない。というアパシー(無関心)が支配しはじめて、どのくらいになるのだろうか。

それは端的に国政選挙の投票率の推移にしめされている。投票率が50%ということは、政党支持率が30~40%である自民党が、おそらく全国民の20%の支持で議会多数派を占め、政治権力を掌握していることになる。

衆議院議員選挙(大選挙区・中選挙区・小選挙区)における投票率の推移(総務省)

参議院議員選挙(地方区・選挙区)における投票率の推移(総務省)

つまり、自民党長期政権はアパシーに支えられているといって、さしつかえないだろう。

だが、この「何も変わらない」という意識は、変化の実感を政治と結びつけて考えない、人間の耐性によるものが大半なのである。

消費税が3%から5%になっても、8%/10%になっても「ふところの痛み」に慣れてしまう耐性である。年間を通じて、100万円かかっていた消費財が110万円になっても、買い物一回当たりの消費税(食費など)の増額が800円ならば、この耐性に慣らされてしまうのだ。

だが、もしもこれが、国民皆保険がなくなったのだとしたら、どうだろう? 一回の歯科治療で自己負担分6,000円支払っていたものが、じつに2万円となるのだ。それが一カ月のうち4回つづけば8万円だ。もはや歯医者に行か(け)なくなるか、保険適用をもとめるデモや暴動が起きるであろう。

このような生活不安に、徐々に慣らされる耐性……。これが政治へのアパシーにつながっていると、エーリッヒ・フロム(社会心理学者)ならば喝破するのではないだろうか。

そして、そのような耐性を喚起する批判精神、批評文化の衰退こそが、本当の日本の危機なのであろう。

◆政治は変化しうる

じっさいには、政治は変化をもたらしてきた。いや、政治そのものが変化してきた。これが史実である。

昭和の自民党政権に耐性ができていた世代には、1993年に55年体制が、じつに38年ぶりに崩壊した記憶は、まだ新しく感じられるのではないだろうか。

その後も、2010年の民主党政権をわれわれは体験している。いやその前に、小泉政権による「自民党をぶっ壊す」体験もあった。

小選挙区制は政権交代を可能にするいっぽうで、一党支配・党の一元的な支配をも可能にしてきた。そしてその流れは、新自由主義・自己責任論・規制緩和という思想潮流と軌を一にしてきた。

1960年代以降の、いやもっと巨視的にみれば戦後復興の経済背長が、90年代以降の停滞のなかで限界が見えてきたからだ。そこにはデフレスパイラル社会という、史上はじめての国民経済の変化があった。民営化(国鉄・郵政)と規制緩和をひとつの旗印に、市場においては新自由主義、国民に対しては自己責任。そして社会保障の漸減と小さな政府に結実してきたのだ。

この「自己責任論」については、明治以降の天皇制権力のもとにおける廃仏毀釈(宗教の抹殺)、武士道の国民的な普及(切腹・自害の奨励)が精神史的な基礎になっていることは、別稿シリーズ「天皇制はどこからやって来たのか」でも明らかにしてきた。

さて、その新自由主義と自己責任論が、国民生活において限界をきざしているのも、このかんの天災とコロナ禍のなかで明らかになってきた。簡単に言おう。

シャンパンツリーの頂点からシャンパン(おカネ)が下層にまでこぼれてくる。がゆえに、大企業の先端技術に投資し、国際競争力を高めることで国民経済を押し上げる。ことは出来なかったのである。

アベノミクスの欠点が「労働分配」「所得配分」の欠落にあることは、この通信でも何度となく明らかにしてきた。そしてそれがいま、ほかならぬ自民党総裁候補の口から、アベノミクス批判として、語られはじめていることに注目したい。

アベノミクスを継承すると公言する高市早苗は別として、河野太郎と岸田文雄および石破茂においては「同一賃金を保証する労働分配」「所得分配」が政治公約のなかで語られている。党内で本命とみなされている岸田は「小泉政権いらいの新自由主義を転換し、国民の所得倍増をめざす」とまで明言している。

◆21世紀の資本主義をどう考えるか

マルクスが資本主義の限界と国家の死滅、共産主義の必然性を説いたのは19世紀である。20世紀には社会主義革命が実現し、その政治的・経済的限界も明らかになった。21世紀になってからも、資本主義の危機は論じられてきた。

近代経済学のマクロ派から、あるいはマルクス派から、資本主義危機論が論壇をリードしてもいる(水野和夫・斎藤孝平ら)。

だが、かれらの誰ひとりとして、商品(貨幣)経済からの脱却の展望は語りえない。資本主義の危機は強調されても、資本主義(貨幣による商品の等価交換)に代わる経済と社会は、まったく語られないのだ。じっさいに社会主義(共産主義の過渡的社会)をやってみて、それが無理だとわかったのだから。

とはいえ、わが国においてはいまだに馴染みにくい言葉だが、社会主義(社会民主主義)は、じつは日本においても実現されてきた。戦後のフォーディズムの需要(トヨタ・出光・松下)、具体的には労働分配率の高次化、社会保障の拡充、終身雇用などである。

慧眼な読者諸賢におかれては、すぐに気づくことであろう。これらが小泉改革のなかで、いずれもが捨象され、切り捨てられてきた諸策であることを。

近代ヨーロッパにおいて、社会主義思想は「王権よりも国民の社会的権利を」であり、自由と平等は博愛精神において実現される、というものであった(サン・シモン、フーリエ)。

だから、社会主義は近代の理想とされ、ナポレオン三世は社会主義者を自認し、ヒトラーですら「国家社会主義」を理念としてきたのである。

いままた、戦後第二のぶり返しが訪れていることを、われわれは直視しようではないか。自民党みずからが、変化を求めているのである。総裁選挙の情勢および、個々の主張について、さらに精緻なレポートをお届けしたい。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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